第六話 底知れぬ力
実戦訓練はその後も続いていた。
第二試合。
テオ・ハーシェル。
対するは。
ノエル・リード。
昨日の訓練で。
戦闘には不向きなのではないか。
そう見られていたノエルだったが。
実戦形式でも。
その評価を覆すことはできなかった。
決して戦おうとしないわけではない。
それでも。
テオの攻撃に対して後手に回る。
やがて。
勝敗が決した。
勝者。
テオ・ハーシェル。
続く。
第三試合。
ニコ・ベイル。
アレン・クレイド。
昨日。
その剣筋を高く評価されていたアレンは。
実戦でも。
その片鱗を見せた。
結果は。
アレン・クレイドの勝利。
ラウルは。
二人の戦いを見ながら。
頭の中へ。
一つずつ。
隊員たちの特徴を刻んでいく。
基礎訓練だけでは。
分からないものがある。
やはり。
実際に戦わせてみて正解だった。
そして。
ベルンが次の名前を読み上げた。
「第四試合!」
隊員たちの視線が集まる。
「ロッコ・ハルデリック!」
一人の男が前へ出た。
大きい。
ローウェン小隊の中でも。
グレゴール以上に大柄な男。
ロッコ・ハルデリック。
その身体だけでも。
他の隊員とは明らかに違う。
そして。
ベルンがもう一人の名前を告げた。
「ラウル・ローウェン隊長!」
「はい」
ラウルが前へ出る。
二人が向かい合う。
ラウルは剣を構え。
ロッコも。
大きな身体の前で剣を構えた。
ベルンが二人を見る。
「始め!」
◇ ◇ ◇
ラウルは。
すぐには動かなかった。
一定の間合いを保ち。
ロッコを見る。
大柄。
それだけなら。
動きは遅いかもしれない。
力に頼る相手かもしれない。
だが。
まだ。
何も分からない。
ロッコが近づいてくる。
一歩。
また。
一歩。
その動きは。
大柄な身体から想像するような荒々しいものではなかった。
むしろ。
ゆっくりと。
慎重に。
ラウルとの距離を縮めてくる。
(慎重だな)
なら。
こちらから探る。
ラウルが右へ回る。
ロッコの側面を取るように。
少しずつ。
位置を変えていく。
「……!」
ロッコが。
少し慌てたように身体の向きを変えた。
(なるほど)
動きへの対応は。
それほど速くない。
ラウルが踏み込む。
同時に。
ロッコも剣を振った。
剣と剣。
二つがぶつかる。
ガンッ!
「っ!」
ラウルの表情が変わった。
(重いっ!)
腕へ。
衝撃が走る。
押される。
予想以上の力。
ラウルの身体が沈んだ。
片膝が曲がる。
(なんだ、この力……!)
剣を受けているだけなのに。
上から。
そのまま押し潰されるような感覚。
ラウルは。
一瞬。
ロッコの力が緩んだところで。
剣をずらした。
そして。
後ろへ跳ぶ。
距離を取る。
「……ふぅ」
呼吸を整えながら。
ロッコを見る。
(かなりの力だ)
腕に。
まだ衝撃が残っている。
(押し潰されるかと思った)
正面から。
まともに力比べをするべき相手ではない。
なら。
やることは決まっている。
ラウルが。
構え直す。
今度は。
自分から踏み込んだ。
一撃。
ロッコが受ける。
だが。
ラウルは。
力を込めさせない。
すぐに剣を引く。
次。
角度を変える。
また。
次。
「っ……!」
ロッコが剣を合わせる。
だが。
その度に。
ラウルは次へ移る。
ロッコの力が。
完全に剣へ乗る前に。
打つ。
離す。
また打つ。
正面から。
力では勝てない。
なら。
力を使わせなければいい。
一撃。
二撃。
三撃。
ロッコが。
少しずつ。
後ろへ下がっていく。
「くっ……」
また一歩。
そして。
次の一歩。
その時だった。
ロッコの右足が。
僅かに捻れた。
「っ!」
身体が傾く。
ラウルは。
見逃さなかった。
一歩。
踏み込む。
剣を振る。
ロッコの左脇腹。
そこで。
剣が止まった。
「そこまで!」
ベルンの声が響く。
「勝者!」
一拍。
「ラウル・ローウェン隊長!」
ラウルが剣を下ろした。
ロッコは。
崩れた体勢を支えきれず。
そのまま地面へ尻をついていた。
「……」
ラウルが近づく。
そして。
手を差し出した。
ロッコが。
その手を見る。
少し迷った後。
大きな手で。
ラウルの手を握った。
ラウルが引く。
ロッコも立ち上がる。
間近で見ると。
やはり大きい。
ラウルは。
思わず笑った。
「底知れない力だな」
ロッコが。
少し目を見開く。
「凄いな」
「……」
ロッコは。
何も言わなかった。
だが。
ほんの少し。
表情が緩んだ。
嬉しかったのかもしれない。
そして。
小さな声で。
「……ありがとうございます」
