第14話 ソロ冒険者のショウダウン/承
漆黒の城塞は、門が開けっ放しだった。
「罠はないぜ」
カブトがそれを保証し、ズカズカ中へと進んでいく。
リリアとアーネットは互いに顔を見合わせたが、すぐに彼についていった。
エントランスは相当な広さで、当然ながら中は真っ暗だ。
リリアが開いた手に魔力の明かりを生じさせて、自分達の頭上に浮遊させる。
「これは……」
照らされた城内は、外観と同じく真っ黒だった。
アーネットが近くの壁を指で撫でると、やけに滑らかな手触りが返ってきた。
「表面が溶けてますね。焦げ跡でしょうか……」
「外だけじゃなくて、城の中まで焦げてるってこと?」
「その通りだ」
リリアの疑問に、カブトが答えを示す。
「真魔大戦時、この城塞は記録に残ってるだけでも魔法王国に十八回攻められてる。そのとき、地形を変えるほどの大規模魔法兵器も投入されたらしい」
「それで焦げる程度で済んでるって……」
「丈夫すぎですね!」
アーネットの感想通り、この『骸王城塞』の堅固さは常軌を逸している。
「この城がここまで頑丈な理由、わかるかい?」
急にカブトが出題してきた。
リリアは答えを考えようとするが、先にアーネットが手を挙げた。
「この城塞自体が一個の巨大な魔法装置で、今も魔法術式が稼働してるからです」
「正解。さすがは『ジズの娘』。魔法の話となると早いな」
「フフ~ン、当然ですね~!」
アーネットが腰に両手を当てて得意げに大きく豊かな胸を張る。
「む……」
リリアは小さくうなり、すぐさま次の行動に出た。
「つまり、この『骸王城塞』は術式によって保護されてるってことか」
「ああ、リリアちゃんも理解が早いな。大したモンだ」
「ま、プロだからな」
カブトに褒められたリリアが、赤い髪をかき上げて自らを誇った。
アーネットはムスッと彼女を見つめ、カブトの背後で両者は軽く火花を散らした。
「リリアさんって、カブトさんとどういったご関係なんです?(小声)」
「そういうアーネットこそ、カブトさんと知り合いなの?(小声)」
二人して前を行くカブトをチラリチラリ、ついでに隣の相方もチラリチラリ。
リリアはさらに声を絞って主張する。
「私はあの人に命を助けられたことがあってさ……(超小声)」
「へ~、私は彼の命を助けたことがありますけどね~(超小声)」
「なッ!?(超小声)」
「フフ~ン、これは私の勝ちのようですね~(超小声)」
「私は、カブトさんと二人っきりで星空を見たことあるぞッ(超々小声)」
「ふ、二人っきりで星空を……!?(超々小声)」
「ロマンチックだったな~。ニヤニヤ(超々々小声)」
「ぐ、ぐぎぎ、やるじゃないですか……(超々々小声)」
「二人とも、全部聞こえてっからね?」
「「きゃあああああああァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!?」」
『地獄』の静寂は、二人の乙女の悲鳴によってあっけなく打ち砕かれた。
リリアとアーネットは顔を真っ赤にして、カブトを糾弾する。
「ノンデリだ! 内緒話に聞き耳立てるのはノンデリすぎるぞ、カブトさん!」
「そうですよ~! カブトさんはやっぱりブッ殺します~!」
「ダンジョン探索中に耳を塞げってか!?」
カブトの言い分はまさしく正論だが、それでどうにかできないのが女心であった。
しかし、三人のかしましいやり取りはすぐに落ち着くことになる。
「ここだ」
エントランスの最奥、両開き式の鉄扉の前でカブトは足を止める。
リリアとアーネットもすぐに表情を引き締め、改めて呼吸を整えようとする。
――ゴゴォォ……、ン……。
背後から聞こえてきた重々しい音は、城門が閉ざされる音だ。
城塞内部に閉じ込められる形となって、カブトは扉に右手を添えて二人に告げる。
「この城塞は一階奥の一室を除いて、探索し尽されている。俺達の目的は、この奥の大広間のさらに奥にあるその未探索領域の攻略だ。だがその前に――」
「そういうのいいから」
リリアが言葉を遮り、カブトの右隣に立つ。
「そうですね。言われるまでもなくご存知ですから!」
アーネットはカブトの左隣に立った。
二人とも、その顔には緊張こそあれど、恐怖や不安は見当たらない。
「「開けて」」
「……ああ。頼んだぜ、ご両人」
カブトは一瞬だけ真顔になって、すぐに口の端を上げて扉に魔力を流す。
黒ずんだ鉄の扉が、ギゴゴと耳障りな音を立てて開いていく。
リリアはそこに浮遊する魔力照明を滑り込ませた。
そこに照らし出されたものは――、
「この城塞に今も働いている術式は『死霊魔法』」
大広間を埋め尽くす、千体を超えるスケルトンの大群だった。
「ここは、魔王軍のアンデッド生産拠点だ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
戦闘開始。
「リリア・クリムゾン、斬り込む」
片刃の長刀を鞘から抜いて、リリアが残像を生む速さで大広間に突貫する。
「ちょ、速ッ!?」
風をまとって同じく大広間に入ったアーネットが、彼女の速度に心底仰天する。
アーネットとて風による加速で、常人の十倍近い速度は出しているのに。
「何ですか、あの速さ……?」
