第二十三話 過去の知恵
軍務長舎から戻ったラウルは。
ローウェン小隊の十二人を宿舎に集めていた。
全員が揃ったことを確認すると、ラウルは口を開く。
「みんなに集まってもらったのは、次の任務について説明するためだ」
その言葉に。
隊員たちの視線がラウルへ集まる。
「今回、俺たちローウェン小隊に正式な任務が与えられた」
ローウェン小隊が編成されてから。
これまで行ってきたのは、訓練が中心だった。
だが。
今回は違う。
ローウェン小隊として受ける。
初めての正式な任務。
「任務は、ザイースまでの物資輸送と、その護衛だ」
「ローウェン小隊、初任務っすね」
コルティオが嬉しそうに口にする。
その言葉を聞いて。
隊員たちの表情も少し変わった。
自分たちの小隊として。
初めて任務に出る。
どこか浮き立つような空気が、十二人の間に生まれていた。
ラウルはその様子を見てから、話を続ける。
「出発は二日後を予定している」
そして。
もう一つ。
今回の任務で、全員に伝えておかなければならないことがあった。
「オリオルからザイース方面については、先の戦争に参加していた傭兵の一部が山賊化しているらしい」
先ほどまでの空気が少し変わる。
「だから、道中には危険な地域もある。そこは全員、頭に入れておいてほしい」
隊員たちがそれぞれ頷く。
そこで。
テオが口を開いた。
「隊長、出発までの二日間は、何か理由があるんですか?」
「ああ」
ラウルは答える。
「物資の受け取り。それから輸送方法の確認と、必要な準備がある。そのための二日間だ」
「なるほど……」
テオは少し考える。
そして。
「準備が早く終われば、出発を早めることも可能ですか?」
「可能だ」
ラウルが答える。
「了解です」
テオはそれだけ言うと、黙った。
続いて。
ノエルが少し不安そうに手を挙げる。
「あの……隊長」
「どうした?」
「山賊化した傭兵って、どれくらいいるんですか?」
「正確な数までは分かっていない」
ラウルはノエルを見る。
「ただ、危険があること自体は確かだ」
「……分かりました」
ノエルが頷く。
「他に質問は?」
ラウルが全員を見る。
だが。
それ以上、質問は出なかった。
「行軍方法や他の準備については、これから確認する。決まり次第、全員に共有する」
そう伝え。
今回の任務についての説明を終えた。
◇ ◇ ◇
夕方。
ラウルの部屋には。
ラウル、コルティオ、ベルンの三人が集まっていた。
机の上には、一枚の地図が広げられている。
「まず、王都からオスカーナへ向かう」
ラウルが地図を指す。
「その後、オリオルを経由してザイースへ」
今回考えなければならないのは。
道順だけではない。
それぞれの区間に何日かけるのか。
どこで休むのか。
どれくらい休息を取るのか。
そして。
物資をどう守りながら進むのか。
「前にルミエル小隊で同じ方面に行った時は、こっちを通ったっす」
コルティオが地図の上を指差す。
「オスカーナまでは特に問題なかったっすね。そこから先は、少し時間がかかったっすけど」
以前。
ルミエル小隊で同じ方面へ向かったことがある。
コルティオはその時のことを思い出しながら、どの道を通り、どのように行軍したのかを説明していく。
ベルンも地図を見る。
「この辺りは道が狭いですね」
一つの場所を指す。
「荷馬車を護衛するなら、少し注意した方がいいでしょう」
「なるほど」
ラウルは二人の話を聞きながら。
地図へ視線を戻す。
自分が知らないことは。
二人から聞けばいい。
三人でそれぞれの知識と経験を出しながら。
少しずつ行軍の形を決めていく。
その時だった。
コンコン。
扉が鳴る。
「入れ」
「失礼します」
扉を開けて入ってきたのは。
テオだった。
「どうした?」
「今回の物資輸送について、ご相談があるんですが」
「相談とは?」
テオは三人を見る。
「輸送に必要なものの準備と、行軍中に使う立ち寄り場所や休憩場所の手配なんですが」
一度、言葉を切る。
「私の方で準備できそうです」
「そんなことが可能なのか?」
ベルンが尋ねる。
そこでラウルは。
テオが以前話していたことを思い出した。
