第17話 ソロ冒険者のショウダウン/蛇足
ちょっとハメを外しすぎたか。
「ふぃ~、景色がグラついてらぁ……」
カブトは酒場を出て、千鳥足で近くの河原まで来ていた。
小さな橋の上、彼は欄干に肘を置き、風に身を浸す。
酒で火照った体を夜気がほどほどに鎮めてくれる。
フワフワした浮遊感は自分が酔ってる証で、それがまた心地よい。
「今日はいい酒が飲めた」
つぶやくその声は満ち足りていた。
リリアとアーネットは、宿ですでに休んでいる。
カブトは一人だけで、今日という二度と訪れない日の余韻を楽しんだ。
彼は、川の流れを見つめて声を大きくする。
「悪いな。おまえさんの出番はなくなっちまったよ」
カブトが振り向けば、そこに見知った顔がいた。
「来るのが遅すぎましたか」
迷宮都市ガルゼアレンのギルドナイト、グレントがそこにいた。
銀の胸当ては着けておらず、旅装に近い恰好をしている。
「何だい『大穴』の攻略はどうした?」
「そっちはシャンティアさえいればどうとでも。俺は戦力として期待されてないんですよ。これでも腕に覚えはあるんですけどねぇ……」
「『絶剣のウォレン』といえばガルゼアレンで名を馳せてたモンな」
「過去形にしてる辺り、あなたも意地が悪い……」
半眼になるグレントに、カブトはひとしきり笑って手を振る。
「俺を追ってきたのか? 酒場にいただろ、あんた。水臭い。声をかけてくれてよかったのに。今日みたいな宴会は、仲間が多いほど楽しいんだぜ」
「ご冗談を。冒険の打ち上げなんて仲間内で共有してナンボでしょうに」
グレントが呆れ調子で返すと、カブトは「一理あるな」と苦笑を見せる。
「しかし、本当に『地獄』を攻略できたんですね……」
「まぁ、快挙っちゃ快挙だが――」
「他の『地獄』に比べたら、ヌルい、ですか?」
歯切れの悪いカブトの意を酌み、グレントがそれを口に出した。
「そうだな。あの『骸王城塞』はほとんど機能を停止してたようなモンだ」
「アンデッドは生産されていたんでしょう? スケルトンが千体もいたとか……」
「盗み聞きはいけねぇな。だがその通りだ。で、今回を除くと、最後に『骸王城塞』の攻略が試みられたのは、十年も前の話だ。これは、何を意味してるのかな?」
「十年前の時点で生産されていたアンデッドが一掃されているとして、そこから今までのアンデッドの生産ペースは、年に百体ですか……」
魔王軍のアンデッド生産拠点にしては少ない。あまりに少なすぎる。
「あそこは九割方、ロスクが攻略してた。俺はお零れにあずかっただけだよ」
史上初めて『地獄』を攻略した男が内に秘めていたのは、ただの自嘲だった。
「それ、あの子達には言わないでくださいよ」
「言うかよ。あの二人がいたから、俺はロスクを看取ってやれたんだ」
グレントに釘を刺され、カブトは「ケッ」と悪態をついてそっぽを向いた。
「しかし、意外でした」
「何がよ?」
「まさかかの『黒き兜のマークラント』が『骸王城塞』で死んでいたとは……」
話題を変えるグレントに、カブトも乗ってケラケラ笑う。
「そうかい? 伝説の『大冒険者』の死に場所としちゃお似合いの――」
「ロスク氏は『何番目のマークラント』だったのでしょう?」
「…………」
グレントがその疑問を口から紡ぐと、カブトは急に言葉を切った。
何かを求める彼の視線に応じ、グレントは軽く肩をすくめる。
「実は二か月前の一件で昇進が決まりまして。ギルドナイトのナイト長の内示が下りました。冒険者ギルド本部の機密情報を一部閲覧できるようになったんです」
「そいつはめでたい。ってことは、シャンティアちゃんのお守りは?」
「レゼクに引き継ぎました。これからの四班はあいつが仕切ることになりますね」
「あのハッスル問題児のお世話か、大変そうだな」
二人はしばし雑談に興じ、ひとしきり笑ったところで話が途絶えた。
それは、カブトがあえて作った空隙で、グレントもそれを察して話の筋を戻す。
「『丸喰党』、でしたか……」
