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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第五十九話 届かぬ手

戦場から遠ざかるように。


ダールトンとクラウスは、わずかな手勢を連れて南東へ進んでいた。


後ろを振り返る者はいない。


振り返ったところで。


そこに残してきた軍へ戻ることなど、もうできなかった。


目指すのは南東。


ドーハ山。


山へ入り。


そのまま山伝いに進み、ゴルディア帝国領へ抜ける。


それがダールトンたちの考えていた逃走経路だった。


「ダールトン」


歩きながら、クラウスが口を開く。


「なんだ」


「帝国へ亡命した後は、どうするつもりだ?」


ダールトンは足を止めなかった。


「ルドルフ・ラプターに会う」


「……帝国四柱の一人か?」


「ああ」


ダールトンの声には苛立ちが滲んでいた。


「そもそも、奴が仕組んだ策が悪かったのだ」


クラウスがダールトンを見る。


「帝国軍が王国軍を破り、そのまま北上する。そういう話だった」


ダールトンは吐き捨てるように続けた。


「それがどうだ。帝国軍は敗れ、シュトライザー軍までこちらへ来た」


拳を握る。


「責任は取ってもらう」


「……」


クラウスは何も答えなかった。


だが。


胸の奥に、小さな不安が生まれていた。


帝国へ逃げる。


その帝国の大将軍を相手に。


自分たちを受け入れてもらう立場でありながら。


策が悪かった。


責任を取れ。


ダールトンはそう言っている。


(大丈夫なのか……?)


クラウスは初めて。


帝国へ辿り着いた後のことを考えた。


亡命さえできれば終わりではない。


その先もある。


本当に帝国は自分たちを受け入れるのか。


ダールトンの持つ情報に、それだけの価値があるのか。


そして。


帝国へ行ったところで。


この男についていけば、自分は助かるのか。


クラウスは。


答えを出せなかった。


◇ ◇ ◇


「見えたぞ」


兵士の声。


前方。


木々の向こうに。


大きく連なる山が見え始めていた。


ドーハ山。


ダールトンが顔を上げる。


「あそこまで行けばいい」


山へ入れば。


平地より遥かに見つかりにくくなる。


そのまま山中を抜ければ。


帝国領へ近づける。


「急げ」


ダールトンが言う。


「山へ入るぞ」


一行の歩みが速くなる。


あと少し。


あと少しで身を隠せる。


そう思った時だった。


「――そなたら!」


全員の足が止まった。


山の方から。


声が響いた。


「所属はどこだ!」


「……!」


ダールトンがすぐに身を伏せた。


近くの木へ身体を隠す。


だが。


クラウスと数人の兵士は。


すでに姿を見られている。


「まずい……」


兵士が呟く。


クラウスも山の方を見る。


木々の間に。


人影がある。


一人ではない。


(王国軍か)


ここまで来て。


クラウスは歯を食いしばった。


「クラウス」


隠れたダールトンが小声で呼ぶ。


クラウスが振り向く。


ダールトンは何も言わない。


ただ。


何とかしろ。


その目がそう言っていた。


クラウスは近くの兵士へ目を向ける。


「答えろ」


「何と……?」


「王国軍だと言え」


兵士が目を見開く。


「早くしろ」


兵士は前を向いた。


「王国軍の者だ!」


山へ向かって叫ぶ。


「敵を追ってここまで来た!」


少しの沈黙。


返事はない。


クラウスはじっと山の方を見る。


やがて。


微かに声が聞こえた。


何を言っているのかまでは分からない。


だが。


誰かが指示を出している。


その直後。


山側にいた兵士たちが動いた。


一箇所に固まったままではない。


左右へ広がっていく。


こちらを囲むように。


少しずつ。


近づいてくる。


木の陰からダールトンがその様子を見る。


(まずい)


近づかれれば。


顔を確認される。


所属を確認される。


そして。


自分がここにいることも見つかる。


(見つかってしまえば逃げられん)