「確か、テオは元々運送業者だったな」
「はい、そうです」
テオが頷く。
「昔のツテを頼りました」
そして。
すでに確認してきた内容を三人へ説明する。
「明日の昼頃までには、普通の馬車を二台。荷馬車を三台。合わせて五台を準備できます」
「五台?」
「はい。それまでに物資の積み込みも終わらせられると思います」
「明日中っすか?」
コルティオが驚いたように聞く。
「はい」
本来。
出発は二日後の予定だった。
だが。
テオの話が本当なら。
一日早く出発できる。
ラウルはベルンを見る。
「ベルン、小隊側の準備は?」
「武具の手入れは先ほど終わっています」
ベルンは少し考えてから答える。
「携行品の確認は必要ですが、明日の昼なら問題ありません」
「分かった」
小隊側も。
ほとんど出発できる状態にある。
ラウルは再びテオを見る。
「明日出発するとしたら、行軍はどうなる?」
「はい」
テオは三人が見ていた地図へ近づいた。
そして。
王都ラピタルを指す。
「明日の昼までに馬車の準備と積み込みを終わらせます。そこから出発すれば、その日の夕方頃にはオスカーナ方面まで進めます」
テオの指が動く。
「オスカーナからオリオルまでは、三日程度です」
「三日っすか」
「はい。ただ、ずっと進み続けるわけではありません」
テオは途中の地点を指す。
「使える休憩場所を確保できます。夜はそこで休みながら進みます」
「野宿じゃないんすね」
「その方が、しっかり休めますから」
さらに。
テオの指が進む。
「ここまでは、普通の馬車二台と荷馬車三台。五台で進みます」
そして。
一つの地点で止まった。
「この休憩地点で、普通の馬車二台を残します」
ラウルがテオを見る。
「そこから先は?」
「荷馬車三台を中心に進みます」
オリオルから先。
ザイースへ近づくにつれて。
山賊化した傭兵が現れる危険も高くなる。
「そこからは、俺たちも護衛を優先するということだな」
「はい」
テオが頷く。
「前半は馬車に乗ってもらって、できるだけ体力を使わないようにする。その分、危険な場所に入ってから警戒してもらう方がいいと思います」
「なるほど」
ラウルは地図を見る。
「オリオルからザイースまでは?」
「二日程度を考えています」
コルティオも地図を見ながら。
テオが説明した行程を確認する。
「俺たちが考えてた予定より一日早いっすね」
そして。
少し笑う。
「しかも途中でちゃんと休める」
ベルンも頷いた。
「前半は馬車で体力を温存できます。これなら問題ないかと」
二人の意見を聞き。
ラウルは決める。
「分かった」
テオを見る。
「今回の行軍計画に関しては、テオに一任する」
「はい、任せてください」
「コルティオ」
「はいっす」
「テオの補助に入ってくれ」
「了解っす」
これで。
出発までの準備と行軍計画が決まった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
ローウェン小隊の宿舎では。
隊員たちが出発の準備を進めていた。
昨夜のうちにベルンから。
当初の予定を変更し。
今日の昼頃に出発することが伝えられている。
それぞれが自分の装備を確認し。
携行品に不足がないかを確かめる。
その一方で。
物資の積み込みも進められていた。
「それはこっちにお願いします」
テオが作業員たちの間を動き回る。
「そっちは後で積んでください」
「分かった」
「あと、その荷馬車の状態も確認してもらえますか?」
「ああ」
作業員たちが次々に動いていく。
ラウルはその様子を少し離れた場所から見ていた。
いつものテオとは。
少し違う。
普段はローウェン小隊の一人として動いている。
だが。
今は迷いなく作業員たちへ指示を出している。
どの荷物を。
どこへ積むのか。
どの順番で積むのか。
荷馬車に問題はないか。
一つずつ確認しながら。
作業を進めていた。
そして。
昼頃。
「隊長」
テオがラウルのところへやって来る。
「荷物の積み込み、完了しました。いつでも出発できます」
「了解した」
ラウルはコルティオを見る。
「コルティオ、最終確認は済んでいるか?」
