第14話:これ、普通じゃなかったんだ
仕事を始めて、二週間が過ぎた。
最初の緊張は、もうほとんどない。
環境にも慣れた。
人間関係も、程よい距離で落ち着いている。
そして何より——
(仕事が、楽)
その感覚があった。
最初は、気のせいかと思っていた。
慣れてきたから、スムーズにできるだけ。
そう思っていた。
でも。
(違う)
日が経つほど、それがはっきりしてくる。
処理の速さ。
判断の正確さ。
段取りの組み方。
どれも、自然にできてしまう。
「朝倉さん、これお願いできますか?」
声をかけられる。
少し複雑な業務。
「はい」
受け取る。
内容を確認する。
(ああ、これ)
すぐに構造が見える。
どこから手をつけるか。
何を優先するか。
どこがボトルネックか。
全部、最初の数秒で分かる。
(こうすればいい)
あとは、手を動かすだけ。
無駄なく。
迷いなく。
仕上げる。
「できました」
提出する。
「え、もうですか?」
また同じ反応。
もう何度目か分からない。
「はい」
当たり前のように答える。
でも。
(これ、当たり前じゃないのか)
少しずつ、その違和感が強くなる。
昼休み。
同僚たちの会話が、耳に入る。
「これ、全然終わらなくてさ……」
「分かる、時間足りないよね」
「朝倉さんって、なんであんな早いんだろ」
小さな声。
でも、はっきり聞こえた。
(……やっぱり)
その言葉で、確信に近づく。
自分だけが、違う。
その日の午後。
少しトラブルが起きる。
データの不整合。
原因が分からず、周囲が止まる。
「これ、どうしよう……」
誰かが呟く。
空気が、少しだけ重くなる。
(ああ)
澪は、画面を見る。
一瞬で、原因に気づく。
(ここだ)
入力の順番。
参照のズレ。
単純なミス。
でも、気づきにくいポイント。
「ここ、直せば大丈夫です」
そう言って、修正する。
数秒。
データが正常に戻る。
「……え?」
「直った?」
周囲がざわつく。
「今の、どこが原因だったんですか?」
質問される。
「ここです」
説明する。
理屈は、単純。
でも。
「……そこ、気づきませんでした」
驚いたように言われる。
その瞬間。
はっきりと理解した。
(ああ)
(これ、普通じゃないんだ)
ようやく、腑に落ちる。
今まで“当たり前”だと思っていたこと。
それが、違っていた。
(私、見えてるんだ)
構造が。
流れが。
無駄が。
最短ルートが。
自然に。
無意識に。
(だから、早い)
(だから、正確)
全部、繋がる。
少しだけ、息を吐く。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
(私……)
ずっと。
“何もない”と思っていた。
特別なものはないと。
誰かに選ばれないと価値がないと。
でも。
(違った)
最初から、持っていた。
ただ、それを使う場所がなかっただけ。
気づく機会がなかっただけ。
(もったいなかったな)
ふと、そう思う。
今までの時間。
でも。
(まあ、いいか)
過去は変えられない。
でも。
(これからは使える)
その方が、大事だった。
デスクに戻る。
椅子に座る。
キーボードに手を置く。
(やるか)
今度は、少し違う。
ただ作業をこなすだけじゃない。
(どうすれば、もっと良くなるか)
自然にそう考えていた。
視点が変わる。
意識が変わる。
そして——
行動が変わる。
それが、はっきり分かった。
(これ、面白いかも)
小さく、そう思った。
その感覚は、初めてだった。