そう答えた。
◇ ◇ ◇
第四試合が終わる。
ラウルが戻ると。
今度はベルン自身が前へ出た。
「次は――」
ベルンが言う。
「私と、グレゴール・バーデン少尉だ!」
グレゴールが。
無言で前へ出る。
ラウルは。
ベルンが立っていた位置へ移動した。
二人が構える。
経験豊富な副官。
ベルン・クラウゼル。
そして。
長い軍歴を持つ古参兵。
グレゴール・バーデン。
ラウルが手を上げる。
「始め!」
二人が。
同時に動いた。
剣がぶつかる。
一度。
二度。
三度。
どちらも。
簡単には崩れない。
ベルンが攻めれば。
グレゴールが受ける。
グレゴールが返せば。
ベルンが捌く。
何度も。
何度も。
剣が交わる。
(拮抗している)
ラウルは。
二人の動きを追う。
昨日。
グレゴールの剣を見て。
腕が立つことは分かっていた。
そして。
ベルンも。
四年間。
小隊副官を務めてきた男。
互いに。
簡単には決定打を許さない。
やがて。
規定時間を迎えた。
ラウルが声を上げる。
「そこまで!」
二人が止まる。
「第五試合――引き分け!」
ベルンとグレゴール。
二人は。
最後まで決着がつかなかった。
◇ ◇ ◇
ベルンが再び進行へ戻る。
「では、第六試合!」
次の名前が呼ばれた。
「エレナ・ローフェンス少尉!」
「はい!」
エレナが前へ出る。
「ザック・ヘルマン!」
「はい」
ザックも。
前へ出た。
二人が向かい合う。
ザックが剣を肩に乗せるように構える。
そして。
エレナを見た。
「女だからって」
口元を歪める。
「容赦はしないぞ」
エレナは。
何も返さない。
静かに。
剣を構えた。
その姿を。
ラウルは見ていた。
昨日。
剣筋を確認した時。
エレナは。
特別目立つものを見せていない。
少なくとも。
アレンやグレゴールほど。
ラウルの目を引くことはなかった。
ベルンが。
手を上げる。
「始め!」
ザックが先に動いた。
「おらっ!」
剣を振るう。
荒い。
だが。
ただ雑なわけではない。
決まった型にはまっていない。
我流。
それでも。
実戦の中で身につけたような。
独特の剣術。
(悪くない)
ラウルが見る。
ザックが。
次の攻撃を繰り出す。
だが。
「……!」
止められた。
エレナの剣。
ザックが。
もう一度振る。
それも。
受けられる。
そして。
返される。
「っ!」
ザックが後ろへ下がる。
エレナが。
一歩進む。
剣を振る。
ザックが受ける。
さらに。
一撃。
また。
一撃。
「……」
ラウルの目が。
少しずつ細くなる。
(なんだ……?)
昨日とは。
違う。
いや。
昨日。
見えていなかっただけなのか。
エレナの剣術は。
アレンとも違った。
速さだけではない。
力でもない。
可憐で。
それでいて。
芯がある。
一つの完成された型を。
そのまま見ているようだった。
足を置く位置。
身体の向き。
剣を振る角度。
無駄がない。
一切。
ない。
そして。
何より。
相手を見ている。
ザックの肩。
腕。
足。
剣。
その動きを。
しっかりと捉えている。
ザックが攻める。
エレナが受ける。
すぐに。
返す。
ザックが下がる。
「くそっ!」
再び。
攻める。
弾かれる。
「くそ……!」
また。
攻撃。
だが。
届かない。
「くそっ、くそくそ!」
ザックの声が。
訓練場に響く。
完全に。
防戦一方だった。
ザックが。
苛立つように。
大きく剣を振った。
エレナは。
その軌道を見て。
一歩。
動く。
剣が。
ぶつかった。
ザックの剣が弾かれる。
そして。
次の瞬間。
エレナの剣が。
ザックの首元で止まった。
「……!」
ザックの身体が固まる。
ベルンが声を上げた。
「それまで!」
静寂。
そして。
「勝者!」
ベルンが告げる。
「エレナ・ローフェンス少尉!」
エレナは。
剣を下ろした。
額に浮かんだ汗を。
手で拭う。
それだけだった。
勝ち誇ることもなく。
ザックへ何か言うこともなく。
静かに。
後ろへ下がっていく。
その姿を。
ラウルは見ていた。
そして。
隣にいるコルティオを見る。
コルティオも。
ラウルを見た。
二人の視線が合う。
言葉はなかった。
だが。
考えていることは。
同じだった。
昨日の訓練では。
見せなかった実力。
アレン。
ハンス。
グレゴール。
ベルン。
そして。
コルティオ。
この小隊には。
腕の立つ者が何人もいる。
それでも。
今の戦いを見た限り。
明らかだった。
エレナ・ローフェンス。
彼女は。
ここにいる兵士の誰よりも。
強い。




