第二話 ローウェン小隊
アルメリア歴一七四年五月十五日。
リシアから小隊長を任された。
その翌日。
ラウルは一人、ローウェン小隊宿舎へ向かっていた。
今日。
自分の小隊へ、隊員たちが配属される。
昨日、リシアからそう説明を受けていた。
コルティオはすでに宿舎へ向かい。
引き渡しの確認と、隊員たちを迎える準備を進めてくれている。
(俺の小隊……)
歩きながら。
ラウルは改めて、その言葉を考える。
これまでも。
小隊の一員として戦ってきた。
仲間と共に戦い。
自分なりに考え。
必要なら意見も出した。
戦場では。
自分の判断で動いたこともある。
だが。
これからは違う。
同じ小隊員ではない。
自分の指揮下に置かれる部下。
自分が命令を出し。
自分の判断で動かす兵士たち。
その命を預かることになる。
(重大な責任だ)
階級が上がった。
小隊長になった。
それを喜ぶだけでは済まない。
自分の判断一つで。
誰かが生き。
誰かが死ぬこともある。
ラウルは一度。
胸元の少尉の徽章へ目を落とした。
そして。
前を見る。
気を引き締め。
ローウェン小隊宿舎へ向かった。
◇ ◇ ◇
「待ってたっすよ! ラウル!」
宿舎へ入るなり。
聞き慣れた声が飛んできた。
コルティオだ。
「もう準備は万端っす!」
室内には。
必要なものが一通り揃えられていた。
「すまないな、コルティオ」
ラウルは周囲を見る。
「任せてしまって」
「いいっすよ」
コルティオが胸を張る。
「これでも小隊副官っすから」
「頼もしいな」
「もっと言っていいっすよ」
「調子に乗るな」
「早いっす」
ラウルが小さく笑う。
コルティオも笑った。
「それより、まだ隊員の到着まで時間があるっす」
机の上に置かれた書類へ目を向ける。
「小隊員名簿でも確認するっすか?」
「ああ」
ラウルは頷いた。
「そうしよう」
椅子へ座る。
コルティオから名簿を受け取った。
紙を開く。
そこには。
これから自分が率いる者たちの名前が並んでいた。
「俺たちを入れて、小隊員は十二名だったな」
「そうっす」
コルティオが隣から名簿を見る。
「隊長のラウル、副官の僕」
そして。
一つの名前を指差した。
「それから、もう一人副官がいるっす」
「中尉だったな」
「そうっす」
ラウルもその名前を見る。
リシアから聞いていた。
もう一人の副官。
ラウルとコルティオ。
二人の経験不足を補うために配置された人物。
「ベルン・クラウゼル中尉」
コルティオが読み上げる。
「二十八歳。男性」
ラウルは黙って聞く。
「軍学校を二十歳で卒業。二十三歳で少尉。二十五歳で中尉」
さらに。
「小隊副官歴、四年っすね」
「四年か」
ラウルが名簿を見る。
二十八歳。
中尉。
小隊副官として四年。
自分より遥かに経験がある。
「その経歴なら」
ラウルが言った。
「副官ではなく、小隊長になっていてもおかしくないと思うが」
「僕もそう思ったっす」
「理由は分かるか?」
コルティオの表情が。
少しだけ変わった。
「先の戦争で」
名簿へ視線を落とす。
「クラウゼル中尉が所属していた小隊は壊滅したみたいっす」
ラウルの目が止まる。
「壊滅?」
「はいっす」
コルティオの声も。
先ほどより静かだった。
「生き残ったのは、クラウゼル中尉だけみたいっすね」
「……そうか」
ラウルは。
もう一度、その名前を見る。
ベルン・クラウゼル。
二十八歳。
中尉。
四年間。
副官として小隊を支えてきた。
その小隊が。
先の戦争で壊滅。
生き残ったのは。
自分だけ。
(おそらく、それが原因か)
なぜ。
十分な経験を持つ中尉が。
新任の少尉である自分の副官として配置されたのか。
その理由の一端は。
そこにあるのかもしれない。
だが。
ラウルはそれ以上。
勝手に決めつけることはしなかった。
ただ。
何かを抱えている。
そんな気がした。
「他の隊員は?」
「あとは少尉が二人っす」
コルティオが次の名前を見る。
「グレゴール・バーデン少尉」
指を動かす。
「エレナ・ローフェンス少尉」
「少尉が二人か」
「バーデン少尉は三十八歳」
コルティオが少し驚いたように言う。
「超古参兵っすね」
「三十八で少尉……」
ラウルも名前を見る。
若くして少尉となった自分とは。
まるで違う軍歴を歩んできた男。
「ローフェンス少尉は二十三歳。女性っす」
「二十三」
「軍歴を見ても、僕たちからすれば先輩少尉って感じっすね」
「なるほど」
ベルン・クラウゼル中尉。
グレゴール・バーデン少尉。
エレナ・ローフェンス少尉。
