第15話 ソロ冒険者のショウダウン/転
カブトは語る。
「この城塞に働く『死霊魔法』は、リソースである生命力を負の生命力に反転させて疑似的な悪霊を創造し、土塊に憑依させることでアンデッドを大量生産していた」
「ゴーレムみたいな作り方だな……」
リリアが、そんな感想を抱く。それはあながち間違っていない。
「生命力さえあれば、死者がいなくても死なない兵士を作れるんですから、コスパがいいですよね。まぁ、問題はそれだけの生命力をどう用意するかなんですが……」
「そこで、この城塞が展開していたフィールド、か」
近づく者の命を吸奪するフィールドは、しかし百年前に消え去っている。
だが、それで生命力の供給が止まったのなら、城内にスケルトンはいないはずだ。
「まだいるんだ、この城の中に生命力の供給源が……」
「それについては実際に見てもらう方が早い」
カブトはそう言って、閉ざされた扉に手をかざした。
――バチッ。
小さく音がはじけ、火花が散った。
それは一度起こると、さらに連続して発生する。
「何が起きてる?」
「カブトさんが、扉に施された何重もの封印を無理やりこじ開けようとしています」
アーネットの説明を受け、リリアが思い出した情報は一つ。覚えた疑問は二つ。
「あの扉の封印があったから、今まで誰もここを攻略できなかったんだよな」
「そうですね。この城塞、物理的に壊すのは不可能なので」
アーネットはそう答える。リリアはそれにうなずいた。
「カブトさんは、誰も解けなかったあの封印の解除方法を知っているんだな」
「そのようですね。信じがたいことですが」
アーネットはそう答える。リリアはそれにうなずいた。
「カブトさんって――」
リリアが覚えた二つめの疑問は、とても根本的なものだった。
「何者なんだろうな?」
見識豊かで、食い意地が張っていて、どこか超然とした雰囲気の不思議な人。
リリア達は彼のことを何も知らない。だが、それでも一つだけ確かなことがある。
「よし、行こうか」
開かれた扉の先を指さし、カブトが二人の方を振り向く。
「頼むぜ、お二人さん」
「うん。私にお任せだよ、カブトさん!」
「リリアさん、そこは『私達』でお願いしますよォ~!」
カブトは、自分達を頼りにしてくれている。
それは、リリアとアーネットにとって間違いなく誇れる事実であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
待ち構えていたのは『神』だった。
「あれが『骸の王』……」
リリアの魔法照明が、床に横たわる黒い巨体を照らし出している。
それは、家ほどにもなる巨大きさを誇る雄牛だった。
右の角が半ばから折れて、眉間には古びた剣が深々と突き刺さっている。
白く濁った瞳は、雄牛がすでに生きていないことを物語っていた。
「アレは、ベヘモットだ」
「ベヘ……ッ!? ジズと並び称される『神の獣』の一角じゃないですか!」
アーネットの叫びは悲鳴じみていた。
魔法王国の神話に語られる『神の獣』の一つが『大地の獣』ベヘモットだ。
「魔王軍は、魔法王国が畏れ敬うベヘモットをこの城塞の中核に組み込んだのさ」
「すごい嫌がらせだな……」
カブトの説明に顔をしかめつつ、リリアは周囲に視線を走らせる。
壁、床、天上にいたるまで、青白い魔力光の回路がビッシリ隙間なく走っている。
「ここが『骸王城塞』の中枢部で間違いないようですね」
アーネットが部屋の役割を看破すると同時に、黒い雄牛がゆっくり動き始める。
死体にしか見えなかったそれが前足で床を踏みしめる。
すると、それだけで堅固な城塞がズズンと揺れた。とんでもない質量だ。
「アンデッド化したベヘモットが相手? また、難儀な相手っぽいなぁ」
言いつつ、リリアはアーネットにサッと目配せしてベヘモットの情報を求める。
「ベヘモットは『大地の獣』と呼ばれ、世界の終わりを超えて新世界に到達した民にふるまわれる減らない料理の食材であるとされています。つまり――」
「つまり?」
「ベヘモットは強靭な生命力と、無限に近い再生力を持つと思われます!」
「ハッ、とんだ難敵だな。だが上等ォ!」
立ちはだかるベヘモットに『閃紅烈火』と『ジズの娘』が突撃していく。
ベヘモットが前足で床を踏み鳴らすと、床がグニャリと歪んで激しく波打った。
「浮かして!」
リリアの指示に従い、アーネットが自分と彼女を風で包んで飛翔する。
直後、二人が立っていた場所が床から発生した石の槍に貫かれる。間一髪だった。
「ねぇ、アーネット、あのベヘモットさ――」
「わかってます。多分ですけど……」
空を舞うさなか、リリアがアーネットと一つの違和感を共有する。
先ほど、カブトは魔王軍がベヘモットを『骸王城塞』に組み込んだと語った。
魔法王国への嫌がらせもあるだろうが、第一の目的はベヘモットの生命力だろう。
強大な『大地の獣』の生命力を、アンデッド生産のリソースに使ったのだ。
「違和感は、そこにある」
伸び来る石の槍を避けて、リリアはベヘモットを観察する。
眼下のベヘモットがアンデッドなら、辻褄が合わない。どう考えてもおかしい。
「ベヘモットが死んでるなら、この城塞はアンデッドを生産できない」
