第16話:その一歩で、世界が変わる
「朝倉さん、少しいいですか」
午後の静かな時間。
上司に呼ばれた。
「はい」
席を立つ。
特別な用件というより、少し改まった空気。
(何だろう)
考えながら、デスクの前に立つ。
上司は、軽く資料を整えながら言った。
「今進んでいる案件なんですが」
少し間を置く。
「クライアント先に同行してもらえますか」
(……え)
一瞬、思考が止まる。
クライアント。
つまり、社外。
しかも——
(私が?)
まだ入社して間もない。
普通なら、あり得ない。
「大丈夫ですか?」
確認される。
その言葉で、現実に引き戻される。
「……はい」
一拍置いて、答える。
迷いは、あった。
でも。
(やるって決めた)
その気持ちが、先に出た。
「助かります」
上司は軽く頷く。
「正直に言うと、あなたに任せたいと思ったので」
その一言が、まっすぐに刺さる。
(任せたい)
評価として、それ以上のものはなかった。
当日。
クライアント先のビルの前。
ガラス張りの高層ビル。
少しだけ、現実感が薄れる。
(ここに入るんだ)
そう思いながら、足を進める。
受付を通る。
会議室に案内される。
席に座る。
名刺交換。
形式的なやり取り。
でも、その中にある“空気”が違う。
(シビアだな)
自然と分かる。
甘さがない。
結果だけを見る場所。
(いい)
むしろ、そういう環境の方がやりやすい。
会議が始まる。
資料が配られる。
説明が進む。
クライアント側の表情は、あまり動かない。
(納得してない)
すぐに分かる。
理由も見える。
情報が散らばっている。
結論が弱い。
焦点がぼやけている。
(ここだ)
頭の中で、組み替える。
流れを整理する。
何を削るか。
何を残すか。
そして。
どこで伝えるか。
自然と構造が出来上がる。
会議が一度止まる。
小さな沈黙。
その瞬間。
「少し補足してもいいですか」
気づけば、口に出していた。
上司が一瞬だけこちらを見る。
でも、止めない。
クライアントの視線が向く。
(やる)
腹が決まる。
「今回のポイントは三つだと思っています」
言葉にする。
整理された形で。
無駄を削って。
核心だけを残して。
話す。
一つ。
二つ。
三つ。
短く、明確に。
余計な装飾はない。
ただ、伝える。
話し終える。
一瞬の沈黙。
空気が、変わる。
クライアントの一人が、ゆっくりと頷く。
「……分かりやすいですね」
その一言で、すべてが決まった。
続いて、別の人が口を開く。
「それで進めましょう」
決定。
あっさりと。
でも、確実に。
会議が再開する。
さっきまでの停滞が嘘みたいに、流れがスムーズになる。
(通った)
その実感が、遅れてくる。
会議が終わる。
席を立つ。
軽く挨拶を交わす。
部屋を出る。
廊下を歩く。
しばらく、無言。
そして。
「……すごいな」
上司が小さく言った。
足が止まる。
「正直、あそこまでできるとは思ってなかった」
振り返る。
まっすぐに見られる。
「助かりました」
その言葉に、重みがあった。
(……評価された)
また一つ、はっきりと実感する。
「ありがとうございます」
自然に答える。
今度は、迷いなく。
会社に戻る。
デスクに座る。
少しだけ、息を吐く。
(外でも通用した)
その事実が、静かに広がる。
社内だけじゃない。
もっと広い場所でも。
(できる)
そう思えた。
それは、自信だった。
でも、過信ではない。
ただの“事実”。
(だったら)
視線が、自然と先を見る。
(もっといける)
その感覚が、確かにあった。




