第16話 ソロ冒険者のショウダウン/結
「俺は一度もベヘモットが『骸の王』だなんて、言ってないぜ」
ゆるんでいた空気がその一言で消し飛んだ。
リリアとアーネットは、同時に腰を浮かせてカブトに問いただす。
「どういうこと、カブトさん!」
「意味わかんないです!」
「どういうことも何も、今言った通りだ」
カブトの様子は変わらない。だが、カブトの様子は変わっている。
見た目は同じでも、欠けたバイザーの奥に覗く瞳に、どこか剣呑な光が混じる。
「『骸の王』は、別にいるってこと?」
「そうだ」
リリアが尋ねると、カブトがうなずいた。
そこから続く言葉は、リリアもアーネットも驚くしかないものだった。
「お疲れさん。二人へ頼んだ仕事はこれで終わりだ」
「はぁ!?」
「報酬は、街に戻ってからになるが、ちゃんと支払わせて――」
「待ってください! 待ってくださいってば!」
たまらず、アーネットが大声でカブトを制止する。
彼は「悪いな」とつぶやき、何事かを唱える。それで部屋の景色が一変した。
「何が……」
突然の変化に、アーネットが絶句する。
青白い魔力回路に満たされていた部屋が、真っ白い空間に変貌したのだ。
「『骸の王』は、この先にいる」
「カブトさん、一体……」
リリアは言いかけ、途中で口をつぐんだ。
カブトの気配がどんどんと研ぎ澄まされていくのを感じ取ったからだ。
それは、大一番に臨む冒険者が漂わせる空気だ。
理性より先に、冒険者としての魂が彼女に理解させる。そうか。そういうことか。
「ここからは、カブトさんの仕事ってことか」
「ああ」
自分が指さした先を見据えたまま、カブトはうなずく。
「けど、二人には別途で頼みたいことがある」
「それって当然、冒険者への依頼、ってことですよね~?」
軽い調子のアーネットに「当然だ」と笑って、カブトは新たな依頼内容を告げた。
「俺と『骸の王』の戦いを、見届けてほしい」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
空白の道を進みながら、カブトは説明を始めた。
「『骸王城塞』は誤作動を起こしちまったんだよ」
「誤作動って?」
「本来なら城塞のシステムの中核を担う『骸の王』はベヘモットに限定されているはずだった。だが、その原則が破られたのさ」
話を聞いていたリリアが「そうか!」と手を打った。
「ベヘモットの眉間に刺さってた、あの剣……!」
「ベヘモットに勝ったヤツがいる。それが今の『骸の王』だ」
言い終えると同時に、カブトは足を止めた。
果てもわからない空白の領域に、同じ色の玉座があるのが見える。
アーネットが目を細める。空白色の玉座には、黒い人影が座していた。
朽ちた黒い甲冑に身を包み、胸部にはベヘモットの角が深々と突き刺さっている。
「来たぜ、ロスク」
十歩分ほどの離れた位置から、カブトが黒い人影に呼びかける。
すると頭部を覆う黒いヘルムのスリットの奥に、赤い眼光がギラリと灯った。
「「…………ッ!?」」
その瞬間、リリアとアーネットは後方に跳躍しようとして、できなかった。
動くどころか、震えることすらできない。それほど強く恐怖に体を縛られていた。
これはダメだ。
勝ち負けとかいう次元じゃない。
存在の格差がありすぎて話にならない。
自分達など、相対すれば一秒を待たずに灰にされて終わる。
アンデッドの大群も『大地の獣』も、些事に過ぎない。
こいつだ。こいつがいるから『骸王城塞』は未だに『地獄』のままなのだ。
「だとしても、さ……!」
だがリリアは恐怖に固まる情けない己を、鼻で笑った。
「ま、荒野は暑かったですし、このくらい涼しい方がいいですよね~」
アーネットもそう強がり、体を無理やり動かして前に踏み出した。
「私達は、この戦いを見届けるんだ」
「そうですよ。そのために、私達はここにいるんです」
恐怖を覆す勇敢さが、光となって二人の瞳に宿る。
内に秘めた冒険者の矜持が、『骸の王』がもたらす恐怖をわずかながら凌駕した。
「おまえの武器だ、ロスク」
カブトが腰に帯びていた剣を『骸の王』に放り投げる。
ぎこちない動きで立ち上がった『骸の王』は、足元の剣を緩慢に拾い上げた。
刀身を鞘から引き抜くと同時に『骸の王』の動きが一変する。
急変と呼ぶべきその変化、リリアは目を疑った。
「な……」
右手に剣を握る『骸の王』の所作は、練達した剣士のそれだ。
堂々としたその立ち姿には『王』の号を冠するにふさわしい威厳がある。
