第五話 副官の実力
訓練二日目。
朝。
ラウルが宿舎を出たところで。
後ろから声をかけられた。
「ローウェン隊長!」
ラウルが振り返る。
そこにいたのは。
エレナ・ローフェンスだった。
「今、少しよろしいですか?」
「ローフェンス少尉か」
ラウルは足を止める。
「大丈夫だ。どうした?」
「ありがとうございます」
エレナは軽く頭を下げた。
そして。
尋ねる。
「今日は、どのような訓練をされるのでしょうか?」
「今日は実戦訓練の予定だ」
「実戦訓練ですか?」
エレナが少し驚いた。
「基礎訓練や走り込みは行わないのですか?」
昨日。
初めて行われたローウェン小隊の訓練。
午前は基礎訓練。
午後は走り込み。
エレナは。
それが数日続くものだと思っていた。
身体を作り。
基礎を固め。
それから。
次の訓練へ移る。
だからこそ。
二日目から実戦形式へ移るとは思っていなかった。
「最初は、そのつもりだった」
ラウルが答える。
「ただ、昨日の訓練で最低限の基礎体力があることは分かった」
もちろん。
体力に差はある。
鍛える必要がないわけでもない。
だが。
今のラウルが最も知りたいのは。
そこだけではなかった。
「それぞれの長所と短所を、一日でも早く把握したいからな」
「長所と短所……」
「実際に相手と戦わせた方が分かることもある」
剣筋がいい。
槍捌きがいい。
体力がある。
それだけでは。
まだ分からない。
相手がいる状況で。
何を見るのか。
どう動くのか。
どう判断するのか。
昨日とは違うものが。
見えてくるはずだった。
「なるほど……」
エレナが頷いた。
その時だった。
「楽しみにしててくださいよ!」
「え?」
突然。
背後から声が飛んできた。
エレナが振り返る。
そこには。
いつの間にかコルティオが立っていた。
「実戦訓練には、僕たちも参加するっすからね!」
「はっ、はい」
反射的に答える。
だが。
エレナは。
一瞬だけコルティオを見た。
(……っす?)
聞き慣れない語尾に。
僅かに首を傾げる。
そんなエレナの反応には気づかず。
コルティオはいつものように笑っていた。
「ほら」
ラウルが歩き出した。
「もう行くぞ」
「あ、待ってほしいっす!」
コルティオが追いかける。
エレナも。
その後へ続いた。
◇ ◇ ◇
「今日は実戦訓練を行う!」
ベルンの声が響く。
隊員たちが並んでいた。
その前には。
十分な広さを取った訓練場所。
「対戦表は、事前にこちらで決定済みだ」
ベルンが説明を続ける。
「一対一」
そして。
「勝敗が決まるか、規定時間の経過で引き分けとする」
隊員たちの表情が変わる。
昨日とは違う。
ただ身体を動かす訓練ではない。
目の前の相手と。
実際に武器を交える。
ベルンが対戦表を見る。
「まずは――」
名前を読み上げた。
「コルティオ・シルフォード少尉」
「はい!」
コルティオが前へ出る。
そして。
もう一人。
「ハンス・レイデル」
「はい!」
ハンスも前へ出た。
昨日の訓練で。
その槍捌きを高く評価されたハンス。
対するのは。
ローウェン小隊副官。
コルティオ・シルフォード。
コルティオは剣。
ハンスは槍。
二人が。
向かい合う。
コルティオが剣を構える。
ハンスは槍を握り。
その穂先をコルティオへ向けた。
周囲では。
他の隊員たちが二人を見ている。
ベルンが片手を上げる。
「構え!」
二人の視線がぶつかる。
そして。
「始め!」
その瞬間だった。
コルティオが動いた。
「っ!」
身体を前へ倒すように。
一気に踏み込む。
速い。
ハンスが反応する。
槍を前へ突き出した。
長い間合い。
近づかせない。
剣より遥かに長い槍を使い。
コルティオの前進を止めようとする。
だが。
「っ!」
コルティオは。
突き出された穂先を。
紙一重でかわした。
身体をずらし。
そのまま前へ進む。
一気に。
ハンスとの距離を詰める。
剣先が。
ハンスへ向く。
しかし。
ハンスも止まらない。
突き出した槍。
その反対側。
石突を。
素早くコルティオへ向けた。
「!」
コルティオが気づく。
斜め右後ろへ。
一気に跳ぶ。
距離が開いた。
「……」
コルティオが構え直す。
先ほどまでの笑顔はない。
ハンスを見る。
ハンスも。
追わなかった。
一度。
呼吸を整えるように。
槍を回す。
そして。
構える。
「……来るっすね」
次に動いたのは。
ハンスだった。
一歩。
踏み込む。
槍が走る。
一撃。
コルティオが剣で逸らす。
だが。
終わらない。
二撃目。
「っ!」
さらに。
三撃目。
鋭い。
連続した突き。
コルティオは。
剣を使い。
その全てをかわしていく。
「すごい……」
誰かが呟いた。
昨日。
槍の扱いを確認した時にも。
ハンスは突出していた。
だが。
相手を前にすると。
さらに。
その技量が分かる。
三連撃。
それを凌いだ。
直後。
ハンスが槍を大きく払った。
横薙ぎ。
コルティオの身体を狙う。
だが。
コルティオは。
地面を蹴った。
槍が。
その足元を通過する。
跳び越えた。
そして。
着地。
その瞬間。
コルティオが前へ出る。
「!」
ハンスの目が見開かれる。
着地してから。
次の動きに移るまでが。
あまりにも速い。
一気に距離を詰める。
だが。
ハンスも反応した。
払った槍を。
そのまま逆方向へ戻す。
コルティオの横腹を狙う。
「っ!」
槍が迫る。
コルティオは。
低く。
身体を沈めた。
頭上を。
槍が通り過ぎる。
そして。
そのまま。
さらに一歩。
前へ。
ハンスの懐へ入った。
剣が。
止まる。
その切っ先は。
ハンスの喉元。
「……」
ハンスも。
動きを止めた。
一瞬の静寂。
ベルンの声が響いた。
「それまで!」
コルティオが剣を下ろす。
ハンスも槍を引いた。
「勝者」
ベルンが告げる。
「コルティオ・シルフォード少尉!」
コルティオが息を吐く。
「ふぅ……」
そして。
ハンスを見る。
「危なかったっす」
ハンスも呼吸を整えながら。
コルティオを見ていた。
その二人を。
隊員たちが見つめている。
その中で。
エレナは。
僅かに目を見開いていた。
(速い……)
いや。
違う。
ただ。
走るのが速いのではない。
(素早い)
相手の攻撃を見る。
避ける。
次の動きへ移る。
その全てが。
速い。
ハンスも。
相当な槍の使い手だった。
昨日の訓練でも。
それは分かっていた。
だからこそ。
余計に驚く。
そのハンスの槍をかわし。
懐へ入り。
剣先を喉元へ突きつけた。
(こんなに強かったの……?)
そして。
エレナの頭に。
一人の人物が浮かぶ。
(お姉様並みだわ……)
視線の先。
コルティオは。
もういつもの表情に戻っていた。
「いやぁ、ハンス。槍すごいっすね!」
先ほどまで。
鋭く剣を振るっていた人物とは思えない。
エレナは。
その姿を見つめる。
ハンスも。
相当な槍の使い手。
それでも。
勝ったのは。
コルティオだった。
ローウェン小隊副官。
コルティオ・シルフォード少尉。
普段の。
明るく。
どこか軽い雰囲気からは。
想像しにくいほどの実力。
エレナは。
その実力を。
初めて知った。




