第十五話 仕込んだ策
ベルンは頭が真っ白になっていた。
背中に剣が当たっている。
ゆっくりと振り返った先。
そこにいたのは。
ニコ・ベイル。
ベルン自身。
戦闘要員としては。
厳しいと評価していた男だった。
「……」
何が起きた?
どうして。
ニコが。
ここにいる?
「か、勝ちですか?」
ニコが。
恐る恐る聞く。
「……!」
その言葉で。
ベルンは我に返った。
すぐに周囲を見る。
まず。
ハンス。
テオ。
「……」
二人とも。
すでに倒れている。
その近くには。
コルティオとアレン。
中央では。
ロッコに抑え込まれたグレゴールとザック。
ノエルも。
エレナに倒されている。
そして。
自分の背中には。
ニコの剣。
もう。
続ける意味はなかった。
ベルンは大きく息を吐く。
そして。
声を張り上げた。
「勝者!」
訓練場に。
声が響く。
「第一部隊!」
その瞬間。
第一部隊の緊張が。
一気に解けた。
「やった……!」
ニコが。
嬉しそうに声を上げる。
エレナは。
静かに剣を鞘へ戻した。
そして。
少し離れたところにいる。
ラウルを見る。
コルティオはアレンの肩を叩いていた。
「いやぁ、アレン!」
笑う。
「やっぱ剣捌きいいな!」
「ありがとうございます!」
アレンも。
嬉しそうに答える。
ロッコのところには。
ラウルがいた。
「よくやった、ロッコ」
「……!」
ロッコの顔が。
明るくなる。
「うっす!」
たった。
それだけ。
だが。
ロッコにとっては。
十分だった。
エレナはその光景を少し離れたところから見ていた。
(……負けると思ってた)
正確には。
勝てないと思っていたわけではない。
だが。
純粋に。
一人一人の戦闘能力を比較するなら。
第二部隊の方が。
上。
そう。
考えていた。
グレゴール。
ザック。
ハンス。
ベルン。
戦える人間が。
揃っている。
それに対して。
こちらには。
ニコもいる。
ロッコも。
個人戦では。
ラウルに敗れている。
だが。
実際には。
そのロッコが。
第二部隊の主力二人を。
一人で止めた。
コルティオとアレンには。
二人をぶつけざるを得なくなった。
そして。
自分が。
反対側から入った。
ベルンは。
自分への対応に。
追われた。
その結果。
背後。
誰も見ていなかった場所へ。
ニコが入った。
(私と打ち合っていた中尉には……)
エレナはラウルを見る。
(後ろまで気にする余裕なんて、なかったでしょうね)
偶然。
そうなったのではない。
ラウルは。
最初から。
そこへ持っていった。
(この流れを作ったのが……)
若い。
新任の小隊長。
(ローウェン隊長)
エレナの目が。
少しだけ。
細くなる。
(本当に……すごい)
また。
一つ。
ラウルへの評価が。
上がっていた。
◇ ◇ ◇
「……何が」
グレゴールは。
地面に。
大の字で寝転がっていた。
空を見る。
「何が、どうなってんだ……?」
自分は。
ロッコに止められた。
それも。
ザックと二人で。
「隊長」
声。
ラウルが振り返る。
ベルンだった。
「これは」
ベルンは。
集まり始めた隊員たちを見る。
「どういうことなんですか?」
一人。
また一人。
隊員が。
ラウルの周りへ集まる。
ラウルは。
全員が揃ったのを確認した。
そして。
口を開く。
「今回」
第二部隊を見る。
「第二部隊が負けた理由は、大きく二つある」
グレゴールが。
地面に座り直す。
ザックも。
黙って聞いている。
「一つ」
ラウルが。
指を立てる。
「ロッコに正面から挑んだこと」
ロッコが。
僅かに顔を上げる。
「そして」
二本目。
「グレゴールとザックが、ロッコを下に見ていたことだ」
「……」
グレゴールの眉が。
動く。
ザックも。
何も言わない。
ラウルはベルンを見る。
「ロッコに二人をぶつけたのは、ベルン中尉の策かい?」
「いえ」
ベルンは首を振る。
「今回は、バーデン少尉とザックの意思です」
「そうだろうね」
ラウルは。
グレゴールとザックへ。
視線を移す。
「それが」
少し。
間を置く。
「二人が負けた要因だ」
「……」
「グレゴール」
「……」
「ザック」
二人を見る。
「二人は、ロッコを下に見ていた」
否定する声は。
ない。