『――ァ、と……』
「ああ。待たせて悪かった。終わらせよう」
カブトは二本のダガーを逆手に持ち、腰を低く落として足を広げて構える。
対して『骸の王』は、東側の国の剣術にある『正眼の構え』に近い構えを見せた。
リリアも、アーネットも、本当は聞きたいことばかりだ。
この戦いはどういう戦いで、相対する二人はどんな関係なのか。
疑問は次々に湧いてくる。
だが二人とも唇ときつく結んで、努めて疑念を押し殺した。
見届ける。
そのために、自分達はここに立っているのだから。
「…………」
『――――』
カブトと『骸の王』は互いに全く動かない。おそらくは動けないのだ。
共に熟達の使い手同士、隙をさらす愚は避けたいのだろう。
だが、リリアは知っていた。
先手を取るのは、カブトの方だ。
「――フッ」
鋭い呼気。
カブトは身を左に傾けて『骸の王』へと疾駆する。
前に突き出した左手で、勢いのままに『骸の王』に斬りかかる。
だが途中、逆手持ちだったダガーがカブトの手の中でクルリと順手に変わった。
ダガーの軌道が大きく変化し『骸の王』の首元を狙う。
しかし、それはフェイント。左のダガーは首に届く直前で空を切る。
本命は右だ。
いつの間にかこちらも順手持ちに変わってい右のダガーで、刺突を試みる。
ドッシリと構えていた『骸の王』が、ここで動いた。
最短でのどを狙うカブトの刃をどう守り、どう捌く。リリアも興味が尽きない。
しかし、残念なことに彼女の認識が追いつくのはそこまでだった。
カブトと『骸の王』の間で、刃が激突して火花が散った。
それを目の当たりにしながら、今の彼女はどうしてそうなったかが理解できない。
速すぎる。鋭すぎる。技も思考も、技から技へと繋ぐ動きも。何もかも。
「すごい……」
リリアの口から漏れ出たのは、その一言。
自分にはまだ理解できない領域で、それでも技をぶつけあう両者は美しく映えた。
「はぁ……」
リリアの隣で、アーネットが忘我のうちにため息を漏らした。
この極限の死闘を、二人はただ見届けるだけ。だが本当に、それでいいのか?
邪魔なんてできるはずがない。おこがましい。愚の骨頂。
そんなことはわかっている。だけど、それでも! それでも……ッ!
「カブトさん、頑張って!」
それでも、こんなにも自分の胸を熱くしてくれる彼を、応援せずにはいられない。
「勝ってください、カブトさん!」
アーネットも彼女と同じだ。
眼鏡の奥の瞳に涙を浮かべて、あらん限りの大声でカブトを応援している。
「見てくれよ、ロスク」
カブトは、突然攻撃をやめて『骸の王』の前でダガーを握る両腕を大きく広げた。
当然、それは大きな隙だ。『骸の王』が突かないはずがない。
刹那にも満たない間、『骸の王』は全身を縮ませて力を溜め込む。
そして次の踏み込みで轟音を鳴らし、爆発的加速を得てカブトとの間合いを潰す。
最短最速の踏み込みと、最善最適の間合いの取り方。
文句など誰も言えようはずのない、理想的な身の運び、技の組み立て。
大上段より『骸の王』が剣を振り下ろす。
その縦一閃を、カブトは頭上でダガーを交差させて、受け止めようとした。
だが、剣技の理想を体現した『骸の王』の一撃は、二本のダガーを打ち砕いた。
銀と橙の破片が散る中で、刃は衰えずカブトの脳天を襲う。
リリアが叫び、アーネットが涙を散らす。
もう、ここから先は、二人には見えない世界の出来事だ。
振り下ろされた『骸の王』の刃が、カブトの頭を直撃する。
本来であれば、それで決着していた。
先に隙を見せたカブトが、頭から腹部までを一気に両断され、絶命していた。
本来あるべき、拮抗している二人の技量であったなら。
――勝負を分けたのは、食べ歩き。
強い生命力を持つ『大地の獣』の肉は、食した者にいっとき祝福を与える。
カブト自身はそれを明確に知っていたワケではない。
ただ、もしかしたらそういうこともあるんじゃないかと、推測していただけ。
それはずっと食べ歩きを続けてきた、カブトの経験則だった。
強い魔力は強い旨味に通じ、強い旨味は強い滋養となって体に力を与える。
生きるための活力を得る。食事とは、そういうものだ。
黒い兜がひしゃげる音がする。
だが、そのときすでにカブトは頭を爪一枚分だけ右にズラしていた。
その爪一枚分が、ステーキ一食分の祝福の効果。
必殺だったはずの『骸の王』の一閃が、兜の丸みに滑って左に大きく外れる。
その一瞬『骸の王』の懐がガラ空きになった。
