第九話 道筋
三日間の訓練を終えた。
その日の夜。
ローウェン小隊の十二人は宿舎の一室に集まっていた。
初日の基礎訓練。
走り込み。
そして、実戦訓練。
三日間。
ラウルは隊員たちを見続けてきた。
剣。
槍。
体力。
判断。
性格。
得意なこと。
不得意なこと。
もちろん。
三日間で全てが分かったわけではない。
それでも。
最初に決めるべきことは見えてきた。
全員が揃ったのを確認し、ラウルが口を開く。
「三日間の訓練、お疲れ様」
隊員たちがラウルを見る。
「今日、集まってもらったのは」
一度。
全員を見渡す。
「無方針としていた小隊の方針について、決定したことを伝えるためだ」
何人かの表情が変わった。
初日。
ラウルが宣言した。
無方針。
まず。
隊員たちを知る。
それから。
この小隊の方針を決める。
その答えを。
今から示す。
「ベルン」
ラウルが隣を見る。
「頼む」
「はい」
ベルンが。
一歩前へ出た。
「ローウェン小隊の方針についてだが」
隊員たちを見渡す。
「三つ」
ベルンが言う。
「必ず守ってもらう」
静かになった。
「一つ」
ベルンが指を立てる。
「隊長の指示を必ず守ること」
そして。
「一つ」
「自分の役割を全うすること」
最後。
「一つ」
ベルンが全員を見る。
「仲間を信じること」
一拍。
「以上だ」
「……」
部屋が。
静まり返った。
そして。
「なんだそれは!」
大きな声が響いた。
グレゴール・バーデン。
椅子から身体を起こし。
ラウルを見る。
「そんなもの!」
苛立ちを隠そうともせず。
声を上げる。
「軍人にとって当たり前のことじゃねぇか!」
周囲の視線が。
グレゴールへ集まる。
「それが小隊方針だと!?」
「俺もそう思うぜ」
別の声。
ザックだった。
姿勢悪く。
椅子へ座ったまま。
「小隊方針ってのはよ」
ラウルを見る。
「近接戦闘重視にするとか、機動力を上げてどうとか、そんなんじゃねぇのかよ」
「その通りだ」
ラウルは。
否定しなかった。
ザックが。
僅かに眉を上げる。
「だが」
ラウルが続ける。
「それは、この小隊には今は必要ないと思っている」
「は?」
グレゴールの眉間に。
皺が寄る。
ラウルはそのまま話す。
「ローウェン小隊は、できたばかりだ」
十二人。
同じ小隊になった。
それだけ。
まだ。
互いのことすらほとんど知らない。
「仲間意識もなければ、連携だってこれからだ」
テオが。
ラウルを見ていた。
エレナも。
真剣な表情で。
言葉を聞いている。
「今」
ラウルが言う。
「この小隊に必要なのは、近接戦闘を重視するだとか、機動力を高めるだとか、そういう軍事的な方針じゃない」
それより先に。
作らなければならないものがある。
「継続的方針だと思っている」
「何が継続的方針だ!」
グレゴールが。
すぐに言い返した。
「俺は十六年間!」
その声が。
部屋に響く。
「そんなこと、当たり前のようにやってきた!」
隊長の命令を守る。
自分の役割を果たす。
仲間を信じる。
兵士なら。
当然。
求められるもの。
「今更!」
グレゴールが吐き捨てる。
「そんな方針、必要ねぇな!」
椅子を引く。
立ち上がる。
そして。
そのまま。
部屋の出口へ向かった。
「バーデン少尉」
ベルンが呼ぶ。
だが。
グレゴールは止まらない。
扉を開け。
部屋を出ていった。
扉が。
閉じる。
「……」
重い空気が残った。
ザックも。
明らかに不満そうだった。
だが。
グレゴールのように出ていくことはない。
姿勢悪く椅子へ座り。
黙っている。
「まぁまぁ」
その空気を。
柔らかい声が崩した。
テオだった。
「いいじゃないですか」
皆が。
テオを見る。
「バーデン少尉も言っていたように、当たり前のことなんでしょう?」
テオは。
穏やかに笑う。
「なら、その当たり前のことをやりましょうよ」
そして。
周囲を見る。
「連携力を高めることは、大事なことです」
「……」
隊員たちも。
互いを見る。
特別なことではない。
だが。
今の自分たちは。
その当たり前すら。
まだできていない。
少なくとも。
反対してまで拒むような内容でもなかった。
一人。
また一人。
表情から。
緊張が抜けていく。
ひとまず。
小隊の方針は。
示された。
◇ ◇ ◇
話し合いが終わり。
隊員たちが。
それぞれの部屋へ戻っていく。
ラウルも。
自室へ向かおうとしていた。
その時だった。
「ローウェン隊長」
後ろから。
声をかけられる。
振り返る。
テオ・ハーシェルだった。