「懐かしい名前だ」
「百五十年ほど前に大陸の東の果てに存在した邪教で『丸喰様』なる邪神を崇め、世界の破滅を目論んでいたとか、資料が少なくて実情は知れませんが」
「大体合ってるな。あたおかな連中だった」
「あなたは――いえ、あなた方『マークラント』は、そこの実験台だったのですね」
「そう。俺を含めて二十六人、ある日突然、この世界に召喚されたよ」
カブトが口にした『召喚』をいう単語に、グレントは別に反応しなかった。
とっくに調べがついていることだからだ。
「『丸喰党』は邪神を顕現するために依り代を欲した。しかし一人に宿すには邪神の力は強すぎた。だから、連中は力を二十六分割して、あなた方に移植した」
「な、あたおかだろ?」
以前から『大冒険者マークラント』には複数人説が存在していた。
実際それは当たっていた。彼らは、邪神の力を宿した改造転移者の集団だった。
「そこまで調べたなら、その後どうなったかも知ってるよな?」
「『丸喰党』はあなた方に殲滅され、自由になったあなた方は外の世界に出た」
「本気で世界の滅亡を狙うような連中、根切りするしかないって」
「そこは同意します」
神が実在するこの世界。
場合によっては世界の破滅も戯言では終わらないのだ。
「で、そんな苔むした話をぶり返して、どうしたよ?」
「疑問をね、解消したいんです」
グレントの目つきに険しさが増す。ここからが本題だと言わんばかりだ。
「『マークラント』の名が『丸喰党』のもじりであることはわかりますが、何故そんな名を? あなた方にとっては受け入れがたい名前なのでは……?」
「何だよ、そんなことか……」
真顔になりかけていたカブトは、そこで一気に脱力して肩を落とした。
「答えは簡単だ、それ以外に名乗る名前がなかったからだよ」
心底めんどくさげに、カブトは白状した。
「この世界に来てすぐ、俺達は念入りに記憶を消されたようでね、元の名前なんて覚えちゃいなかったのさ。連中に与えられた『神号』はあったがね」
「カンゴウ?」
「ロスクとかの、個人名の元になった称号だよ」
ロスクの元の神号は『魯粛』。
他の二十五人も、同じように『神号』をもじった名前を名乗っていた。
「それだけ、ですか?」
「何だその反応。もしかして俺達が連中の思想を受け継いでるとか思ったか?」
問い返されたグレントは押し黙ってしまう。だがその沈黙は、実に雄弁だった。
「その辺はとっくに決着してるよ。邪神の力を移植されたとはいうが、せいぜい寿命が長くなった程度の恩恵しかないんだぜ? それは当時の冒険者ギルドにも報告したし、色々調べられた。だから俺達の記録がギルドに残ってたんだよ」
「そう、だったんですね……」
グレントは納得せざるを得ない様子で、カブトはそれを面白がって笑う。
話し終えて、カブトはグレントに背を向ける。
「行くんですか?」
「ああ。報酬の受け渡し手続きは、どこのギルド支部でもできるからな」
「あの二人、朝起きてあなたがいなかったら嘆くのでは?」
「バカ言うなって。どっちもそんなヤワじゃねぇよ」
カブトは一度振り返り、野太い笑みを見せて保証した。
「あの二人は、俺が認めた冒険者さ」
「それで、カブトさんは次はどこへ行かれるので?」
彼はグレントをまっすぐに見たまま、星空を指さす。
「あの星が瞬いてる、ここじゃないどこかだ」
「何ですか、それは……?」
「ソロ冒険者の行き先なんて、その時の気分次第ってことさ」
だから、彼は行くのだ。
「美味いモンがあるところ。それが俺の行き先だよ」
そう言い残し歩き出そうとするカブトの背中に、グレントが最後に問いを投げる。
「せめて教えてくださいよ。あなたのお名前は?」
「俺かい? 俺はア――」
言いかけ、途中で止めて彼は右手をヒラヒラ振った。
「俺は、趣味で冒険者をやってる、ただのカブトだよ」
カブトは街を去っていった。
今日も世界のどこかで、ソロ冒険者は食べ歩きを続けている。




