第13話 ソロ冒険者のショウダウン/起
世界最古の国アド・タルバルの一角に『エザンの辺獄』は存在する。
白く乾いた荒野の街に到着した彼女は、まずは冒険者ギルドの事務所に入った。
『地獄の入口ニヨウコソ、英雄候補ヨ』
出迎えたのは人間ではなく、人の頭ほどもある金属の球だった。
それは遠隔操作式のゴーレムドローンで、操っている人間が遠くにいるのだろう。
「監視所には初めて来たが、聞いてた話通り何もないんだな」
事務所の中はガランとしていて、机一つ見当たらない。
あるのは、古びた建物と、そこに浮いている金属の球だけだ。
ここは『エザンの辺獄』と呼ばれる荒野の中にある唯一の街エザン・ドゥロ。
魔法王国時代には地方都市として栄えていたとの記録が残っている。
だが今は、朽ちた廃墟が立ち並ぶゴーストタウンでしかない。
この事務所もほとんど使われることはなく、廃墟の一部も同然だった。
「誰が操ってるんだろう、これ」
彼女はつぶやき、金属球の表面に積もった砂塵を手で払う。
すると傷だらけの表面に、赤い髪を伸ばした彼女の顔が映り込んだ。
顔の右半分を大きな革製の眼帯で覆った、気の強そうな釣り目の女性だ。
防具は少なめの軽装で、動きやすさを重視してか手足や腹部は肌を露出している。
腰には、ゆるく湾曲した片刃の長剣を差していた。
『英雄候補ヨ、アナタノオ名前ハ?』
「リリア・クリムゾン」
女性は――リリアがそう名乗ると、金属球の表面に七色の光の波紋が何度か走る。
『声紋、魔力波長パターン、照合完了。上級冒険者リリア・クリムゾント認定』
「だからそうだってば」
甲高い声でしゃべる金属球に、リリアはつっけんどんに返す。
「ギルド本部からの特別指名依頼って聞いて、わざわざ来たんだけど?」
『ハイ、アナタ達ニハギルドヲ介シタ特別指名ガサレテイマス』
「……私、達?」
金属球の返答に引っかかりを覚えた、その直後だった。
バッガァ~~~~~~~~ンッッ!!!!
いきなりの轟音と共に、事務所内のホコリが派手に舞い上がる。
空から降ってきた何かが屋根を破ったことを理解し、リリアは後ろに跳躍した。
「……何者?」
「デデ~ン! 特別指名を受けて、アーネット・オブライエン、ここに参上ッ!」
ビシッとポーズを決めて名乗ったのは、紺碧の髪の女性だった。
髪は肩口の辺りで切りそろえられ、丸眼鏡をかけて溌溂と笑っている。
「アーネット・オブライエン? ……『ジズの娘』?」
「そういうあなたは赤い髪に眼帯。もしや『閃紅烈火』さん?」
アーネットが言った『閃紅烈火』はリリアの異名だ。
ただ、本人としては大げさすぎると思って、あまり好んではいない。
「その異名、もうちょっとどうにかならないかな」
「え~! カッコいいですよ『閃紅烈火』! 私的には95点です!」
「100点じゃないのか、そこは」
「世界唯一の100点は『ジズの娘』だけですよ!」
アーネットはリリアに向けて勢いよくサムズアップ&ウインク!