彼女の、自分が先行して敵をドッカーンしてマウントをとる目論見は崩れ去った。
だが、アーネットはもうそんなことは頭になかった。
彼女はリリアを観察していた。
自分を超える速度はどうやって生み出されているのか、それを知りたかった。
――サンッ。
という、軽く鋭い音がする。
リリアが長刀を振るってスケルトンを斬る音だ。
薄闇の中に赤い閃光が奔って、そのたびにスケルトンが屑と化していく。
それを見るアーネットが注目するのは、リリアの肌に走る紋様のような赤い線だ。
「魔力の紋様? ……ううん、違う。あれは、もしかして血管?」
アーネットの推測通り、その赤い線はリリアの血管が放つ光だった。
血管ではない。その内部を巡る血が光っている。
「もしや、血気……!?」
本で読んだことがある。大陸の東側に伝わる、魔力と対をなす生命エネルギーだ。
その扱いは魔力よりずっと難しく、使いこなす者は滅多にいないという。
「血気による肉体の強化倍率は、強化魔法を軽く凌駕するとのことですが……」
サンッ、サンッ、サンッ。
と、リリアが長刀を振るうごとに音は軽快に響き、スケルトンを斬り伏せていく。
スケルトンは、朽ちかけているとはいえ武器も防具も装備している。
だが彼女の剣閃は、スケルトンを防具ごと断ち切って、屠っているようだった。
「いや、あんな無茶な使い方、武器がもたな……」
言いかけたアーネットは、リリアの刀が淡い桜色に染まっていることに気づいた。
「あれって桜鉄刀じゃないですか~!?」
血気と同じく、遠く東の国に伝わる『血気に呼応する刀』が桜鉄刀だ。
使い手の血気に反応して刀身が強化されていく、リリア専用みたいな武器である。
アーネットが驚いている間にも、リリアは舞うように刃を閃かせる。
桜に染まった刀身は刃こぼれもせずスケルトンを斬って、なお刃に磨きをかける。
先に敵を駆逐しているリリアに、思いっきりマウントをとられてしまう。
内心に激ピキりしながら、アーネットは半笑いで彼女に返す。
「ちょっとトバしすぎじゃないですか、リリアさ~ん? もう十分カブトさんに有能アピールしたでしょ~? だから休んでてもいいんですよ~?」
「な……ッ!?」
それまで流麗だったリリアの斬撃の軌道がアーネットの指摘で大きく乱れた。
近くにいたスケルトンを二体断って、彼女はアーネットに叫ぶ。
「わ、私は別にそんなつもりじゃ……!」
「そんなつもりじゃなかったら、どんなつもりだって――」
風が、巡る。
「いうんですかァ――――ッ!」
轟々とうなり、暴々と吹き荒れ、アーネットを中心にして大広間に嵐を形作る。
「対多数なんてね、私の独壇場なんですよ!」
アーネットが操る風がスケルトンを次々に絡めとり、地面から浮き上がらせる。
縦横無尽に吹き荒れる風の中で、スケルトン同士が激突して砕け散った。
「うわ、力業すぎぃ……」
パラパラと降る骨片の雨に、リリアはドンビキした。
「一気にこんな大規模な魔法使って、魔力もつのか? 敵はまだまだいるぞ?」
「ご心配なく♪ 伊達で『ジズの娘』を名乗ってるワケじゃないんですよ!」
アーネットは、そこでさらにギアを上げて魔力の嵐を拡大する。
次々にスケルトンの衝突事故が起こり、大広間に鈍い不協和音が重なっていく。
「この力は、あの人が私にくれたものです」
カブトが作ってくれた『ジズのゆで卵』が、彼女に無尽の魔力を授けてくれた。
「だから、あの人が見てる前で下手な仕事はできないんですよォ~!」
「それは私も一緒だってのッ!」
吹きすさぶ暴風と赤い剣閃が、スケルトンを駆逐していく。
二人は競い合いながら、だがときとして即席とは思えない連携も見せた。
カブトの見る前で、千体のスケルトンがどんどん残骸に変わっていく。
やがて、十数分後――、
「ハァッ、ハァ、ハァ……ッ」
「ぜひぃ~、ぜひひぃ~~……」
スケルトンを全滅させたリリアとアーネットが、汗まみれで床に座り込んでいた。
周りには、粉砕されたスケルトンの破片が散乱している。
「ヘヘヘ、この程度……、どってこと……」
「リリアさん、強がっちゃダメ、ですよぉ~……? はひぃ……」
「は、はぁ~? 強がって、ない、しぃ……」
「私は、そ、そういうの、わかるん……、でぇ~……」
息も絶え絶えに、二人は何故か張り合っていた。
歩み寄ってきたカブトが、二人に体力回復用のポーションを投げ渡す。
「頑張ったな、二人とも。これを飲みな」
「ありがとうございますぅ~」
アーネットは素直に礼を言って、ポーションの蓋を開ける。
だがリリアは、どこか疑わしげな顔つきで渡された小瓶をマジマジ見つめる。
「エリクサーじゃねぇから、安心しな」
「じゃあ、もらう。ありがと」
苦笑を見せるカブトに、リリアはすまし顔でポーションを開ける。
アーネットは「何の話だろう?」と思ったが、今は体力の回復の方が優先された。
「悪いが、二人にはもうひと働きだけお願いしたい」
カブトが、大広間の果てにある扉に視線を固定し、二人へと告げる。
彼が見ている扉の向こうが、攻略対象となる未探索領域だ。
「あの扉の先に何があるか、カブトさんは知ってるんですか?」
疲れを癒したアーネットに問われ、カブトは低く答える。
「あそこには『骸の王』がいる」




