第11話 ソロ冒険者のデッドヒート/下
今回、回収しなければならないアイテムは『煌魔石』。
ダンジョンで産出される『魔石』の一種で、莫大な魔力を内包している。
その魔力の強さから、いくらでも危険な使い方ができてしまうシロモノだ。
希少性は高く、数年に一度、ほんの小片が採掘されるだけ。
しかし、今回はよりによってヤミ冒険者が拳大の塊を採掘してしまった。
かけらでも金貨数百枚分の価値があるとされる『煌魔石』だ。
拳ほどの大きさとなれば、城が買えてもおかしくはない。
そんなものを、ヤミ冒険者が大人しくギルドに譲るはずがないのだ。
「クク、いよいよ運が巡ってきたな」
取引場所へと向かうさなか、カッセルは兜の奥でほくそ笑んだ。
この迷宮都市で『マークラント』を立ち上げて十年余り。
ついに飛躍のときは来た。
この取引で『煌魔石』を入手できれば、外に打って出られる。
カッセルは、数年前からガルゼアレンでの活動に限界を感じていた。
特にここ二年は、とあるギルドナイトの存在がずっと彼を悩ませ続けてきた。
あの、四班の無秩序暴力装置さえいなければ……。
あいつが現れてから『マークラント』の実入りは三割近く減ってしまった。
これまで三度、あの女を襲撃した。
しかしいずれも返り討ち。『マークラント』の悪名は地に落ちつつあった。
どうするべきかと悩んでいたところで、今回の取引を持ちかけられた。
持ちかけてきたのは『マークラント』に属さないヤミ冒険者だった。
取引条件は金と『マークラント』への加入。
そんなちっぽけな条件で『煌魔石』が手に入るなら、願ったり叶ったりだ。
『煌魔石』があれば、ガルゼアレンの外に逃げることだってたやすい。
そのためにも、今回の取引は何があろうとも失敗できない。
「抜かりはないな?」
カッセルは隣を歩く側近に何度目かになる確認をする。
街の外れに近づくにつれ、ひとけは薄れカッセルと護衛だけが目立つようになる。
その数はすでに四十人を超えている。
全員、武器を手に持ち防具をまとって、素性を隠そうともしていない。
「ご安心を。腕利きばかりを集めました」
「そうか、ならいいい」
さすがにこの数なら『あの女』でも圧倒できるはずだ。
カッセルは胸に残る不安を多大な自信で塗り潰し、取引場所の屋台へ向かう。
かつての彼は『黒き兜のマークラント』に憧れ、冒険者となった。
しかし、厳しい現実に挫折し、ヤミ冒険者へとなり下がった。
「俺が次の『黒き兜』になるのだ」
黒い鋼鉄の奥で、カッセルは昏く笑う。
彼が率いるのは『マークラント』。伝説を超えるという野心が名に表れている。
「見えました。あそこです」
側近が、道の外れにある小さな屋台を指さす。
ここは大通りから離れた場所で、祭りの喧騒が遠くに聞こえている。
「符丁は『やってるかい』だったな?」
「はい。相手は『そろそろ終わりだよ』と返すはずです」
四十人の部下を率いて、カッセルは屋台へ歩く。
彼は、期待に高鳴る己の胸の音を聞きながら店主に尋ねた。
「「やってるかい」」
「そろそろ終わりだ――、え?」
声は見事に重なり、答えかけた店主が言い終えられずに呆けてしまう。
店主の視線は目の前へ、カッセルの視線はいきなり横に現れた男へと向けられる。
「何だい、まだまだ夜は長いのにもう終わっちまうのかい、気が早いねェ」
そこには、カッセルではない黒い兜のオッサンが笑って立っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
屋台の店主に扮したヤミ冒険者は混乱した。
彼は、典型的なチンピラだった。
『煌魔石』を採掘したときも『これで金が手に入る』程度にしか思わなかった。
彼基準で随分な大金を吹っかけて、『マークラント』もそれを受け入れた。
大金が手に入ることもあって、彼は半ば夢心地だった。
だが、いざ取引というところで現れたのは『二人の黒い兜の男』だった。
片や、貴族用の礼服を見事に着こなしている黒い兜の伊達男。
片や、ありふれた平民用の服を着た胡散臭い黒い兜のオッサン。
声の調子からどちらも三十代だと思われる。
黒い兜の三十代の男という条件は、事前に聞いていた通りだ。
しかし彼は、どちらが取引相手の『黒首』なのかわからなかった。
彼は『黒首』と面識がなかったのだ。
「え、あ……?」
彼は二人を交互に見て、さらに戸惑った。
片方が『黒首』ならもう片方は何だ? どうして『黒い兜の男』が二人いる?
