第6話 ソロ冒険者のアイキャンフライ/中
近くに岩棚があったので、そこにオッサンを運んで行った。
「悪いねぇ、メガネのお姉さん。おかげで助かったぜ」
オッサンは地面に座り込み、アーネットに礼を言う。
「……えっと」
オッサンが何者かわからずアーネットは大いに戸惑った。
「俺はカブトとでも呼んでくれ」
そう名乗った黒い兜のオッサンは、三十代半ばほどに見える。
下りている兜のバイザーの左半分が欠けて、灰色の髪と瞳が覗いている。
壊れた兜も奇妙だが、服装もまた奇異だ。
どこから見ても、日常生活で着るヤツ。そして、サンダル!
一応、腰に革の小物入れと二本のダガーを帯びているが、装備はそれだけ。
タルバール山は、かなりの極限環境のはずなのだが……。
「カブトさんは、どうしてこの山に?」
一旦『その服装は何?』の言葉を飲み込んでアーネットはカブトの目的を探る。
「冒険者がここに来る理由なんて一つだろ。モンスターの生息分布調査だよ」
だが、彼の返答にアーネットは唖然となった。
この人、自分を冒険者って言った? その服装で? サンダルなのに!?
「俺は趣味で冒険者をやってるんだが、今回はちょいと知り合いに頼まれてね」
「そ、そうなんですね……」
アド・タルバルでは定期的にタルバール山の調査が行われる。
その際、国の主要機関から依頼を受けた上級冒険者だけが入山を許可されていた。
「お姉さんは魔導士っぽいが、学院から来たクチかい?」
「ええ、ワイアット・ルーマン教授から依頼を受けて来ました」
「有名どころキター」
アーネットの師であるワイアットは、風魔法の権威として有名だった。
「なるほど、道理で風の扱いが上手いワケだ」
先ほどから、話している二人には暴風が届いていない。
アーネットが空気を操って、岩棚にドーム状の空気の壁を形成しているからだ。
「気温を保てるよう、空気同士をこすり合わせてるとは、心遣いがありがたいねぇ」
「よくわかりましたね……」
自分のしていることを言い当てられ、アーネットは驚いた。
先入観に囚われず、風を『空気の流動と圧力』と認識できる者はそうは多くない。
「カブトさんは、どうして崖から落ちたんですか?」
アーネットは、その理由が知りたくなった。
どうやらただ者ではない彼が、何故ああも派手に落下していたのか。
「実は、登ってる最中に岩肌に伸びてる高山ネギを見つけてな」
「高山ネギ……?」
高山ネギは、高地に生えることがあるネギの近縁種だ。一体それが……?
「美味そうだったんで採ろうとしたら、バランス崩して落ちた」
「え、美味そ……、え……? …………え!?」
アーネットはカブトを二度見して、三度見して、そして四度見した。
ちょっと、何言ってるかわからなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二人は登頂を再開した。
アーネットは飛行し、カブトは下の方で岩壁をえっちらおっちらよじ登っている。
『アーネットちゃん、ちょいとトバしすぎだぜ~』
かなり離れているカブトから、アーネットに声が届く。
それは魔力を介して声を交わす『魔通話』という魔法だった。
『魔力補充タブレットはいっぱい持ってきました! お気遣いなく!』
タブレットをバリボリ噛み砕き魔力を補充しつつ、彼女はつっけんどんに返した。
ああ、ムカつく! ムカつくムカつく、本当にムカつく!
――アーネットは、何にムカついているのか?
「え、ジズを探しに来た? 綺麗だよね、あいつ!」
とか、岩棚での休憩中に笑って言い放ったカブトにムカついていた。
「何です、あの人。ジズに会ったことがあるとでも!?」
言葉にしたことで、アーネットの中で嫉妬とも怒りともつかない熱が暴れ回る。
「ありえないありえない、そんなことありえませェ――――ん!」
アーネットはギュンと一気に加速する。
自分より先にジズと出会っている人間など、認められるはずもない。
「『大鳥様』に最初に会うのは、このアーネット・オブライエンなのですッ!」
藍色の瞳を限界までかっぴらき、血走り具合はもはや轟雷。
アーネットは、実に典型的な霊鳥ジズの同担拒否過激派厄介オタ夢女子であった。
これまでに書いた自分とジズの夢小説は、実にノート三桁冊分にも及ぶ。
バリボリッ!