「でも、実際に大広間に生産されたスケルトンがいましたよね。つまり――」
「「あのベヘモットは、まだ生きている!」」
共に結論を叫ぶと、周囲の壁や天井まで波打ち始める。
霊鳥ジズが大気を支配するように、ベヘモットは鉱物を支配できるようだ。
「アーネット、ベヘモットを何とか押さえつけて!」
「は~い、かしこまりですよ~!」
石の槍をかわし続け、アーネットがその右手に空気を集め始める。
物体ではないそれは圧縮されて、圧縮されて、圧縮されて、極限まで圧縮される。
「私は『ジズの娘』アーネット・オブライエン! 地べたをはいずるしか能のないモーモーさんごときが、私を捉えようなんて億万年早いんですよォ~!」
そしてアーネットは、右手に生成した極限気圧の一球をベヘモットに投げつける。
「くらえ『天煌不落の風獄裂破』!」
風の一球はベヘモットの背に命中し、即座に膨張して超高気圧の場を生み出す。
発生した強烈な下降気流が、ベヘモットを床に強く押し付けた。
「リリアさん、やっちゃってくださァ~~~~い!」
アーネットはリリアの狙いを知らなかった。だが、何かやるという確信はあった。
出会ってから今までの短い間で、彼女はリリアの人間性の一部を理解した。
「やるべきことは必ずやる。あなたはそういう人ですよね、リリアさん」
リリアは天井近く、アーネットが生み出した高気圧のさらに上にいた。
彼女は右目を覆う眼帯に手をかける。
「狙いは一点、眉間の剣」
刺さったままのあの剣が、眉間の再生を妨げている。
そして、それでベヘモットは死にかけている。その意味するところは一つ。
「眉間が、ベヘモットの急所だ!」
眼帯は外され、露わになったリリアの右目には紅の魔法陣が刻まれていた。
「『法撃魔眼』!?」
滅多にお目にかからない術式に、アーネットが驚嘆する。
それは自分の眼球を魔導武装に改造する『人造魔眼』の一つであり、効果は明快。
――溜めた魔力を、破壊の魔弾として撃ち放つ。
「『|閃きの紅、烈しき火と吼えて《スパークレッド・オーバーレイ》』!」
瞬間温度百万度にも達する火属性の熱線が、リリアの右目から解き放たれた。
熱線はベヘモットの眉間に命中し、剣を焼き切って丸い穴を穿つ。
炸裂音は、しなかった。
ただ、ベヘモットが倒れ伏す重い音だけが、二人に届いた。
地に伏した漆黒の巨牛は、しばし待っても動かない。
部屋の歪みもさっぱり消えて、着地した二人は互いに顔を見合わせる。
「やった?」
「やりました!」
「「やったやった~!」」
二人は途端にはしゃぎだしてハイタッチを交わす。
そこにやってきたカブトが、明るい笑顔で声を張り上げた。
「よし、食うか!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
リリアとアーネットが、ハイタッチしたまま固まってカブトを見る。
当のカブトは、小物入れから取り出した石材に火属性のだがーを突き立てていた。
「あの、カブトさん……?」
意を決して話しかけたのは、リリア。
「おう、リリアちゃん。その右目スゲェな。火属性の法撃魔眼かい? 火力は随一だが、魔力消費量もバカ高いのが玉に瑕だよな。いやぁ、恐れ入ったぜ!」
「エヘヘ、八か月溜めた魔力がすっからかんだよ……」
「頭と首周りは余熱で焼けちゃってるから、食うなら腰の上辺りを――」
「それェ――――ッ!」
照れかけるリリアだが、カブトの言葉に我に返って指を突きつける。
「何? 食べるって、何!?」
「ん~? だってこいつは牛だぜ、牛。もうステーキっきゃねぇだろ!」
さも当然のように語り、カブトは期待アゲアゲの顔で上唇をなめる。
リリアは二歩ほど後ずさりした。
「本気で言ってるのか……?」
「ガチさ。『神の獣』を食える機会なんて、一生に一度しかないぜ?」
言われてみればその通りだが、納得できるかどうかは別だ。
しかしカブトは構わずに、ダガーでベヘモットの毛皮をサクサクと切っていく。
「うぉ~、丈夫な毛皮だ。さすがは『大地の獣』」
露わになった皮下脂肪を除き、カブトは刃を汚す脂を一度布で拭きとった。
「あれ、血が光に……?」
流れ出た血は、光の粒子となってたちまち霧散していった。
「ベヘモットは霊獣です。霊獣の肉体は物質化した魔力で構成されているので、生命活動が停止すると細かい部分から魔力に還元されていくんですよ」
アーネットがリリアにそう教えてくれた。
おかげで、解体しているカブトの体は血で汚れていない。
「見ろよ、この肉質!」
カブトが切り取った肉の塊を見せる。筋がほとんどない、見事な赤身だった。
鮮血にも似た瑞々しい赤色は『焼いたら美味い』を確信させる色合いだ。
「ひゃあ……」
「これはすごいですね……」
リリアとアーネットが、感嘆の声を漏らす。
こんなものを見せられては、カブトを非難することもできなくなってしまう。
「こいつを三人分に切りまして~」
きめが細かく繊維が整った赤身肉は、ダガーで簡単に切り分けられた。
カブトは熱した石材の上に置いた鉄板に、ベヘモットの皮下脂肪を塗りつけた。
「よっしゃあ! お肉、投下ァ!」
塩を振ったベヘモット肉が、鉄板の上に三枚一気に投下される。
ジュバァァァァァッ!