右手に持った袋の中には『煌魔石』が入っている。
それを、自分はどちらに渡せばいいのだ? どちらに渡せば金がもらえるんだ!?
彼は、無様にも二人の『黒い兜の男』の間で視線を右往左往させる。
すると、礼服の伊達男が「オイ」と低い声で凄んできた。
「その袋をよこせ。俺は『マークラント』だぞ」
男の声に、その気配に、ヤミ冒険者はただならぬものを感じた。
それは、十余年に渡りこの街のヤミ冒険者を率いてきた男が放つ『威』であった。
こっちだ。
こっちの伊達男こそ取引相手に違いない。
チンピラの彼は、チンピラなりにそう直感して、袋を手渡そうとした。
しかし――、
「いや」
その一言が伊達男の『威』を軽く消し飛ばした。
そしてはるかに強大な『威』の圧力が、場の空気を一挙に塗り替えてしまう。
し、死ぬ……。
ここにいたら殺されるッ!
本能がもたらす己の死の確信に、場にいる全員が一様に硬直した。
そして空気を塗り替えた張本人である黒い兜のオッサンが、無造作に告げる。
「俺がマークラントだ」
その一言が、ヤミ冒険者の心を決壊させた。
「ひッ、ひぃいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ~~!」
無様に泣き叫び、彼は無我夢中で右手の袋を黒い兜のオッサンに投げつける。
それを掴んだオッサンは、中身を見て「ああ、そゆこと」と納得してうなずいた。
「じゃ、俺はこれで」
うずくまって股間を濡らすヤミ冒険者を放置し、オッサンはその場を後にする。
黒い兜の伊達男と彼の四十人の護衛が我に返るまで、それから十秒ほどかかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
シャンティアさん、超泣きそう。
「魔通話にはいつでも出られるようにしておけと言ったよな!?」
「だ、だってシャンティアさん、ずっと『マークラント』追っててェ……」
「このシングルタスク娘が……!」
彼女は上司のグレントにきつく絞られていた。
カブトを追っていたシャンティアは、地上に出たところで偶然彼と出くわした。
そして、お説教が始まった。
街外れで取引が行われる、少し前のことだ。
「おまえが追いかけてたのは『マークラント』じゃない! 別人だ!」
「え~~~~!?」
その衝撃の事実にシャンティアが驚愕するが、彼女にも反論はあった。
「でも、シャンティアさんに『黒い兜の男を追え』って言ったのはハンチョーだ!」
「それはこっちの指示ミスだ、ごめんな!」
グレントは非を認めて素直に謝れるいい上司だった。
「だが魔通話には出ろ! でなきゃ新しく指示も出せないし、説明もできん!」
「それはシャンティアさんが悪いな、ごめんなさい!」
シャンティアもきちんと反省できるいいギルドナイトだった。
「現場に戻るぞ。シャンティア、ついてこい」
「待った、ハンチョー。誰か来る」
「ん?」
街外れに向かおうとしたグレントを、シャンティアが制した。
グレントも足を止め、耳を澄ます。誰かが走る足音が、こっちに近づいている。
「来る」
シャンティアが言って、二人は少し離れた先にある曲がり角を同時に見る。
「待てや、コラァァァァァ――――ッ!」
「その袋を渡さんと、全身イワすぞ、オラァァァァァ――――ッ!」
「クソガキャア、ブッ殺してやらァァァァァ――――ッ!」
罵倒、悪口。罵詈雑言。
黒い兜をかぶったオッサンが、すごい人数に追いかけられていた。
「あー! 『マークラント』だ!」
オッサンを見るなり、シャンティアが指を突きつけた。
隣のグレントは「は!?」と声を裏返らせ、部下とオッサンとを交互に見る。