ガリッ、ゴリゴリッッ!
飛行を維持しつつ、アーネットは魔力補充タブレットを噛み砕く。
アーネットが背負うデカい背嚢の中身のほとんどが、このタブレットだった。
彼女は、風の魔法の才こそ突出しているが、魔力量自体は平々凡々。
だが、風魔法は応用の幅も広く、その分、魔力消費も激しくなってしまいがちだ。
『アーネットちゃん、ちょいと休憩した方がいいんじゃねぇかい?』
再び、魔通話を介してアーネットのもとに彼女を心配するカブトの声が届く。
しかし、平静ではない今の彼女の中で、彼の言葉は弧を描いて輪を作った。
つまりアーネットは、とても曲解した。
『それは、ジズマウントですか! ジズ自慢でジズイキリでジズ顕示欲ですか!?』
『何その面白解釈!?』
『それ以外にどう解釈しろっていうんですか!』
『それ以外にしか解釈できないだろ!』
『あ~あ~、聞~こ~え~ま~せ~ん~!』
アーネットは通話を打ち切って、さらに加速した。
ずっと下にいるカブトは「あ~ぁ」と諦め混じりにつぶやき、岩をよじ登る。
彼女に異変が生じたのは、それから間もなくのことだった。
アーネットは分厚い雲の層に突入し、雷が轟き雨が降り注ぐ中を突き進んでいた。
一寸先も見えない激しい嵐だが、この程度はむしろ想定の内だ。
異変は、この悪天候とは全くの別口だった。
「……空が、重い?」
アーネットの飛行速度が落ち始めていた。
空気が操りにくい。体にかかる風圧を、魔力で相殺しきれなくなっている。
空気の密度が高まっていることが原因だと、すぐにわかった。
同時に、それがあり得ない事象であることも。
「この高さで、空気が濃くなるはずが……ッ!?」
高所では空気が薄くなる。それがあるべき現象の形。
しかし、発生している事態は全くの真逆で、それがアーネットを混乱させる。
空気はさらに重みを増し、彼女はうめくこともできない。
この、へばりついてくる汚泥の沼に溺れないよう、必死にかき分けるような感覚。
飛行魔法を維持するため、アーネットは絶えずタブレットをかじり続ける。
そうしていると、耳元に声がした。
『よう』
「ひゃあ!?」
驚いて岩壁を見れば、何重もの霧の向こう側にうっすらカブトの姿が見える。
彼はさながらヤモリのように、手とサンダルに魔力を集め、壁に張りついていた。
アーネットは愕然となる。
彼に追いつかれるほど、自分の飛行速度は落ちていたとは。
『いいかげん休めよ、アーネットちゃん』
カブトは、再度休憩を提案した。
『この辺はもう山頂まで近い。ここまで来れば、無理に突っ切る必要は――』
『お断りします』
アーネットはその提案を即座に却下した。
だがそれは、意地を張っているからではない。彼女の指先が、細かく震えていた。
『今休んでしまったら、私は折れてしまいます』
止まることなく進み続けてきたアーネットは、自分の状態を正しく把握していた。
すでに体力は限界を超え、魔力補充タブレットも摂取しすぎた。
体は異様に熱を帯び、視界も焦点が定まらなくなっている。
完全なオーバードーズ。意識を保っているのも、気力を総動員しているからだ。
一度でも止まれば、それで終わる。
意識は途切れ、体は動かなくなってこの登頂はご破算となる。行くしかないのだ。
『最初から、そうなるとわかってたんだな?』
『当たり前じゃないですか』
そう、最初から知っていた。
こうなることをわかっていながら、タルバール山の登頂に挑んだ。
『分の悪い賭けにもほどがある』
『それでも勝ち目がゼロじゃないから、賭けました』
そう語るアーネットの声に、震えは微塵もなかった。
不安はある。だが後悔はない。彼女の声に、カブトは死をもいとわぬ覚悟を見た。
『私は……』
アーネットの声に、これまでになく力強さが満ち満ちる。
危険とか、不安とか、恐怖とか、限界とか、関係ない。そんなの何も関係ないッ!
『私は、ジズに会うんですよォ――――ッッ!』
絶叫と共に、アーネットは絡みつく空気をブチ破り、黒雲の層を突き抜けた。
「ハハハ、おもれぇ女」
最高瞬間速度を記録して雲を貫いたアーネットを見送り、カブトは笑った。




