第十話 気になる人
方針が決まった翌日。
ローウェン小隊は休息日を取っていた。
三日間。
続けて訓練を行った。
身体を休めることも兵士にとっては必要なこと。
ある者は宿舎の部屋で身体を休め。
ある者は王都の街へ繰り出していた。
そんな中。
一人。
訓練場に立つ者がいた。
エレナ・ローフェンス。
額から汗が流れる。
握っていた剣を振るう。
一度。
二度。
三度。
そして。
足を止めた。
「ふぅ……」
息を吐く。
その時。
昨日のことが頭に浮かんだ。
――今必要なのは軍事的方針ではなく、継続的方針だと思う。
ラウルの言葉。
軍事的方針ではなく継続的方針。
隊長の指示を守る。
自分の役割を全うする。
仲間を信じる。
グレゴールはそんなものは当たり前だと。
強く反発した。
確かに。
言っていることだけなら当たり前なのかもしれない。
だが。
エレナ自身は。
ラウルの考えに納得していた。
できたばかりの小隊。
互いのことも知らない。
連携も。
信頼も。
まだない。
そんな状態で。
戦い方だけを決めても。
意味はない。
まず。
小隊としての土台を作る。
その考え方が。
妙に。
頭から離れなかった。
「……本当に新米小隊長なのかしら?」
エレナは小さく呟いた。
剣術も。
並以上。
それは実戦訓練で実際に見ている。
そして。
副官のコルティオ・シルフォード少尉。
あの素早さ。
あの動き。
自分の知るお姉様にも劣らない。
「変わった小隊長だわ」
ラウルだけではない。
その周りも。
どこか変わっている。
(確か……私の一個下だったはず)
エレナは。
剣を下ろした。
自分より一つ年下。
それなのに。
もう小隊長。
(これから、この小隊がどうなるのか)
少し。
口元が緩む。
(楽しみだわ)
◇ ◇ ◇
訓練を終え。
汗を拭ったエレナは。
自室へ戻ろうとしていた。
その途中。
ふと。
二人の姿が目に入る。
「……?」
テオ・ハーシェル。
そして。
アレン・クレイド。
何をしているのか。
気になり足を止める。
見ると。
アレンが剣を構えていた。
「もう少し、こうです」
その動きを。
テオが真似る。
「こうですか?」
「いえ。もう少し身体を……」
どうやら。
アレンがテオへ。
剣術を教えているらしい。
何度も。
テオが剣を振る。
アレンがその度に修正する。
二人とも。
休息日だというのに。
随分と熱心だった。
(ハーシェルって……)
エレナは。
少し不思議に思う。
(そんなに意識の高い人だったかしら?)
これまで。
テオから。
戦闘訓練へ強い執着を感じたことはない。
だが。
今は。
アレンの話を真剣に聞いている。
アレンも。
適当に付き合っている様子ではなかった。
何度も。
自分の動きを見せ。
テオへ教えている。
「……」
何か。
変わったのだろうか。
エレナには。
まだ分からない。
少しだけ。
その光景を見てから。
再び歩き始めた。
◇ ◇ ◇
夜。
自室で過ごしていた。
エレナの耳に。
微かな音が届いた。
――キィン。
「……?」
金属が。
ぶつかる音。
――キンッ。
また。
聞こえた。
剣戟。
そこで。
エレナは思い出した。
以前も。
見たことがある。
夜。
宿舎の外で。
剣を振るう二人の姿を。
エレナは立ち上がり。
部屋を出た。
そのまま。
宿舎の外へ向かう。
そして。
「……」
足を止めた。
いた。
ラウル・ローウェン。
コルティオ・シルフォード。
二人が。
激しく剣を打ち合わせていた。
「はっ!」
コルティオが踏み込む。
速い。
相変わらず。
目を見張るほどの速さ。
一気に。
ラウルとの間合いを潰す。
剣が走る。
だが。
――キンッ!
ラウルが弾く。
すぐに。
コルティオが角度を変える。
――キィン!
それも。
ラウルが受ける。
「……」
エレナの目が。
二人の動きを追う。
(あの素早いシルフォード少尉の動きに……)
押されていない。
それどころか。
(隊長が、全然押し負けていない)
コルティオの速さを。
目で追い。
動きを読み。
的確に。
弾き返している。
実戦訓練でラウルの戦いは見た。
ロッコの力を正面から受けず。
相手の弱点を見ながら。
崩して勝った。
上手いとは思った。
だが。
(ここまでできるとは思ってなかった……)
エレナは。
黙って。
二人の訓練を見続けた。
しばらくして。
二人の動きが止まる。
「はぁ……」
「疲れたっすねぇ……」
ラウルとコルティオが。
それぞれ。
汗を拭う。
そこで。
エレナが声をかけた。
「ローウェン隊長」
二人が。
同時に振り返る。
「シルフォード少尉」
「ローフェンス少尉?」
ラウルが。
少し驚く。
「すまない」
剣を下ろす。
「うるさかったか?」
「いえ」
エレナは。
首を横へ振った。
「毎日、訓練されてるのですか?」
「ああ、それは――」
「そうだよ!」
コルティオが。
先に答えた。
「みんなの訓練を見ている間は、あまり自分たちの訓練ができないからね」
「そうなんですか」
エレナは。
少し意外だった。
「今まで」
二人を見る。
「上官が訓練しているところを、あまり見たことがありませんでした」
「そうなのか?」
ラウルは。
本当に意外そうだった。
「私やシルフォード少尉がいた小隊では、上官も訓練していたからな」
少し考え。
「当たり前になっていた」
エレナは。
その言葉を聞く。
二人にとって。
これは。
特別な努力ではない。
「僕たちは、まだまだ新米だからね」
コルティオが笑う。
「訓練で実力を養わないと」
そして。
エレナを見る。
「それに、ローフェンス少尉の後輩だしね」
「そうだな」
ラウルも。
笑った。
「……」
エレナは。
一瞬。
二人を見る。
小隊長。
その副官。
なのに。
妙に。
偉ぶったところがない。
思わず。
エレナも笑った。
「なんですか、それ」
「ん?」
「隊長とその副官なんですから」
少し。
からかうように。
「しっかりしてくださいよ」
ラウルは。
すぐに。
コルティオを見る。
「そうだぞ、コルティオ」
「えっ?」
コルティオが。
目を見開く。
「あ、僕だけのせいにしたっすね!」
「私は何も言ってないぞ」
「今、完全に僕に押し付けたっす!」
「ふふっ」
エレナは。
また笑った。
「それじゃ」
二人へ背を向ける。
「私は部屋に戻りますね!」
「ああ」
「おやすみっす!」
その声を背中に受け。
エレナは。
宿舎へ向かって歩き出した。
自然と。
口元には。
まだ笑みが残っていた。
ラウル・ローウェン。
少し変わった。
自分より一つ年下の。
新米小隊長。
強くて。
変わった考え方をしていて。
それなのに。
部下の前で偉ぶることもない。
(こんな軍人もいるのね)
エレナは。
小さく微笑んだ。
なぜだろう。
少しだけ。
あの小隊長のことが。
気になり始めていた。




