第二十二話 次なる一歩
中隊訓練の翌日。
ローウェン小隊の宿舎には、十二人全員が集まっていた。
ラウルは全員の顔を見渡すと、口を開いた。
「昨日はお疲れ様」
それぞれが軽く頭を下げる。
昨日行われた、ラクシス中隊との模擬戦闘訓練。
結果だけを見れば、ルミエル中隊の敗北だった。
だが、ローウェン小隊としては、これまでの訓練で積み重ねてきたものを初めて中隊規模の戦いで試すことができた。
だからこそ。
今日は、その結果を振り返るために全員を集めた。
「昨日、実際に中隊で戦ってみてどうだった?」
ラウルが問いかける。
最初に答えたのはベルンだった。
「中隊としては負けてしまいましたが、小隊としての動きはかなり良かったと思っています」
「僕もそう思います」
アレンがすぐに頷いた。
「訓練してきたことは、ちゃんとできていたと思います」
「俺もだな」
ザックが続く。
「作戦通り、前衛も維持できてたし、側面からの攻撃もうまくいったと思う」
「そうね」
エレナも頷いた。
「少なくとも、あの側面攻撃はうまく連携できてたわ」
それぞれが昨日の戦いを振り返る。
ラウルはその言葉を聞きながら、一人へ視線を向けた。
「グレゴールは?」
「……あ?」
突然話を振られ、グレゴールが眉を寄せる。
「昨日、実際に戦ってみてどうだった?」
グレゴールは少しの間、黙っていた。
やがて腕を組み、面倒そうに息を吐く。
「小隊としての動きは、良かったんじゃねえか」
その言葉に、何人かがグレゴールを見る。
これまでラウルのやり方に反発してきた男から出た言葉だった。
だが、グレゴールはすぐに付け加えた。
「勘違いすんなよ。お前のやり方に納得してるわけじゃねえからな」
「分かってる」
ラウルはそれ以上追及しなかった。
完全に認めてもらえたわけではない。
それでも。
昨日の小隊の動きそのものは認めている。
今は、それでいい。
ラウルは再び全員を見る。
「俺も、今回の訓練を受けて良かったと思ってる」
そして、昨日の戦いを思い返す。
「ロッコ、アレン、グレゴール」
三人がラウルを見る。
「三人は前衛でよく持ちこたえてくれた」
続いて、ベルンを見る。
「ベルンは三人を支えながら、後ろを崩さずに動かしてくれた」
ベルンが静かに頷く。
「だから、エレナ、ザック、ニコが外側へ回る時間を作れた」
今度は三人を見る。
「三人も、うまく連携して敵の横を崩してくれた」
誰か一人が敵を倒したから勝てたわけではない。
前で敵を受け止める者がいた。
その動きを支える者がいた。
その間に側面へ回る者がいた。
そして、側面へ回った三人も互いに支え合った。
一つの動きが。
次の動きへ繋がった。
「誰か一人が強かったから、うまくいったわけじゃない」
ラウルは全員を見渡した。
「それぞれが自分の役割を果たしたから、敵を崩せた。俺はそう思ってる」
小隊を作ったばかりの頃とは違う。
まだ完成したとは思っていない。
それでも。
十二人は少しずつ、一つの小隊として動けるようになっていた。
「今日はそれを確認したかった。ありがとう。午後は休息に当ててくれ」
ラウルがそう言うと、隊員たちはそれぞれ立ち上がる。
「じゃあ、今日はここまで」
そして、付け加えた。
「ベルンとコルティオだけ残ってくれ」
「分かりました」
「了解っす」
他の隊員たちが宿舎を出ていく。
最後の一人が扉を閉めると、部屋には三人だけが残った。
◇ ◇ ◇
「小隊としては、昨日の戦い方でいいと思う」
ラウルが口を開いた。
ベルンとコルティオが黙って聞く。
「でも、俺たち三人はそれだけじゃ駄目だ」
「……というと?」
ベルンが尋ねる。
ラウルは昨日の戦場を思い返した。
自分たちの正面。
敵右軍。
前衛を維持し、側面へ回り込み、敵を崩した。
そこまでは良かった。
だが。
「俺たちは、自分たちの目の前の敵を崩すことに集中しすぎた」
コルティオの表情が少し変わる。
「中央っすか」
「ああ」
ロゼリア小隊が押され始めていた。
異変に気付いたのはコルティオだった。
だが。
気付いた時には、すでに中央は崩れ始めていた。
救援へ向かったものの。
間に合わなかった。
