第五十八話 忠義の男
ユリウス旅団とマティアス旅団は、正面からドルドウィン旅団と激突していた。
先ほどまで両軍の間を埋めていた傭兵たちは、もうほとんど残っていない。
逃げ場を失い、エンデヴァー軍へ追い立てられ。
その多くが倒れた。
そして今。
その向こうにいたドルドウィン旅団と、直接剣を交えている。
「押せ!」
ユリウスが剣を振りながら叫ぶ。
「敵は少ない!」
周囲を見る。
ドルドウィン旅団の兵士たちは抵抗を続けている。
だが、数ではこちらが上だ。
「一人で相手をするな!」
ユリウスが声を張り上げた。
「多数で囲め! 一人ずつ確実に倒せ!」
「おお!」
兵士たちが応える。
一人の敵兵へ二人。
三人。
無理に正面から打ち倒そうとはせず、左右から囲み込む。
ドルドウィン旅団の兵士が一人、また一人と倒れていった。
少し離れた場所では。
マティアスが前線を駆けていた。
「ぐっ!」
味方の兵士が倒れる。
その前に立った敵兵が剣を振り上げた。
「させるか!」
マティアスが右から飛び込む。
そのまま敵兵の脇腹を蹴り飛ばした。
「ぐぁっ!」
敵兵の身体が横へ流れる。
「立て!」
倒れていた兵士へ叫ぶ。
だが。
すぐに別の敵兵が迫った。
剣が振られる。
マティアスは剣を合わせた。
金属音が響く。
「っ!」
力を受け流しながら一歩踏み込む。
そして。
敵兵の足を払った。
「うわっ!」
身体が地面へ倒れる。
マティアスは迷わなかった。
剣を逆手に持ち替え。
倒れた男の背中へ突き立てる。
「ぐっ……!」
身体から力が抜けた。
マティアスは剣を引き抜き、すぐに前を見る。
次の敵を探す。
だが――。
「……ん?」
戦いながら。
違和感を覚えた。
敵兵は戦っている。
弱くもない。
一人一人を見れば、十分に訓練された兵士だ。
それなのに。
(なんだ?)
動きがばらばらだった。
前へ出る者。
その場で戦う者。
後ろを気にする者。
互いに支え合う動きがほとんどない。
(規律がない)
先ほどまでの傭兵ほどではない。
だが。
旅団として戦っているようには見えなかった。
マティアスは周囲を見る。
(指揮官は?)
指示を飛ばしている者を探す。
旗を見る。
兵の動きを見る。
だが。
見つからない。
「ユリウス!」
敵兵を押し返しながら、ユリウスの方へ向かう。
「なんだ!」
「指揮官はいたか!?」
「指揮官?」
ユリウスも周囲を見る。
戦場を見渡す。
やがて眉を寄せた。
「……いや」
「やっぱり?」
「ああ」
ユリウスは前方を見ながら答える。
「見当たらない」
少し考える。
「いても大隊長クラスだ」
マティアスも敵軍を見る。
「旅団長がいない?」
「分からん」
ユリウスが答える。
「だが、この動きは変だ」
二人とも。
同じ違和感を感じていた。
傭兵団は逃げていた。
ドルドウィン旅団は、それを後ろから追い立てていた。
そのドルドウィン旅団と今戦っている。
だが。
肝心の指揮官が見当たらない。
「……何かあるかもな」
マティアスが言う。
「ああ」
ユリウスは頷いた。
だが。
今ここで止まる理由にはならない。
敵は崩れ始めている。
ならば。
押す。
「前進を続ける!」
ユリウスが叫んだ。
そして近くの兵士を呼び止める。
「おい!」
「はっ!」
「シュトライザー大将へ伝令!」
兵士が姿勢を正す。
「ドルドウィン旅団と交戦中! 敵は統制を失いつつあり、だが指揮官を確認できないと伝えろ!」
「はっ!」
兵士が戦場を離れていく。
ユリウスは剣を構え直した。
「行くぞ!」
「おう!」
二人は再び前へ出た。
◇ ◇ ◇
その頃。
シュトライザー軍もまた、公爵軍との戦闘に入っていた。
前方には民兵。
その後ろには騎士団。
ライオの命令によって。
民兵たちは騎士団に追い立てられるようにして、シュトライザー軍へ向かっていた。
「前へ出ろ!」
騎士が叫ぶ。
「進め!」
だが。
民兵たちの多くは。
もう戦おうとはしなかった。
目の前に見える王国軍。
整然と前進してくる兵士たち。
その姿を見た瞬間。
一人の民兵が横へ走った。
「おい!」
騎士が叫ぶ。
「戻れ!」
戻らない。
そのままシュトライザー軍を避けるように走っていく。
それを見て。
別の民兵も逃げた。
さらに一人。
また一人。
「逃げろ!」
誰かが叫ぶ。
それを境に。
民兵たちが次々と戦列から離れていった。
「止まれ!」
騎士たちが制止する。
だが。
もう止められない。
シュトライザー軍へ向かう者より。
左右へ逃げていく者の方が多くなっていく。
その様子を見ても。
王国軍は無理に追わなかった。
「逃げる民兵は追うな!」
命令が飛ぶ。
ローフェンス旅団。
サーペイン旅団。
ハーネス旅団。
三つの旅団は。
戦場から離れていく民兵を深追いせず。
目の前に残った敵へ集中した。