「少しよろしいですか?」
「ああ、構わない」
二人は。
宿舎を出た。
夜風が。
僅かに吹いている。
宿舎の外にある一つのベンチ。
ラウルが腰掛ける。
テオもその隣へ座った。
少しだけ。
沈黙。
そして。
テオが口を開いた。
「隊長は」
ラウルを見る。
「バーデン少尉のことを、どう思っていますか?」
「先ほどの件ですか?」
「いえ」
テオが。
首を横へ振る。
「それもありますが」
少し考え。
「初日から、あまり上手く話せていないようでしたので」
「……」
ラウルは。
少し困ったように笑った。
「心配されてしまいましたか」
「いやいや」
テオも笑う。
「あなたは、優しい方のようだと思いましてね」
「……?」
「気付いていますか?」
テオが言う。
「今、敬語になっていますよ」
「……あ」
ラウルは。
思わず笑った。
「これは、なかなか厳しいですね」
「ははは」
「階級は私の方が上ですが」
ラウルは続ける。
「年齢は、あなたの方が上でしょう」
まだ。
慣れない。
つい最近まで。
自分は。
ただの兵士だった。
それが。
今は。
年上の人間まで。
自分の部下になっている。
「まだまだ慣れないんですよ」
ラウルが苦笑する。
「部下に対する話し方がね」
「新米上官あるあるかもしれませんね」
テオが笑う。
ラウルも。
小さく笑った。
少しだけ。
空気が和らぐ。
そして。
テオが。
前を見る。
「私はね」
その声が。
少しだけ変わった。
「運送業を営む父のところで働いていました」
ラウルは。
黙って聞く。
「三年前です」
テオの視線が。
夜の闇へ向く。
「仕事中に、盗賊に襲われました」
「……」
「父を亡くしました」
静かな声。
「仕事も、失いました」
ラウルは。
何も挟まなかった。
「あの時」
テオが。
自分の手を見る。
「私は、逃げることしかできなかった」
歯向かうことも。
できなかった。
「守ることも」
一度。
言葉が止まる。
「できませんでした」
夜風が。
二人の間を抜ける。
「それから」
テオは続ける。
「生きるために、軍属に入りました」
そして。
「いくつかの小隊を経験しました」
ラウルが。
テオを見る。
「ですが」
テオは。
穏やかに笑った。
「あなたのように、一人一人を見ようとする上官には、出会ったことがありません」
「……」
「私は」
テオが言う。
「力がありません」
その言葉に。
ラウルの表情が変わる。
「どの小隊でも、お荷物扱いでした」
剣が。
特別に強いわけではない。
槍も。
優れているわけではない。
体力も。
突出しているわけではない。
「ですが」
テオが。
ラウルを見る。
「ここなら」
一拍。
「ここなら、役に立てるかもと」
少し笑う。
「今は、思っています」
ラウルは。
テオを見た。
初日の訓練。
走り込み。
疲れ。
座り込む仲間へ。
水を持っていった。
肩を貸した。
誰かに。
命令されたわけではない。
自分も。
疲れていたはずなのに。
周囲を見ていた。
「あなたは」
ラウルが言う。
「お荷物ではありません」
テオが。
少し驚いたように。
ラウルを見る。
「あなたは、細かいことに気付くことができる」
そして。
「優秀な人だ」
「……」
「俺やコルティオにはない経験も持っている」
テオは。
何も言わなかった。
ただ。
ラウルの言葉を聞いている。
「バーデン少尉もそうです」
「……」
「彼も、古参兵として有能です」
ラウルは。
先ほど。
部屋を出ていった男を思い出す。
確かに。
今の自分とは。
噛み合っていない。
考え方も。
違う。
「確かに」
ラウルが続ける。
「私とは今、対立関係になりつつあります」
だが。
それと。
能力の評価は。
別の話だ。
「戦闘面でも」
そして。
「小隊運用でも、十分に必要な人材ですよ」
テオは。
少しだけ。
目を細めた。
「……安心しました」
「安心?」
「ええ」
テオは。
立ち上がる。
そして。
ラウルを見る。
「隊長」
穏やかに。
笑った。
「私に敬語は不要です」
「……」
「よろしくお願いしますね」
一拍。
「ローウェン隊長」
ラウルも。
立ち上がった。
まだ。
小隊は。
まとまっていない。
グレゴールとの溝もある。
ザックも。
納得したわけではない。
互いのことすら。
知らない。
それでも。
少しずつ。
見えてきたものがある。
一人一人が。
何を持っているのか。
何を考えているのか。
そして。
この小隊を。
どこへ向かわせるのか。
その道筋が。
ようやく。
見え始めていた。




