第十六話 期待値
集団戦闘訓練を終えた夜。
ラウルは自室にいた。
机の上には。
小隊員たちについて書き留めた紙。
今日の訓練で見えたものは多い。
ロッコ。
ニコ。
そして。
ザック。
考えていると。
扉が叩かれた。
「ラウル」
聞き慣れた声。
「入っていいっすか?」
「ああ」
扉が開く。
入ってきたのは。
コルティオだった。
「調べてきたっすよ」
その言葉にラウルが顔を上げる。
何についてなのか。
聞く必要はなかった。
「それで」
ラウルが聞く。
「何かわかったか?」
「はい」
コルティオが。
ラウルの向かいへ座る。
「ザックが所属していた前の小隊の隊員に、話を聞いてきたっす」
「そうか」
「まず」
コルティオの表情が。
少しだけ真面目になる。
「上官を殴ったって話」
ザックの問題行動。
「本当だったっす」
「……」
やはり。
そこは間違っていなかった。
「ただ」
コルティオが続ける。
「理由があったっす」
「理由?」
ラウルが。
僅かに身を乗り出す。
「その上官が」
コルティオが言う。
「同じ小隊の女性隊員に、性的な嫌がらせをしていたらしいっす」
「……」
ラウルの表情が。
変わる。
「それに気付いたザックが」
コルティオは。
自分の拳を握ってみせる。
「上官を殴ったみたいっす」
「そういうことか……」
ラウルが小さく呟く。
だが。
それだけではなかった。
「もう一つあるっす」
「?」
「その前にいた小隊でも」
コルティオが続ける。
「上官と意見が合わなくて、対立してるっす」
「理由は?」
「任務中」
コルティオの声が。
少し低くなる。
「仲間を見捨てようとした命令に、背いたらしいっす」
「……」
ラウルは何も言わず少し考えた。
上官を殴った。
命令に背いた。
それだけを見れば。
確かに。
規律を乱す兵士。
問題児。
そう評価されても。
おかしくない。
だが。
その理由を。
一つずつ見れば。
「やはり」
ラウルがゆっくりと言う。
「筋のある人なんだな」
「そうっすね」
コルティオも。
頷く。
「やったこと自体は、良くないことっすけど」
上官を殴る。
命令に背く。
軍人として。
許されることではない。
「でも」
コルティオは続ける。
「理由は、納得できるっすね」
「ああ」
ラウルも同意する。
「それに」
少し。
椅子へ身体を預ける。
「連続して、こういうことが続けば」
問題のある上官。
納得できない命令。
それを。
何度も経験すれば。
「上官そのものに反発したくなる気持ちも、分からなくはない」
「……」
コルティオは小さく頷いた。
ラウルの中でザック・ヘルマンという男の。
輪郭が少しずつ見え始めていた。
◇ ◇ ◇
翌日。
休息日。
ラウルはロッコに呼ばれていた。
「どうした、ロッコ」
ラウルが部屋へ入る。
「何かあったのか?」
「えっと……」
ロッコは。
どこか落ち着かない。
何度も扉の方を見る。
「?」
ラウルが不思議に思っていると。
――コンコン。
扉が。
叩かれた。
「入ってください」
ロッコが言う。
扉が開く。
そこから。
一人の男が入ってきた。
「失礼します」
「……」
ラウルが。
僅かに目を見開く。
ザック・ヘルマン。
だが。
普段とは。
明らかに様子が違う。
いつものどこか投げやりな態度。
反抗的な雰囲気。
それがない。
ザックはロッコを見る。
ロッコもザックを見る。
そして。
ザックはラウルへ向き直った。
深く。
頭を下げる。
「隊長」
「……?」
「申し訳ありませんでした」
「……」
あまりにも。
突然だった。
「ど、どうしたんだ、急に」
ラウルも。
思わず聞き返す。
ザックは。
頭を下げたまま。
言った。
「昨日の集団戦闘訓練で」
一度。
言葉を切る。
「目が覚めました」
ゆっくりと顔を上げる。
「俺が」
隣にいるロッコを見る。
「ロッコを下に見ていたこと」
ロッコは何も言わない。
「それから」
ザックがラウルを見る。
「隊長に反発して」
拳を強く握る。
「小隊の和を乱していたこと」
そして。
もう一度頭を下げた。
「深く、お詫び申し上げます」
「……」
ラウルはすぐには答えなかった。
ザックを見る。
その横で。
ロッコが。
おずおずと。
口を開く。
「き、昨日」
「?」
「ザックが……」
ロッコが。
ザックを見る。
「俺に、謝ってくれました」
「……」
ラウルの目が。
少しだけ。
変わる。
「俺を下に見てたって」
ロッコは。
ゆっくり。
言葉を続ける。
「それで……」
少し。
緊張しながらラウルを見る。
「俺は」
「……」
「許したいんです」
その言葉で。
ラウルは理解した。
なぜ。
ザックがここにいるのか。
ザックは。
最初に。
自分へ謝りに来たのではない。
昨日。
自分が見下し。
戦った。
ロッコへ。
先に謝罪していた。
そして。
ロッコが。
その謝罪を受け入れた。
だから。
今日。
ロッコ自身が。
ザックとラウルの間へ入っている。
ラウルは昨日の夜。
コルティオから聞いた話を。
思い出した。
女性隊員への嫌がらせを見て。
上官を殴った。
仲間を見捨てようとする命令に。
背いた。
そして。
今。
自分が間違っていたと気付けば。
見下していた相手へ自分から頭を下げる。
「ザック」
「はい」
「君は」
ラウルは。
少しだけ笑った。
「本当に、筋の通った人だな」
「……」
ザックが。
僅かに目を見開く。
「私も許そう」
ラウルが言う。
「……!」
「今日から」
真っ直ぐ。
ザックを見る。
「よろしく頼むぞ、ザック」
「……はい!」
ザックが。
再び。
頭を下げる。
「ありがとうございます!」
隣で。
ロッコも。
何故か。
一緒になって頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
「……」
ラウルが二人を見る。
少しだけ笑う。
ザック。
剣が使える。
体力もある。
根性もある。
そして。
自分の中に。
曲げられないものを持っている。
これまで。
その性格は。
問題行動という形で。
表に出ていた。
だが。
もし。
その力が小隊のために向けられるようになれば。
ラウルはザックを見る。
「期待しているよ」
「……!」
ザックは。
一瞬。
驚いたような顔をした。
そして。
力強く。
頷いた。




