第2話:私には向けられない優しさが、そこにあった
朝は、いつもと同じように始まった。
「おはよう」
「……ああ」
短い返事。
目は合わない。
それでも、澪は気にしないようにしていた。
(これが普通)
そう思うことで、心を保ってきた。
朝食を並べる。
「今日は早いね」
「ちょっと用事」
それ以上は聞かない。
聞いても、答えは返ってこないから。
静かな食卓。
食器の音だけが響く。
「どう?」
「普通」
それでもいいと思っていた。
(文句を言われないだけ、いい)
そうやって、少しずつ基準を下げてきた。
恒一が家を出たあと、テーブルの上にスマートフォンが残っていることに気づく。
(忘れてる)
珍しいことだった。
少し迷ってから、手に取る。
届けた方がいい。
そう思った。
会社の前。
姿を探す。
すぐに見つかった。
でも。
近づこうとした足が、止まる。
「無理しなくていいって言っただろ」
聞き慣れない、やさしい声。
「迷惑じゃない」
「……ほんとに、恒一しか頼れないの」
その言葉に、胸の奥が小さく揺れる。
(……あ)
理解する。
「こういうときくらい頼れよ」
柔らかい笑顔。
(違う)
家で見る顔と、まったく違う。
(私には、向けられない)
その事実だけが、はっきりと残った。
スマートフォンを握る手に、少しだけ力が入る。
(仕事の人、だよね)
そう思おうとする。
でも。
(なんで、あんな顔するの)
答えは出ない。
ただ、胸の奥に違和感だけが残った。