「シャンティア、おまえが追ってたのは……」
「あの人だぞ!」
シャンティアは勢いよくうなずいた。
その間に二人の方に走ってきたオッサンが、軽く挨拶してくる。
「よぉ、ギルドナイトの嬢ちゃんにグレント! お久~!」
「ハ、ハハ、お久です、カブトさん……」
やけに馴れ馴れしいカブトと、頬をヒクつかせているグレント。
二人の様子を見て、シャンティアは小首をかしげた。
「ハンチョーと『マークラント』はお友達なのか~?」
「そうそう。実は大親友なのさ。だからほれ、プレゼントをあげよう」
「はい?」
カブトから袋を投げ渡され、グレントは呆けた声を返す。
だが、ズシリとしたその袋の手応えに、彼の顔はたちまち引き締められた。
「こいつは、もしや……?」
「俺は屋台で買い食いしに来ただけだからな、食えないものはいらね」
「何々~?」
シャンティアが不思議そうに袋をのぞき込もうとする。
ちょっと和気あいあいな空気になりかけるが、カブトは追われている真っ最中だ。
「貴様、やはりギルドのイヌか!」
追いついてきた『黒首』カッセルが、カブトを睨んで声を荒げる。
それを軽く受け流し、カブトはグレントに笑いかけた。
「じゃあ、あとは任すけど、いいよな?」
「え、カブトさん、あの……」
何故カブトがこの袋を持っているのは、グレントはそれが知りたかった。
しかし、彼は自分を見るカブトの視線に異様な『圧』を感じた。
「そっちの嬢ちゃんにずっと追われてさ、行く予定だった迷宮祭の屋台、三つほど逃してんだよね。もちろん、グレント君なら俺の悲しみを察してくれるよね?」
あ、これはヤバい。
もうこれ以上、カブトをこの一件に関わらせてはいけない。
グレントは背中を汗でグッショリと濡らしながら、恐怖と共にそれを悟った。
彼はその場で背筋を正し、腹の底から声を張り上げた。
「ギルトナイト四班、招ォ集ゥゥゥゥゥゥ~~~~!」
悲鳴じみたグレントの号令に、三つの影が反応を示す。
一つはシャンティアで、他の二つは近くの物陰と建物の屋根から姿を現す。
「四班班員、レゼク!」
「四班班員、クラリス!」
「史上最強、シャンティアさんだ~!」
唐突に全員集合を果たした四班に、カッセルとヤミ冒険者達は露骨に動揺する。
「い、いつの間に……!?」
「最初からずっとに決まってんだろ、『黒首』さんよ」
「ずっと待機、割と慣れっこです!」
焦りを露わにするカッセルに、レゼクとクラリスは武器を手に取って答えた。
「ヤミ冒険者クラン『マークラント』の元締め『黒首』カッセル、並びに構成員共に告ぐ。特別指定管理物品横流しの罪で、おまえ達を拘束する!」
腰のサーベルをスラリと抜き放って、グレントが切っ先を突きつける。
「ふざけるな……!」
カッセルは、グッと拳を握り締めて全身をわななかせた。
「俺は『マークラント』の総元締め、『黒首』のカッセル様だぞッ!」
「いや、おまえはただの犯罪者だよ」
激発して絶叫するカッセルを、グレントは冷たく切り捨てる。
「いけるな、シャンティア」
「とーぜん!」
シャンティアはグレントに返し、魔力で硬化させた両拳をガツンと打ち鳴らす。
彼女の戦闘スタイルは、王道の素手喧嘩である。
「やれ、おまえら! ギルドナイト共をブチ殺せェ!」
「「「ウオォォォォォォ――――ッ!」」」
「ギルドナイト四班、ガルゼアレンに巣食う害虫を排除せよ!」
「「「了解ッ!」」」
かくして夜のガルゼアレンで始まる、四十対四の大立ち回り。
しかし、そんなものは祭りを楽しみに来たカブトには、全く関係ない話だった。
「よし、帰るか」
カブトは帰った。
途中、屋台で買ったヘビーカステラは中身が詰まっててメチャ美味だった。