音、スッゴイ。
鉄板の上で脂の滴を弾けさせ、『骸王城塞』に肉の焼ける音が響く。
リリアとアーネットは、焼けるお肉に釘付けになっていた。
ビジュが、匂いが、焼ける音が、二人の感覚を全力で『お食事』へシフトさせる。
「ご希望の焼き加減は?」
「「シェフのお任せで~~~~!」」
リリアとアーネットはノリノリだった。
ほどなくステーキは焼けて、カブトは用意した皿に順々に乗せていく。
皿に乗ったステーキの表面は焦げた黒褐色で、肉汁に濡れてツヤが見て取れる。
立ちのぼる湯気と共に広がる香りは、食欲に対する暴力そのもの。
「さらに切ってみると~」
カブトがステーキを切ると、その断面には柔らかな赤のグラデーション。
肉の中心に向かうほど赤は深みを増して、にじみ出る肉汁がそれを彩っている。
「『ベヘモットのステーキ』、完成だぜ!」
カブトは宣言し、リリア達に食事用のナイフとフォークを配る。
「「いただきまぁ~~~~すッ!」」
二人は元気よく言って、ステーキにフォークを突き立てた。
パンもなく、ライスもなく、付け合わせなどなおさらあるはずもなく。
塩で味をつけただけのベヘモットのステーキ。部位はいわゆるサーロイン。
リリアは豪快にかじりつくと、たやすく噛みちぎれた。何このお肉、柔らかい!
焦げた表面の香ばしさが鼻へと抜けて、一噛みすれば肉汁がジュワジュワ溢れる。
肉の繊維はいとも簡単に断ち切れて、固さは微塵も感じない。
そして、噛むほどに存在感を増す、舌先から脳天へ突き抜ける、濃密な血肉の味。
体が、本能が、もっとこの肉をよこせと要求してくる。
極上の肉は口の中で融けるという。
だがベヘモットの肉はいつまでも口に残った、残りながら融けていった。
それは錯覚だ。肉はすでに二人ののどを過ぎている。
ただ、あまりに強烈な『味の余韻』が、消えることなく舌に残り続けているのだ。
「「おかわり!」」
「ヘイヘイ、肉はまだまだまだあるぜ~」
カブトはすでに次のステーキを焼いていた。
リリアとアーネットは、次を待ちつつ思った。明日から普通のお肉食べれるかな。
だがそれはそれ、これはこれ。
二人は一生に一度の『ベヘモットのステーキ』を満腹になるまで堪能した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
食後の休憩時間。
リリアとアーネットは、横たわるベヘモットに背を預け、休んでいた。
――カブトさんはベヘモットを食べに来たのか。
まったりとした時間を過ごしつつ、リリアはそんなことを考えた。
思えば、自分が初めて会ったときも彼はダンジョンに釣りに来ていたのだ。
アーネットは霊峰タルバール山でカブトと出会ったという。
そのとき、何かを食べたらしいが、何を食べたのかは教えてもらえなかった。
どうであれ、カブトは食べることからは離れられない男らしい。
思いつつ、リリアは心地よい満腹感に浸った。
疲労は全て消えている。ベヘモットのステーキはポーション以上に効果的だった。
あの味に、この回復効果。まさしく『食べられるための肉』だと思った。
「よし」
その一声と共に、カブトが立ち上がろうとする。
リリアは、今になって初めて彼が腰に帯びている剣に目が行った。
攻略目標が『地獄』ともなれば、そのくらいは用意するか。
結局は『骸の王』も彼ではなく自分とアーネットで仕留めてしまったが……。
「そろそろ『骸の王』を倒しに行くか」
「…………え?」




