第十二話 心配
アルメリア歴174年5月24日。
ルミエル中隊初めての中隊会議が行われたその日の夜。
リシア・ルミエルの部屋にはもう一人。
ナタリア・レイナードの姿があった。
「そういえば」
リシアが。
机の上の書類から顔を上げる。
「今日、ラウルに会ってきたわよ」
「ラウルに?」
ナタリアが。
すぐに反応する。
「ラウルはどうでした?」
その様子に。
リシアは少しだけ笑った。
「そうね」
今日のラウルを思い返す。
「しっかり小隊長をやっていると思うわ」
「……そうですか」
ナタリアの表情が。
僅かに緩んだ。
「よかった……」
そんなナタリアを見て。
リシアが少し悪戯っぽく笑う。
「一緒の小隊にいたかったかしら?」
「えっ!?」
ナタリアが。
慌てて顔を上げる。
「そ、そんなことありませんよ!」
「そう?」
「はい!」
少し。
声が大きくなる。
「補佐官に選んでいただいて、感謝しています!」
「ふふっ」
リシアが笑う。
「ごめんなさいね」
「え?」
「私も中隊長は初めてでしょう?」
リシアは。
椅子へ身体を預ける。
「だから、補佐してくれる人が必要だったの」
マークとコルド。
以前から。
自分を支えてくれていた二人。
だが。
今は。
二人とも小隊長。
「マークやコルドを補佐官に選ぶわけにもいかなくてね」
「はい」
「それに」
リシアが。
笑う。
「むさ苦しいし」
「……」
ナタリアが。
一瞬だけ黙る。
そして。
「そうですね」
二人が。
笑った。
「でも」
リシアの表情が。
少しだけ引き締まる。
「大変なのは、これからよ」
「……はい」
「中隊もできたばかり」
新しく作られた小隊。
新しく小隊長になった者。
補充された兵士。
そして。
これから始まる。
中隊単位での訓練。
「私も初めてのことばかりだから」
リシアは。
ナタリアを見る。
「しっかりお願いね」
ナタリアは。
姿勢を正した。
「はい!」
◇ ◇ ◇
話を終え。
ナタリアは。
自室へ向かっていた。
廊下を歩きながら。
先ほど聞いた。
リシアの言葉を思い出す。
――しっかり小隊長をやっていると思うわ。
「……」
少し。
安心した。
ラウルなら。
大丈夫。
そう思っている。
昔からそうだった。
何が起きても。
比較的冷静に考える。
周囲を見て。
何をするべきかを決める。
でも。
(冷静だけど……)
ナタリアは。
小さく息を吐く。
(こうと決まれば、一直線なところもあるから心配なのよね)
決めた後は迷わない。
それは。
ラウルの長所でもある。
だが。
時には。
自分自身までその中へ入れてしまう。
(コルティオがいるから、大丈夫だと思いたいけど……)
ナタリアの頭に。
金髪の青年が浮かぶ。
「……」
少し考え。
(抜けてるところは、似てるのよね)
ラウル。
そして。
コルティオ。
二人とも。
普段は頼りになる。
なのに。
妙なところで似ている。
ナタリアは。
小さく苦笑した。
(ほんと、大丈夫かしら)
◇ ◇ ◇
同じ頃。
王宮。
宰相の部屋。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
レオニード・ヴァルステッドが。
一人の男を迎えていた。
「どうぞ」
席へ。
男を案内する。
ゆっくりと。
その男が腰を下ろした。
「こんな老耄に」
男は。
少し曲がった背を椅子へ預ける。
「なんの用じゃて」
モーリス・オルセイン。
齢七十。
かつて。
伯爵位を持っていた男。
今は爵位を息子へ譲り隠居している。
レオニードはその向かいへ座った。
「此度の戦争については、ご存じですか?」
「知っておる」
モーリスは。
当然だというように答える。
「息子も暴徒の鎮圧に出ておったでの」
「そうでしたか」
レオニードは。
一度頷く。
そして。
本題へ入った。
「此度の戦争に乗じて」
声が。
少し低くなる。
「ドルドウィン公爵が叛乱を起こしました」
モーリスは。
黙って聞いている。
「王国軍によって叛乱そのものは鎮圧」
だが。
終わってはいない。
「当人はゴルディア帝国へ亡命」
そして。
最大の問題。
「ドルドウィン公爵が治めていた領地は、領主を失いました」
「ふむ」
「現在は」
レオニードが続ける。
「私が領主の代行をしております」
モーリスの目が僅かに細くなる。
「そこで」
レオニードは真っ直ぐ老人を見る。
「オルセイン様に」
一呼吸。
「伯爵へ復位していただきたいのです」
「……」
「そして」
続ける。
「旧ドルドウィン公爵領を統治していただきたい」
少し。
沈黙が流れた。
やがて。
モーリスが。
「ほぉ」
と。
声を漏らす。
「こんな老耄に」
口元を緩める。
「まだ働けというのかね」
レオニードは何も言わない。
「随分」
モーリスが続ける。
「冷たいもんじゃて」
冗談めいた。
言い方。
だが。
レオニードは真剣だった。
「あなたしか」
モーリスを見る。
「任せられる方がいないのです」
「……」
モーリス・オルセイン。
かつて。
伯爵として。
王国に仕えた男。
そして。
まだ若かった頃の国王。
シャルル・アーヴァルトの。
家庭教師を務めたこともある。
王家との関係も。
決して浅くない。
「……なるほどのぉ」
モーリスが。
ゆっくりと。
顎へ手を当てる。
そして。
レオニードを見る。
「これは」
目を細める。
「王命かのぉ?」
「……はい」
レオニードは迷わず答えた。
「そうです」
「そうか」
モーリスは椅子へ深く腰掛ける。
「王命か」
しばらく。
天井を見る。
隠居して。
ようやく。
静かに暮らせるようになった。
それを。
また。
引っ張り出される。
しかも。
任されるのは。
叛乱を起こした公爵が。
かつて治めていた土地。
決して。
簡単な仕事ではない。
「仕方ないのぉ」
モーリスは。
ゆっくりと。
身体を起こした。
「もう少し」
レオニードを見る。
「頑張ってやるだて」
「……ありがとうございます」
レオニードが頭を下げる。
こうして。
隠居していた一人の老貴族が。
再び。
王国の表舞台へ。
戻ることになった。
一方では。
新しく小隊長となった青年を。
心配する者がいる。
そして。
もう一方では。
王国そのものを支えるため。
再び。
重責を背負う者がいる。
戦争は終わった。
だが。
人も。
国も。
まだ。
安心できる時ではなかった。