「中央が崩れてから動いた」
ラウルは静かに続ける。
「次は、崩れる前に気付きたい」
ベルンが腕を組む。
「自分たちの小隊だけを見るな、ということですね」
「ああ」
小隊長として、自分の小隊を見る。
副官として、その小隊を支える。
それは当然必要なことだった。
だが、中隊の中で戦う以上。
それだけでは足りない。
「周りの小隊がどう動いているのか。敵がどこへ戦力を動かしているのか。中隊全体がどうなっているのか」
ラウルは二人を見る。
「もっと広く見ないといけない」
コルティオが頭を掻いた。
「難しいっすね。自分たちも戦いながら、それを見るってことっすよね」
「難しいと思う」
ラウルは素直に答える。
「でも、やらないといけない」
ベルンが小さく頷いた。
「昨日は小隊として敵を崩せた。それで終わりではない、ということですね」
「ああ」
勝てた部分だけを見るなら。
昨日のローウェン小隊は、うまくいった。
だが。
それだけでは駄目だ。
「これが次の訓練までの、俺たち三人の課題だ」
ラウル。
コルティオ。
ベルン。
小隊を動かす三人が。
自分たちの目の前だけではなく。
その外を見る。
「了解っす」
「分かりました」
二人が頷いた。
その時だった。
コンコン。
扉が鳴る。
「入れ」
扉が開いた。
入ってきたのはハンスだった。
「隊長」
「どうした?」
「軍務長から連絡です」
ラウルが僅かに眉を上げる。
「軍務長から?」
「はい。明日、軍務長へ来るようにとのことです」
「分かった。ありがとう」
「はい」
ハンスは一礼すると、部屋を出ていった。
残された三人。
コルティオがラウルを見る。
「軍務長っすか」
「ああ」
何の用件なのか。
まだ分からない。
だが。
ラウルは閉じた扉をしばらく見つめていた。
◇ ◇ ◇
翌日。
ラウルは呼び出しに従い、軍務長舎を訪れていた。
窓口で名前と用件を伝える。
確認を終えた職員に案内され、ラウルは建物の中を進んでいった。
やがて案内されたのは、総務部の一室だった。
「失礼します」
扉を開ける。
そこにいた人物を見て。
ラウルは僅かに目を見開いた。
「久しぶりだな」
「……オルテット中佐」
ジル・オルテット中佐。
かつて監査官として、ガナナ小隊の一件に関わった人物だった。
だが。
「中佐は、監査官では?」
ラウルが尋ねると、ジルは淡々と答えた。
「先の戦争が終わってから、軍務長内部でも人員の整理があってな」
机の上の書類へ手を伸ばす。
「今は総務部の担当官だ」
「そうだったんですね」
「まあ、その話はいい」
ジルは一枚の書類を手に取った。
「今日呼んだのは、ローウェン小隊の任務についてだ」
ラウルの表情が変わる。
「任務……」
「ああ」
ジルは書類へ目を落とした。
「ザイースに駐留しているジルライト軍への物資輸送だ」
ラウルは黙って話を聞く。
小隊長となってから。
初めて受ける新たな任務。
ジルは必要な内容を順に説明していった。
ラウルも一つずつ確認しながら聞き、最後に頷いた。
「分かりました」
「問題ないか?」
「はい」
ラウルはジルを見る。
「ローウェン小隊、任務を受領します」
「分かった」
ジルは書類を置いた。
これで話は終わり。
そう思い、ラウルが席を立とうとした時だった。
「それと」
ジルが声をかける。
「はい?」
「小隊長の件、おめでとう」
ラウルは一瞬だけ目を瞬かせた。
「……ありがとうございます」
ジルの表情は変わらない。
声も、いつもの淡々としたものだった。
「小隊長になったばかりで大変だろうが……」
一度、言葉を切る。
そして。
「君なら、うまくやるだろう」
大げさな言葉ではない。
褒め称えるような口調でもない。
それでも。
以前から自分を見てきた人物の言葉だった。
ラウルはその言葉を受け止める。
「はい」
静かに。
だが、はっきりと答えた。
「ありがとうございます」
訓練で見つかった。
新しい課題。
そして。
新しく与えられた任務。
一つを終えれば。
また次が始まる。
ラウルは軍務長舎を後にする。
ローウェン小隊は。
また一つ。
次なる一歩を踏み出そうとしていた。




