第三話 古参兵の軋轢
早朝。
ラウル、コルティオ、ベルンの三人は。
隊員たちが起き出すよりも早く、話し合いを始めていた。
これから。
ローウェン小隊をどう作っていくのか。
訓練はどうするのか。
隊員たちをどう見るのか。
三人で意見を交わし。
ひとまず。
今後の方針を決めた。
その後。
小隊員全員が宿舎の一室へ集められた。
十二人。
一人ずつ。
簡単な自己紹介を行う。
名前。
階級。
これまでの経歴。
全員の自己紹介が終わると。
ラウルが前へ出た。
隊員たちの視線が集まる。
「それじゃあ」
一度。
全員を見渡す。
「ローウェン小隊の方針について話す」
室内が静かになった。
「まず初めに」
ラウルは言った。
「ローウェン小隊は、今は無方針とする」
「……?」
隊員たちの間に。
ざわめきが広がった。
無方針。
新しく作られた小隊。
その隊長が最初に口にした言葉が。
それだった。
「無方針……?」
誰かが小さく呟く。
ラウルは構わず続けた。
「明日から訓練を始める」
ざわめきが少し収まる。
「その訓練を通して、各自の素質を見極める」
ラウルは一人ずつ。
隊員たちを見る。
年齢。
経験。
体格。
得意なこと。
苦手なこと。
今の自分は。
まだ何も知らない。
「それを見た上で、小隊の方針を決めるつもりだ」
最初から。
自分の考えに全員を当てはめるつもりはなかった。
どんな人間がいるのか。
何ができるのか。
それを知らなければ。
何をさせるべきなのかも決められない。
「ただ」
ラウルが続ける。
「一つだけ」
隊員たちが見る。
「適材適所という言葉がある」
一拍置く。
「俺は、それを大事にしたい」
ラウルの声は。
大きくはなかった。
「それぞれに合った仕事をしてもらいたい」
それだけだった。
「以上だ」
ラウルが一歩下がる。
代わって。
ベルンが前へ出た。
「明日からの訓練について説明する」
落ち着いた声だった。
「午前は基礎訓練」
隊員たちを見る。
「午後は走り込み」
短く。
「以上だ」
続いて。
コルティオが前へ出る。
「それでは解散」
隊員たちが立ち上がった。
それぞれ。
部屋から出ていく。
ラウルは。
その様子を黙って見ていた。
全員が。
今の話をどう受け取ったのか。
それを知りたかった。
その中で。
一人。
明らかに不服そうな顔をしている男がいた。
グレゴール・バーデン少尉。
三十八歳。
長く軍にいる古参兵。
ラウルを見ることもなく。
部屋から出ていく。
(バーデン少尉か)
ラウルはその背中を見る。
(不服そうだな)
そして。
もう一人。
目につく男がいた。
軍服を崩して着ている。
周囲の隊員とは。
明らかに違った。
ザック・ヘルマン。
(確か……)
名簿の内容を思い出す。
(何度か問題を起こしている兵士だったな)
古参兵。
経験豊富な中尉。
若い少尉。
そして。
問題を起こしたことのある兵士。
経歴も。
年齢も。
考え方も違う。
十二人。
それを。
一つの小隊にしなければならない。
簡単ではない。
だが。
ラウルは。
不思議と嫌ではなかった。
むしろ。
少しだけ。
楽しみでもあった。
(一癖も二癖もありそうだな)
自分が。
この者たちをどう使うのか。
そして。
この者たちが。
何を見せるのか。
ローウェン小隊は。
まだ。
何者でもなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
ローウェン小隊宿舎の裏。
三人の男が。
壁際に立っていた。
暗闇の中。
煙草の先端だけが。
小さく赤く光っている。
グレゴール・バーデン。
テオ・ハーシェル。
ニコ・ベイル。
三人は煙草を吹かしながら。
静かな夜を過ごしていた。
やがて。
グレゴールが口を開く。
「おめぇら」
煙を吐く。
「あいつのこと、どう思ってんだ?」
テオが横を見る。
「あいつ?」
「ローウェンだよ」
「ああ」
テオは納得したように頷いた。
「ローウェン隊長のことですか?」
「そうだ」
グレゴールの声には。
明らかに不満が混じっていた。
「無方針だぁ?」
鼻で笑う。
「軍を舐めてやがる」
ニコは黙ったまま。
二人の会話を聞いている。
テオは。
少し考えた。
「そうですかね?」
グレゴールが横を見る。
「何?」
「私は良いと思いましたけど」
ニコもテオを見る。
「どうしてですか?」
テオは煙草を指に挟んだまま。
静かに答える。
「最初から自分の方針を押し付けるのではなく」
一度。
宿舎を見る。
「私たちの考えや動きを見てから、方針を決めるということなのでしょう」
「……」
「まだ会ったばかりですからね」
テオは続ける。
「私たちが何を得意としているのか。どういう人間なのか」
煙を吐く。
「ローウェン隊長は、それを知ってから決めようとしている」
グレゴールは。
黙って聞いていた。
「悪い考えではないと思いますよ」
少しの沈黙。
そして。
グレゴールが吐き捨てる。
「そんなんじゃあめぇってんだ」
吸っていた煙草を。
地面へ落とした。
靴で踏む。
火が消える。
「グレゴールさん?」
ニコが呼ぶ。
だが。
グレゴールは答えなかった。
そのまま。
宿舎へ向かって歩いていく。
二人が。
その背中を見送る。
やがて。
テオがしゃがみ込んだ。
グレゴールが踏み消した煙草を拾う。
「……」
ニコが不思議そうに見る。
「何してるんです?」
「片付けているんですよ」
「いや、それは分かりますけど……」
テオは。
吸い殻を手に。
立ち上がった。
そして。
グレゴールが消えていった方を見る。
「彼もまた」
「?」
「考えていることは、同じだと思うのですがね」
ニコが眉を寄せる。
「同じ?」
テオは答えない。
ただ。
小さく笑った。
「さて」
残っていた自分の煙草の火を消す。
「私たちも戻りましょうか」
「……はい」
ニコは。
もう一度。
グレゴールが去った方を見る。
軍を舐めている。
そう吐き捨てた男。
そして。
その男について。
考えていることは同じだと言ったテオ。
その意味は。
まだ。
ニコには分からなかった。
ローウェン小隊。
結成二日目。
十二人はまだ。
互いのことを。
ほとんど知らなかった。