クラウスも考えていた。


どうする。


このまま王国軍のふりを続けるか。


近づいてきたところを襲うか。


それとも。


別の方向へ逃げるか。


だが。


相手はすでに広がり始めている。


判断を誤れば。


全員捕まる。


「ダールトン……」


クラウスが振り返ろうとした。


その瞬間だった。


「敵だ!」


ダールトンの声が響いた。


クラウスの目が見開かれる。


「なっ――」


「敵だ! 打ち取れ!」


突然の叫び。


周囲の兵士たちも混乱する。


「敵!?」


「どこだ!」


「構えろ!」


反射的に。


兵士たちが剣を抜いた。


「待て!」


クラウスが叫ぶ。


だが。


遅かった。


山側から近づいていた兵士たちにも。


こちらが剣を抜いた姿は見えていた。


先ほどまで。


王国軍だと名乗っていた者たちが。


突然武器を構えた。


その瞬間。


ダールトンは動いていた。


「行くぞ!」


自分の近くにいた数人の兵士を連れ。


その場から離れる。


「ダールトン!?」


クラウスが振り向いた時には。


ダールトンはもう走り始めていた。


「何を――!」


クラウスは理解した。


ダールトンは。


自分たちを囮にした。


「くそっ……!」


周囲の兵士たちは混乱したまま剣を構えている。


そして。


山側の一団から声が飛んだ。


「捕らえろ!」


兵士たちが一斉に向かってくる。


「違う!」


クラウスが叫ぶ。


だが。


もう止まらない。


味方は武器を抜いている。


ダールトンは逃げた。


そして自分は。


敵として残された。


「くそっ!」


クラウスも剣を抜く。


迫ってきた兵士の剣を受ける。


「ぐっ!」


弾く。


別の兵士が横から迫る。


身体を捻って避け。


剣を振るう。


「裏切られた……!」


ダールトンの姿は。


もう見えない。


「俺を……!」


クラウスは剣を握り締めた。


「囮にしたのか!」


その時。


前方の兵士たちが左右へ分かれた。


二人の男が歩いてくる。


クラウスの動きが止まった。


「……お前たちか」


見覚えがある。


一人は。


バルム・カートリック。


もう一人は。


ノイヤー・アシック。


ノイヤーがクラウスを見た。


「ドルドウィン旅団長」


剣を向ける。


「クラウスだな」


クラウスは答えない。


ノイヤーは僅かに笑った。


「まさか本当に現れるとはな」


そして。


隣を見る。


バルム。


ノイヤーの視線を受けても。


バルムは何も言わなかった。


クラウスは二人を見る。


「……読んでいたのか?」


ノイヤーが肩を竦める。


「俺じゃない」


親指で隣を示した。


「バルムがここだと動かなくてな」


クラウスの視線がバルムへ移る。


バルムは相変わらず。


黙って周囲を見ていた。


ノイヤーが再びクラウスを見る。


「大人しく投降しろ」


周囲には王国兵。


逃げ道はない。


「もう逃げられはしない」


クラウスは。


ゆっくりと周囲を見た。


残った手勢。


王国軍。


そして。


ダールトンが消えた方向。


(……俺を置いていった)


あれだけ従った。


王国軍を裏切った。


旅団を率いてダールトン側についた。


それでも。


最後には。


囮にされた。


クラウスは剣を見る。


ここから抵抗して。


何になる。


ダールトンはもういない。


ダールトンの軍も崩れている。


帝国へ行くこともできない。


何より。


自分を捨てた男のために。


ここで死ぬ理由が。


もう見つからなかった。


クラウスは剣を落とした。


そして。


両手を上げる。


「……投降する」


周囲の兵士たちが剣を向けたまま近づく。


クラウスが残った手勢へ言う。


「お前たちもだ」


「旅団長……」


「武器を捨てろ」


一人。


また一人。


剣が地面へ落ちる。


戦闘は止まった。


◇ ◇ ◇


「……ダールトンはどこだ?」


不意に。


バルムが口を開いた。


クラウスは答えない。


バルムは周囲を見渡す。


倒れた兵士。


投降した者。


木々。


そして。


その向こう。


ノイヤーが眉を寄せた。


「どういうことだ?」


バルムは答えなかった。


クラウスを見る。


だが。


クラウスは口を閉ざしたまま。


何も話そうとしない。


バルムは視線を上げる。


山。


木々。


地面。


そして。


一方向へ目を向けた。


次の瞬間。


「行くぞ」


「は?」


バルムは自分の旅団兵へ合図する。


兵士たちが動き始めた。


「おい」


ノイヤーが呼ぶ。


バルムは止まらない。


「おい、バルム!」


歩みが速くなる。


そして。


走り出した。


「どこに行く!?」


ノイヤーの声が響く。


だが。


バルムは振り返らなかった。


何かを追うように。


自らの旅団兵を連れ。


そのまま木々の向こうへ消えていく。


「バルム!」


ノイヤーの声は。


もう。


バルムには届かなかった。

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