◇ ◇ ◇
「来るぞ!」
騎士の一人が叫ぶ。
前方。
ハーネス旅団とローフェンス旅団が迫っている。
「構えろ!」
騎士たちが武器を構えた。
民兵とは違う。
ダールトン・ドルドウィンに仕えてきた騎士たち。
一人一人の技量は高い。
迫ってきた王国兵の剣を受け。
押し返す。
別の兵士へ斬りかかる。
「ぐっ!」
王国兵が倒れる。
だが。
「囲め!」
すぐに別の兵士が入る。
右から。
左から。
さらに正面から。
騎士一人へ、複数の王国兵が殺到する。
「くそっ!」
一人を押し返しても。
次が来る。
剣を受ければ。
横から別の兵士が斬り込む。
実力では抗えても。
数の差までは覆せない。
一人。
また一人。
ドルドウィンの騎士が倒れていった。
ハーネス旅団とローフェンス旅団が。
騎士団を押し潰すように前へ進んでいく。
そして。
その隙間を。
別の旅団が抜けた。
サーペイン旅団。
先頭を進むリボクが剣を掲げる。
その先。
公爵軍本軍が見えている。
「ここを抜ければ!」
リボクが叫ぶ。
兵士たちが前を見る。
「私たちの勝利だ!」
剣を前へ向けた。
「一気に押し込むぞ!」
「おおおおお!!」
サーペイン旅団が突撃した。
◇ ◇ ◇
残された公爵軍は。
すでに一つの軍として機能しなくなりつつあった。
民兵は逃げた。
騎士団はシュトライザー軍に押されている。
傭兵団はエンデヴァー軍に打ち倒された。
ドルドウィン旅団も戦闘中。
そして。
ダールトンはいない。
クラウスもいない。
それでも。
「まだ終わってはおらんわ!」
怒声が響いた。
サーペイン旅団の兵士が振り向く。
一人の男がいた。
ライオ・ドルナー。
剣を握り。
一人。
その場に立っている。
「来い!」
王国兵が斬りかかる。
ライオが踏み込んだ。
剣が交差する。
次の瞬間。
「ぐぁっ!」
王国兵が斬り飛ばされた。
「次!」
もう一人が向かう。
ライオは剣を受ける。
そのまま弾き。
胴を斬る。
一人。
また一人。
ライオの周囲へ倒れていく。
「何だ、こいつ……!」
兵士たちの足が止まった。
ライオは構わず前へ出る。
長年。
騎士として戦ってきた。
騎士団長まで上り詰めた。
その剣は。
伊達ではなかった。
迫る兵士を斬り。
次の兵士の剣を受け流し。
さらに一人を倒す。
最後の抵抗とばかりに。
ライオは剣を振るい続けた。
「止まれ!」
声が飛んだ。
リボクだった。
「無闇に出るな!」
兵士たちが動きを止める。
「敵指揮官だ!」
リボクはライオを見る。
「囲め!」
サーペイン旅団の兵士たちが動く。
一斉には近づかない。
一定の距離を保ち。
ライオを中心に円を作っていく。
前。
後ろ。
左右。
逃げ道が塞がれる。
ライオは周囲を見る。
そして。
笑った。
「……ふっ」
リボクが剣を向ける。
「武器を捨てろ!」
ライオは答えなかった。
代わりに。
大きく息を吸う。
「時間の無駄であったな!」
リボクの眉が動く。
「何?」
ライオは声を張り上げた。
「ここにはもう!」
周囲の兵士たちを見る。
「公爵様たちはおらぬ!」
「……!」
リボクが周囲を見る。
指揮場。
本陣。
逃げていく兵。
確かに。
それらしい姿は見えない。
ダールトン・ドルドウィン。
クラウス・ドルドウィン。
どちらもいない。
「逃げたのか……?」
リボクが呟く。
そして。
すぐにライオへ視線を戻した。
ライオは剣を握ったまま立っていた。
自分が何のために残ったのか。
もう。
十分だった。
ダールトンがどこまで逃げたのかは分からない。
クラウスも。
帝国まで辿り着けるのか。
それも分からない。
だが。
自分は。
ここまで王国軍を引きつけた。
時間を稼いだ。
それだけでいい。
ライオは剣を持ち直した。
「我が名は――!」
声が戦場へ響く。
「ライオ・ドルナー!」
兵士たちが男を見る。
ライオは胸を張った。
これまで。
ダールトンから。
最後まで名前を呼ばれることはなかった。
騎士団長。
そう呼ばれ続けた。
だが。
今。
自分自身の名を。
自ら名乗った。
「最後の命!」
剣先を下へ向ける。
リボクが異変に気づく。
「待て!」
だが。
ライオは止まらなかった。
「やり遂げましたぞ!」
両手で握った剣を。
自らの腹へ向ける。
そして――。
突き刺した。
「ぐっ……!」
身体が震える。
兵士たちが息を呑んだ。
剣を握る手から。
少しずつ力が抜けていく。
ライオは。
最後まで剣を離さなかった。
公爵のために手を汚し。
自分の地位を守るために生き。
最後には。
その公爵に置き去りにされた男。
それでも。
与えられた最後の役目だけは。
投げ出さなかった。
ライオ・ドルナー。
その男は。
自ら選んだ主君への忠義を最後まで捨てることなく。
静かに。
その場へ崩れ落ちた。




