第二十話 気づいた時には
前衛では、激しい戦闘が続いていた。
ロッコ、ベルン、アレン、グレゴール。
四人が敵右軍を正面から受け止めている。
その後方では、エレナ、ザック、ニコの三人が、少しずつ左へと動き始めていた。
狙うのは、敵右軍の左側面。
正面で戦う前衛に敵の意識を集中させ、その間に三人を側面へ回り込ませる。
だが、敵に気付かれれば意味がない。
ラウルは三人の動きを確認すると、すぐに前方へ視線を向けた。
そして、大きく息を吸う。
「ロッコ!」
戦場に、ラウルの声が響いた。
「……!」
名前を呼ばれたロッコが反応する。
次の瞬間。
「うおおおおおっ!」
一際大きな怒号が響き渡った。
周囲の敵兵たちが、思わずロッコへ視線を向ける。
大きな身体。
正面から攻撃を受け止め、それでも下がらない男。
ただでさえ目立つロッコが怒号を上げたことで、敵の意識がさらにそこへ集まった。
「ぬぅっ!」
ロッコが剣を振るう。
目の前で打ち合っていた二人の敵兵を、その剣ごと力任せに押し返した。
「ぐっ!」
「うわっ!」
二人の身体が弾かれ、後方へ倒れ込む。
「なっ……!」
周囲の敵兵にも動揺が走った。
ほんの僅かな時間。
敵の視線が、ロッコへ集中する。
その隙に。
エレナ。
ザック。
ニコ。
三人は敵の視界から外れ、その左側面へと回り込んでいった。
◇ ◇ ◇
「うぐっ……!」
ロッコに吹き飛ばされた兵士の呻き声が聞こえる。
すでに敵の側面まで回り込んでいたエレナは、その声を聞きながら前方を確認した。
敵兵たちの視線は、まだ正面に向いている。
こちらには気付いていない。
頃合いだった。
エレナがザックとニコを見る。
「行くよ!」
「おう!」
「はい!」
三人が一気に走り出した。
最初に飛び込んだのはエレナだった。
「はっ!」
敵兵が振り返る。
だが、遅い。
「な――」
剣を構えるより先に、エレナの一撃が入った。
「ぐっ!」
一人が倒れる。
「敵だ!」
別の兵士が叫ぶ。
その横から、ザックが飛び出した。
「おらぁ!」
勢いのまま剣を振り抜く。
「っ!」
二人目。
敵兵が倒れる。
「こいつ!」
ザックの存在に気付いた別の敵兵が、横から斬りかかろうとする。
だが、その剣が届く前に。
ガンッ!
別の剣が、その攻撃を受け止めた。
「……!」
ニコだった。
「させません!」
敵兵の剣を受け止め、そのまま押し返す。
「助かった!」
「前見てください!」
「分かってる!」
ザックが再び前へ出る。
エレナが切り込む。
ザックが続く。
そして、その二人の隙をニコが埋める。
一人が前へ出れば、もう一人がその横を支える。
誰かに攻撃が向けば、別の誰かが止める。
三人は互いの動きを補いながら、敵の側面へ食い込んでいった。
「なんだ!?」
「側面だ!」
「いつの間に!」
敵兵たちの声が重なる。
突然現れた三人。
その対応に追われ、敵の戦線が乱れ始める。
「どこから現れた!?」
敵小隊長が声を上げた。
正面には、ロッコ、ベルン、アレン、グレゴール。
側面には、エレナ、ザック、ニコ。
すでに三人が、自分たちの戦列へ食い込んでいる。
正面を支えれば、側面から崩される。
側面へ兵を向ければ、今度は正面が薄くなる。
「くそっ……!」
敵小隊長が周囲を見る。
すでに何人もの兵士が倒れ、戦列も乱れ始めている。
これ以上、この場を維持するのは難しい。
「後退!」
声が響く。
「後退! 一度下がれ!」
敵兵たちが後ろへ下がり始めた。
◇ ◇ ◇
「……崩れた」
中央から戦況を見ていたラウルが呟いた。
敵右軍が下がり始めている。
エレナたちの側面攻撃が決まり、正面を支え切れなくなった。
だが、まだ完全に崩れたわけではない。
敵小隊長は兵を下げながら、どうにか隊列を立て直そうとしている。
ここで止まれば、再び戦線を作られる。
なら。
今は押すべきだ。
ラウルは後方へ視線を向けた。
「テオ! ノエル!」
「はい!」
「前へ! 前衛を押し上げるぞ!」
「了解!」
「はい!」
二人が走り出す。
敵が崩れ始めた今。
ここでさらに圧力をかける。
「押せ!」
ラウルの声が響いた。
前衛が一気に前へ出る。
「おおっ!」
ロッコが進む。
アレンが続く。
グレゴールも敵へ食らいつく。
ベルンは周囲を確認しながら、前衛をさらに押し上げていく。
そこへテオとノエルが加わった。
正面からの圧力が、さらに増す。
「下がれ!」
「隊列を崩すな!」
敵小隊長が声を上げる。
だが、立て直す時間を与えない。
正面から押され。
側面を崩され。
さらに戦力を加えられた。
敵兵たちの間隔が乱れる。
一人が下がれば、その隣も下がる。
やがて、敵右軍は完全に隊列を崩し、後退していった。
ラウルはその様子を見ながら、戦場全体へ目を向けた。
◇ ◇ ◇
ルミエル本陣。
リシアは戦場を見渡していた。
右。
ブロッカ小隊とオベール小隊が、敵左軍へ圧力をかけ続けている。
そして左。
「……ローウェン小隊」
敵右軍が下がっている。
正面から押さえ。
側面を突き。
敵小隊を崩した。
リシアの視線が中央へ移る。
右でも。
左でも。
こちらが押し始めている。
ならば。
今度は、その優勢を繋げる。
「ロゼリア小隊に伝令!」
「はい!」
伝令が振り返る。
「前進!」
中央。
これまで待機していたロゼリア小隊。
そこを動かす。
「敵中央へ圧力をかけさせて!」
「了解!」
伝令が走る。
だが、リシアの指示はそれだけでは終わらない。
「ルビック小隊にも伝令!」
もう一人の兵士が前へ出る。
「ローウェン小隊の後方へ向かわせて!」
「はい!」
「前進を支援させる!」
二人目の伝令も駆け出した。
リシアは再び戦場を見る。
最初に崩したのは敵左軍。
そして今。
敵右軍も崩れ始めた。
ローウェン小隊が作った優勢。
それを、小隊だけのものにしておくつもりはない。
中央では、ロゼリア小隊が前進を始める。
その一方で、ルビック小隊もローウェン小隊の後方へ向かって動き出した。
一つの小隊が作った優勢が、次の小隊を動かす。
そして。
その動きが、さらに次の戦線へと広がっていく。
気付いた時には。
戦場全体が。
動き始めていた。




