第4話 ソロ冒険者の一本釣り/蛇足
街に帰れた。
「……二日ぶりだぁ」
カブトから譲られた帰還用の転移アイテムで、彼女はダンジョンを出た。
なお、譲ってくれた彼、曰く、
『これからボスを食いに行くからいらん』
とのことだった。
どデケェ怪魚を丸々食べ尽くしたあとでの発言である。
「胃袋、鋼か……?」
言いつつ、リリアもダンジョンボスのお味には興味があった。
カブトのおかげで、すっかりモンスター食に興味を持ってしまったリリアである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
冒険者ギルドの扉をくぐると、見慣れた人影があった。
大きな弓を背にした茶色い髪の少年と、金髪を長く伸ばした魔道士の少女だ。
「リリア!」
リリアに気づいた狩人のハルトが彼女の名を叫んだ。
魔道士のレインもすぐさま反応して、リリアは二人を見て軽く手を挙げる。
「ただいま」
「何が『ただいま』だ! どれだけ仲間に心配をかけたと思ってる!」
ハルトは彼女を厳しく睨みつけ、大声で怒鳴ってきた。
口では心配と言うが、その態度や声からは激しい怒気しか感じられない。
ダンジョンに行く前は、それが彼の愛情の裏返しだと受け取っていた。
だが、どうやらそうではないようだ。
レインは、ずっとハルトに寄り添っている。
リリアが求めてやまなかったそこは自分の居場所だと、自然にアピールしている。
前は気づけなかったのに、今はすんなり気づけた。
どうしてかはすぐにわかった。わかった上で彼女はハルトに切り出した。
「ハルト、好きよ」
いきなりすぎる告白にハルトは面食らい、目を丸くする。
「おまえ、何言って……?」
「私があんたを幸せにしてあげる。だからレインじゃなくて私を選んで」
続くリリアの二言目で、今度はレインが固まった。
周りにいた他の冒険者やギルドの職員が、揃って三人に注目する。
「オイ、リリア、みんながこっち見てるぞ……!」
「関係ない。ここではっきりしてよ、ハルト」
慌て出すハルトを一蹴し、リリアはさらに迫る。
ハルトは周囲の視線を一身に受け、その圧に耐え切れず彼女から目をそらした。
「……バカな冗談はやめろよ。リリア」
彼の答えは、それだった。
リリアの本気を、ハルトは『冗談』の一言で受け流そうとしたのだ。
「あ、そう」
自分でもわかるくらい、リリアの反応は素っ気なかった。
彼女は、自分の中でハルトの存在が急速に輝きを失い、色あせていくのを感じた。
「ならいい。私は今日でパーティーを抜けさせてもらうよ。お別れだね」
平然と離脱を宣言するリリアに、ハルトとレインは同時に絶句する。
「何なんだ、さっきから! 俺たちがどれだけ心配したと……!」
ハルトがリリアに指を突きつけ、声を荒げる。
だが彼が片手に握っているものを、リリアは見逃していなかった。
「そういうことはさ、せめてその手の依頼票を隠してから言いなよ、ハルト」
「う、これは……」
ハルトが持っていたのは、採取の依頼票だった。
彼は、リリアを助けようとせず、レインと新たな依頼を受けようとしていたのだ。
何が心配。何が仲間。いつだって前に出て戦うのはリリアだけだった。
結局のところ、彼らにとって自分は都合のいい手駒でしかなかったということか。
「待てよ、リリア。ずっと俺のそばにいてくれるって、言ってたじゃないか!」
ハルトは未練たっぷりの様子で、そう叫んだ。
リリアを選ぶ気はないクセに、それでもこの男は彼女を手元に置こうとする。
「ねぇ、リリア! 私達は親友でしょ? ずっと一緒にいましょうよ!」
自分が選ばれると知りながら、レインはリリアにこれまで通りの関係を要求する。
それだけ、リリアという存在は彼女に優越感を与えてきたのだろう。
「――フフ」
何だか、笑えてきた。
ずっと一緒に歩んできた幼馴染なのに、今さら本性が透けて見えるなんて。
きっと二人は、最初からこういう人間だった。
そしてそれに気づけないほど、前の自分は愚かしく盲目的な人間だったのだろう。
「何がおかしい!?」
いきり立ったハルトが、リリアの胸倉を掴み上げようと手を伸ばしてくる。
リリアは彼の手首を逆に掴み返し、いとも簡単にねじり上げた。
「あが、ぃ、痛い! 痛い痛いッ!?」
「前に出て戦ったこともないクセに、自分から恥かきに来てどうするんだ」
情けないハルトの悲鳴に、リリアは呆れ返った。
彼女の耳に、近くにいた冒険者達の苦笑交じりの話し声が聞こえてくる。
「何だ、制圧されちまったぞ、あいつ。みっともねぇ」
「あの若造、あれで『黒き兜のマークラント』を目指してるとか、笑えねぇな」
――黒き兜のマークラント?
そういえば、伝説の『大冒険者』にはいくつも異名があると聞いたことがあった。
リリアの脳裏に、ダンジョンで出会ったオッサンの顔が浮かんだ。
「……まさか、ね」
リリアはハルトを解放し、さっさと歩きだした。
まだ何事かをわめいているハルトとレインに、リリアは最後に一度だけ振り返る。
「自分を磨けよ、冒険者!」
こうしてリリア・クリムゾンは一人の冒険者として歩き始めた。
くしくも、その日は彼女の誕生日であった。