「ばっちりっす。問題ありません」
「分かった」
準備は整った。
ラウルは隊員たちを見る。
「出発する」
十二人を。
六人ずつに分ける。
それぞれ。
二台の馬車へ乗り込む。
その後ろには。
物資を積んだ三台の荷馬車。
合計五台。
ローウェン小隊は。
王都ラピタルを出発した。
初めての正式な小隊任務が。
始まった。
◇ ◇ ◇
王都を出てから。
しばらくは何事もなく進んでいた。
まだ王都に近い。
治安も良く。
大きな問題が起きるような場所ではない。
馬車の中にも。
少し和やかな空気が流れていた。
「ハーシェル、すげぇな」
ザックが口を開く。
「一晩でこんなに準備しちゃったのかよ」
「昔の知り合いに頼んだだけですよ」
テオが答える。
「それでもすげぇだろ」
ザックはそう言って。
馬車の中を見回した。
「それにしても、俺、馬車移動なんて初めてだぜ」
「確かに、なかなかないわね」
エレナが答える。
「この辺りは治安もいいですからね」
テオも会話に加わる。
これから向かう先には。
危険な地域もある。
だが。
今はまだ。
その気配はない。
馬車はゆっくりと。
王都から離れていった。
もう一台の馬車では。
グレゴールが腕を組み。
目を閉じて座っていた。
その隣には。
ノエル。
ノエルは隣をちらりと見る。
グレゴールは。
何も言わない。
ただ。
目を閉じているだけ。
――なんでバーデン少尉の隣なんだよ……。
ノエルは身体を少し固くする。
まだ。
グレゴールには少し怖さがあった。
向かいに座るベルンは。
そんな二人の様子を静かに見ていた。
◇ ◇ ◇
行軍は。
その後も問題なく進んだ。
オスカーナを過ぎ。
出発から三日目の夕方。
一行は。
予定していた休憩地点へ到着した。
馬車が止まり。
隊員たちが次々と降りていく。
ラウルも馬車から降りると。
周囲を確認する。
「今夜はここで一泊する」
隊員たちを見る。
「各自、しっかり休んでくれ」
そして。
テオへ視線を向ける。
「テオ、案内を頼む」
「はい」
テオの案内で。
隊員たちは今夜休む場所へ向かう。
それぞれ荷物を置き。
身体を休める準備を始めた。
だが。
テオは違った。
全員の案内を終えると。
再び作業員たちのところへ向かう。
ここから先は。
これまでと同じ形では進まない。
この休憩地点で。
普通の馬車二台を残す。
そして。
ここからは荷馬車三台を中心に。
先へ進む。
そのための確認と。
次の行程へ向けた準備が必要だった。
「俺も行くっす」
コルティオも。
テオの後を追っていく。
ラウルは二人を見送った。
◇ ◇ ◇
その夜。
休む前。
ラウルは外へ出ていた。
辺りはすでに暗い。
だが。
少し離れた場所から。
まだ話し声が聞こえていた。
ラウルがそちらを見る。
そこには。
テオと作業員たちがいた。
何人かで集まり。
話をしている。
「お前、昔から変わらんな」
一人の作業員が笑う。
「そうですか?」
「ああ。親父さんにもよく言われてただろ」
「……ああ、言われてましたね」
テオも笑った。
そこにいたのは。
小隊にいる時とは。
少し違うテオだった。
話しているのは。
明日の仕事のことだけではない。
昔。
一緒に運送の仕事をしていた頃のこと。
以前。
共に荷物を運んだ時のこと。
そして。
テオの父親のこと。
ラウルは。
少し離れた場所から。
その様子を見ていた。
今回。
テオは僅かな時間で馬車を用意した。
物資を積み。
休憩する場所まで確保した。
それができたのは。
運送の仕事を知っていたから。
それだけではない。
これまで。
テオが運送業者として生きてきた中で。
積み重ねてきたものがある。
経験。
そして。
人との繋がり。
それが。
今回の任務を支えていた。
ラウルは。
楽しそうに作業員たちと話すテオを見る。
自分は。
まだ。
小隊のみんなのことを。
全部知っているわけではない。
テオが持っていたものも。
今回の任務がなければ。
気付かなかったかもしれない。
ラウルは何も言わず。
しばらくその光景を見ていた。
そして。
静かにその場を後にした。