年齢も。
軍歴も。
立場も違う。
そして。
そのほかの隊員たち。
コルティオから一人ずつ説明を受け。
ラウルは名簿へ目を通していった。
やがて。
予定されていた時間が近づく。
「そろそろっすね」
「ああ」
ラウルは名簿を閉じた。
初めて。
自分の部下たちと顔を合わせる。
「行こう」
「はいっす」
二人は。
宿舎の外へ向かった。
◇ ◇ ◇
宿舎前。
すでに。
隊員たちと思われる一団が集まっていた。
年齢も違う。
体格も違う。
表情も違う。
その全員が。
今日から。
ローウェン小隊の一員となる。
コルティオが前へ出た。
「整列!」
その声で。
集まっていた者たちが動く。
列を整え。
姿勢を正す。
そして。
一斉に敬礼した。
その中から。
一人の男が前へ出る。
「クラウゼル中尉以下十名」
ラウルを見る。
「本日よりローウェン小隊に配属となり、着任いたしました」
ベルン・クラウゼル。
ラウルは初めて。
その男を直接見る。
二十八歳。
落ち着いた表情。
姿勢にも隙がない。
四年間。
小隊副官を務めてきた男。
「ローウェン小隊」
ラウルが口を開く。
全員の視線が。
自分へ集まった。
「隊長のラウル・ローウェン少尉だ」
一瞬。
緊張する。
だが。
声には出さない。
「自己紹介は、明日改めて行う」
隊員たちを見る。
「今日は宿舎で休んでくれ」
そして。
隣へ目を向けた。
「シルフォード少尉。頼む」
「はい!」
コルティオが前へ出る。
隊員たちを見る。
「コルティオ・シルフォードだ」
先ほどまで。
ラウルと話していた時とは違う。
少しだけ。
硬い声。
「これから宿舎を案内する」
一度、宿舎へ目を向ける。
「ついてきてくれ」
隊員たちが動き出す。
コルティオを先頭に。
宿舎へ入っていく。
その時。
一人だけ。
列から外れた。
ベルンだった。
ラウルの前へ歩いてくる。
そして。
姿勢を正し。
敬礼した。
「ベルン・クラウゼル中尉です」
「はい」
「ローウェン隊長」
ベルンは真っ直ぐにラウルを見る。
「本日より、よろしくお願いします」
丁寧な挨拶だった。
ラウルも敬礼を返す。
「ラウル・ローウェン少尉です」
そして。
ベルンを見る。
自分より年上。
階級も上。
軍歴も長い。
その相手が。
自分を隊長と呼んでいる。
「隊長とはいえ、階級はあなたの方が上です」
ベルンが僅かに目を動かす。
「俺は、まだまだ経験が浅い」
ラウルは続けた。
「どうか、助力をお願いします」
ベルンは。
少しだけラウルを見た。
ラウルが手を差し出す。
一瞬の後。
ベルンもその手を取った。
「もちろんです」
二人は。
握手を交わした。
小隊長。
そして。
その経験不足を補う副官。
ローウェン小隊は。
まだ。
始まったばかりだった。
◇ ◇ ◇
宿舎の案内も終わり。
隊員たちがそれぞれの部屋へ入った頃。
コルティオがラウルの部屋へやってきた。
「疲れたっす……」
椅子へ腰を下ろす。
「堅苦しい言葉遣いは苦手っす」
ラウルが笑った。
「ちゃんと少尉してたぞ」
「本当っすか?」
「ああ」
「ならよかったっす」
コルティオが机に身体を預ける。
「でも、ずっとあれは無理っす」
「慣れろ」
「ラウルに言われたくないっす」
「何でだ」
「ラウルも隊長っぽい喋り方、ちょっと硬かったっすよ」
「……そうか?」
「そうっす」
二人が顔を見合わせる。
そして。
小さく笑った。
まだ。
慣れていない。
ラウルも。
コルティオも。
昨日まで。
小隊を率いる立場ではなかった。
だが。
今日からは違う。
コルティオが言った。
「明日は自己紹介と、小隊方針の説明っすね」
「ああ」
「明後日から訓練開始」
ラウルが頷く。
「クラウゼル中尉とも、明日の朝に話しておかないとな」
経験のある副官。
まずは。
彼と話す必要がある。
ローウェン小隊を。
どんな小隊にするのか。
どう訓練するのか。
どう役割を分けるのか。
決めることは。
いくらでもある。
「ラウル」
コルティオが呼んだ。
「何だ?」
いつもの調子とは少し違う。
コルティオは笑っていた。
「頑張ろうね」
ラウルは。
少しだけ目を細めた。
軍学校から。
ずっと隣にいる男。
これからは。
自分の副官として。
同じ小隊を作っていく。
「ああ」
ラウルも笑った。
「頼りにしてるよ」
ローウェン小隊。
十二名。
まだ。
名前が集まっただけの小隊。
互いのことも知らない。
どう戦うのかも。
どんな小隊になるのかも。
まだ何も決まっていない。
その最初の日が。
静かに始まった。