「だから」
ラウルは続ける。
「正面から当たっても問題ないと思った」
そして。
「二人で行けば」
ラウル自身を指す。
「すぐにロッコを抜いて、私まで届く」
二人を見る。
「そう考えた」
「……」
「そうだろ?」
ザックは。
俯いた。
グレゴールは。
苦虫を噛み潰したような顔をしている。
それが。
答えだった。
「二人が正面へ向かったことで」
ラウルは。
訓練場を指しながら説明する。
「コルティオとアレンに対応する人間が足りなくなった」
ベルンが。
黙って聞いている。
「だからベルン中尉は」
ハンス。
テオ。
「二人を向かわせるしかなかった」
次。
「だが」
ラウルはエレナを見る。
「反対側からエレナが来た」
エレナが。
ラウルを見る。
「残ったノエルをぶつけるしかない」
そして。
「エレナとノエルでは、剣術に差がある」
ノエルが。
少し。
気まずそうに目を逸らす。
「だからベルン中尉自身も、エレナへの対応に回った」
ベルンの表情が。
変わる。
そこまで。
全部。
狙っていたのか。
「そして」
ラウルがニコを見る。
「ベルン中尉がエレナへ集中した隙に」
ニコが自分を指差す。
「ロッコの後ろに隠れていたニコが突入した」
「……」
ベルンがニコを見る。
「それで」
ラウルはベルンを見る。
「背後を取った」
「……なるほど」
ベルンが小さく呟く。
ロッコの大きな身体。
それすら使っていた。
ベルンからニコを見えにくくするために。
「まさか」
ラウルが少し笑う。
「ニコが、って思ってないか?」
「えっ」
ニコが。
自分の名前を出されて。
少し驚く。
「ニコは」
ラウルが言う。
「剣術もそこそこ」
ニコを見る。
「体力も普通」
さらに。
「足も、そこまで速くない」
「……」
ニコの表情が。
少しずつ。
微妙なものになっていく。
コルティオが。
思わず笑いそうになる。
「そう評価する人間もいるだろう」
だが。
ラウルは続けた。
「でも」
ニコを見る。
「私は、そうは思っていない」
「……え?」
「ニコは」
ラウルが言う。
「全部を、そつなくこなす」
剣。
走り。
指示への対応。
状況への適応。
何か一つが。
飛び抜けているわけではない。
だが。
大きく欠けたものもない。
「それは」
ラウルは。
はっきりと言った。
「兵士としての適性が高いということだ」
ニコの目が。
僅かに見開かれる。
「だから」
ラウルは続ける。
「必ず、ベルン中尉のところまで辿り着くと思っていた」
「……」
ニコは。
何も言えなかった。
今まで。
普通。
そう。
評価されてきたものが。
初めて。
違う意味を持った。
ラウルは。
再び。
グレゴールとザックを見る。
「グレゴール」
「……」
「ザック」
二人へ。
言う。
「君たちは強い」
その言葉に。
二人がラウルを見る。
「それは間違いない」
だが。
「自分の力に驕って」
ラウルの声が。
少しだけ。
低くなる。
「相手の戦力を見誤った」
そして。
「その結果」
周囲の隊員を見る。
「自分たちから、人数不利を作った」
ロッコ一人へ。
二人。
だから。
別の場所で。
人が足りなくなった。
「それが」
ラウルは言う。
「今日、第二部隊が負けた理由だ」
「……」
グレゴールは。
黙っている。
「君たちは強い」
もう一度。
ラウルは言う。
「だが」
真っ直ぐ。
二人を見る。
「戦争は、強さだけじゃない」
訓練場が。
静かになる。
「強いだけでは」
ラウルは。
言い切った。
「勝ち続けることはできないんだ」
「……」
ザックは。
俯いたまま。
何も言わない。
だが。
グレゴールは。
違った。
「……認めねぇ」
「?」
ラウルが。
見る。
グレゴールが。
立ち上がる。
「俺は、まだ認めねぇ!」
声を荒らげる。
「今回は、たまたまだ!」
ロッコを見る。
「こいつの力が予想外だっただけだ!」
「……」
ロッコは黙っている。
グレゴールはラウルを睨む。
だが。
それ以上。
何も言わなかった。
そのまま。
背を向ける。
「バーデン少尉!」
ベルンが呼ぶ。
だが。
グレゴールは。
止まらない。
その背中を。
ラウルは。
黙って見ていた。
グレゴール・バーデンは。
そのまま。
訓練場を後にした。