リリアは『勢いすごいな、こいつ』と思った。
「ああ、そういえば『ジズの娘』って最初はあんたの自称だったっけ?」
「そういう説もありますね。現在、最も有力な真相です!」
「諸説ないじゃん」
「はい、そうなんです! 驚きですよね!」
「何て屈託のない笑顔……」
アーネットが屋根に開けた大穴から吹き込む風が、ヒュルルと音を鳴らす。
風は枯れて死んでいる。生命の香りは、そこにはかけらもない。
「……随分と、虚ろな風ですね」
テンションアゲアゲだったアーネットが、一転して顔をしかめる。
「そりゃそうだよ。ここは『辺獄』なんだから」
リリアが窓から見るのは、凹凸のない荒野の向こうにある黒い山のような何か。
「あれが、私達の攻略対象なワケか」
「腕が鳴りますねぇ~! ビヨヨ~ンビヨヨ~ン、みたいな感じで!」
「もっとあるだろ、別の鳴り方」
リリアは軽く苦笑を見せて、窓の向こうを再び眺める。
「ま、やるだけやってみるよ。何せ――」
そこにあるのは漆黒の城。最も攻略難易度が高い七つのダンジョンの一つ。
リリアの口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「『黒き兜のマークラント』ですら踏破できなかった『地獄』に挑むんだから」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
世界には『黒き兜のマークラント』が完全攻略できなかったダンジョンがある。
その七つのダンジョンは、今現在もまだ攻略はなされていない。
冒険者ギルドは七つのダンジョンに最高難易度の証である『地獄』の名を与えた。
第四の地獄――『骸王城塞』。
それは、魔法王国時代に存在した魔王軍が建築した、黒き城塞である。
リリアとアーネットはこれより、白い荒野の果てにそびえる黒き城に挑む。
「さて……」
エザン・ドゥロを出て、二人の前に広がるのは青い空と白い荒野。
吹きゆく風に白い砂が流されて、サァァと乾いた音を立てる。
「『地獄』を見るのはさすがに初めてだな」
「元々は魔王軍の砦だったんですよね。まさに古代遺跡オブ古代遺跡!」
「真魔大戦で使われてたシロモノだからなぁ……」
リリアが語る真魔大戦は、三千年前に起きた魔王軍と魔法王国の戦争を指す。
この大戦で両者は共倒れとなり、今の人類の時代が訪れたとされている。
「ところで護符は?」
「もちろん持ってます!」
「OK、私も持ってるよ。今は大丈夫らしいけど、念のためね」
二人が取り出したのは、状態異常に対する耐性を得る銀製の護符だった。
「近づけば死ぬ『骸王城塞』。確かに『地獄』にふさわしいか」
「それも百年前までの話ですけどね」
かつて『骸王城塞』は生命力を吸奪するフィールドを展開していた。
このフィールドにより『骸王城塞』の難易度は『地獄』でも特に高いとされた。
今、二人が踏みしる白い砂は、命を吸われた生物のなれの果てなのだ。
しかし百年前、このフィールドは解除された。
「『黒き兜のマークラント』が挑んだ結果、でしたっけ?」
「そう。マークラントは攻略はできなかったけど、フィールドは解除したんだ」
つまり今の『骸王城塞』は、昔よりマシな『地獄』なのだ。
「それでもあの城は、未だに完全攻略されていない」
「だからこそ『地獄』なんですね……」
会話がそこで途切れ、二人は自分達に向けられた視線に気づく。
「アーネット!」
「風の結界を三重で張りました。上級魔法程度は防げます!」
二人は互いに背中を合わせ、死角をなくして周囲に視線を走らせる。
リリアは腰の剣に手を伸ばして、アーネットは魔力を展開して空気を支配する。
視線を感じてからの二人の動きは、ほぼ理想的といえた。
足りないものは何もない。――それでも、二人は出し抜かれていた。
「いいじゃん。即席ながらも、いいコンビネーションだ」
声は、すぐ近くからした。
死角は潰し、守りを固めて、油断はなく、気配もずっと探り続けていた。
にもかかわらず、彼はそこにいた。
いつ? どうやって?
リリアもアーネットもまるっきり理解できなかった。
二人のそばに立っていたのは、バイザーの左側が欠けた黒い兜をかぶった男。
腰に二本のダガーと革製の小物入れ、そして長剣を帯びている。
「カブトさん……」
「よぉ、リリアちゃん、アーネットちゃん。お久しぶり」
カブトは気軽に笑って、片手を挙げた。
「俺が依頼人だ。期待させてもらうぜ、お二人さん」
オッサンが、美女と一緒に地獄行き。ここから先に、何が待つのか……。