カブトは笑って、嬉しそうに告げる。
「俺には、勝利の女神が二人もいてくれたよ」
黒い兜がはじかれて、カブトの右目が露わになる。そして輝く、金色の魔法陣。
リリアは、それが何か知っていた。
「――『法撃魔眼』!?」
カブトが瞳を見開く。狙うべきは、ただ一点。
「『|親愛なる物語へ、終絶を授く《ネバーエンド・デッドエンド》』!」
蓄積していた十年分にもなる魔力が、金色の光線となって『骸の王』の胸を穿つ。
胸に刺さったままのベヘモットの角も、この断絶の一撃に消える。
白い空間に光が迸り、リリアとアーネットはまぶしさに顔をそむけた。
やがて光は失せて、二人はまぶたを開ける。
そこには、床に大の字に転がる『骸の王』と、それを見下ろすカブトがいた。
「カブトさん!」
「大丈夫ですか、カブトさん!」
リリアとアーネットが駆け寄ると、彼は弱々しく笑った。
「おう、何とか……」
言いかけたカブトの体がガクンとかしぐ。
リリアとアーネットが左右から彼を支えた。カブトもさすがに疲れ切っていた。
「カブトさん、この人は……」
アーネットが『骸の王』を見やる。
あれほど圧倒的な力を放っていた黒き超人は、今や完全に沈黙している。
「こいつは、俺の兄貴、みたいなモンだ」
動かなくなった『骸の王』を、カブトは悲しげに見つめる。
「ロスクは、ベヘモットと相打ちだったんだ。胸に角が刺さってただろ? あれで死ねていれば『骸の王』になんかならずに済んだ。だが、角に宿る生命力がロスクを変な形で生き永らえさせちまったんだ。それで――」
「『骸王城塞』はこの人をベヘモットと誤認して『骸の王』にしたのか……」
三人の見ている前で『骸の王』の体が灰となってサラサラと崩れていく。
後には何も残らず、カブトが渡した剣だけが転がっていた。
「終わった」
その、カブトの万感に満ちた一言が『骸王城塞』攻略達成の合図となった。
三人は、魔力光が失せたベヘモットの部屋へと転移する。
「第四の地獄を、攻略できたんだ」
リリアが言うと、アーネットが「はい!」と元気よくうなずいた。
最高難度を誇る『地獄』の攻略達成は、冒険者ギルド設立以来初の快挙だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――夜。最寄りの街の酒場にて。
「「「カンパ~イ!」」」
ガッチョン!
と、エール酒で満たされた三つのジョッキがカチ合って景気のいい音を鳴らす。
城塞を出たのち、三人はアーネットの風魔法でここに直行した。
本当は報告とか色々しなければならないが、ぶっちゃけ知ったことではない。
冒険者が命を張った大冒険を終えたのだ。
だったら『コレ』だ。『コレ』しかないに決まっている。
「あ~、おちゃけおいちぃ~~~~!」
「ンフフ、ンフフフフフ! この串焼き、たまらないですねぇ~!」
「今宵は無礼講! 飲めや食えや気にするな! 全部俺の奢りだァ~~~~!」
「「ゴチになりまぁ~す!」」
そう、宴会である。
冒険者たる者、冒険が終わったならば大枚はたいて食って飲んでの大騒ぎ。
仲間とドンチャン騒ぐこの時間こそ、冒険者の醍醐味だ。
「ッぱこれよ、これ!」
大ジョッキを飲み干して、カブトが満足げに笑った。
「カブトさぁ~ん、カブトさぁ~ん、ちょっとカブトさんってばぁ~!」
エール酒一杯で早々に出来上がってしまったリリアが、カブトに絡んでくる。
「実はァ~、カブトさんが『黒き兜のマークラント』なんだろ~?」
「あァん?」
カブトが片眉を上げて反応すると、リリアはニヤニヤ笑ってさらに踏み込む。
「そ~なんだろ~? ね~、そうなんだろ~? ホントのコト教えてよ~!」
「酒弱い上に絡み上戸かよ、リリアちゃん……」
「も~、リリアさんったら~、ほら、お水。お手拭きはこっちにありますからね~」
「こっちは普段傍若無人なクセに、酒の席では甲斐甲斐しくなるのか……」
カブトは、立場が逆転しているリリアとアーネットを興味深く観察した。
「ね~ね~ね~、ね~ってば~、ね~! カブトさんってば~!」
「ロスクだよ」
「ほぇ?」
「百年前に『骸王城塞』に挑んだ『黒き兜のマークラント』は、ロスクだよ」
「「……へ?」」
彼の答えに、リリアとアーネットはポカンとなってしまう。
そんな二人を酒の肴にしながら、カブトは新しく運ばれてきたジョッキを掲げる。
「今宵の宴を、我が兄に捧ぐ」
ささやかな献杯を済ませ、彼はジョッキの中身をのどの奥に注ぎ込んだ。




