第五十七話 合流
「報告!」
進軍を続けるシュトライザー軍。
その先頭から戻ってきた伝令兵が、ヴァレンのもとへ駆け込んだ。
「エンデヴァー軍と、ドルドウィン公爵軍と思われる戦闘地帯を発見!」
ヴァレンの表情が変わった。
「間違いないか?」
「はっ! 現在も交戦している模様です!」
「……そうか」
ヴァレンは小さく息を吐いた。
バルムとノイヤーから届いていた先行報告でも、エンデヴァー軍は未だ公爵軍と交戦しているという話だった。
帝国軍との戦いを終え。
軍を再編し。
ここまで急いできた。
だが。
間に合うのか。
その不安はずっとあった。
七日ほど前に出された伝令。
その時点ですでに、エンデヴァー軍は公爵軍と交戦していた。
そこから今日まで。
どれだけの戦いが続いていたのか。
ヴァレンには分からない。
それでも。
まだ戦っている。
(間に合ったか)
ようやく。
肩に乗っていたものが、僅かに軽くなった気がした。
だが。
まだ終わってはいない。
ヴァレンは前方を見た。
「このまま前進!」
周囲の兵士たちが動く。
「我々も戦場を目視できるところまで進むぞ!」
「はっ!」
命令が次々と伝わっていく。
シュトライザー軍は。
エンデヴァー軍の戦う戦場へ向けて、さらに歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
公爵軍本陣。
いや。
既にそこを公爵軍本陣と呼んでいいのか。
ライオには分からなかった。
ダールトンはいない。
クラウスもいない。
二人はわずかな兵士を連れ、この軍を捨てて逃げた。
残されたのは。
ライオ。
騎士団。
ドルドウィン旅団。
傭兵団。
そして、未だ命令に従うかどうかすら分からない民兵たち。
それだけだった。
「傭兵団が逃げ始めています!」
兵士の報告に、ライオはすぐに答えた。
「ドルドウィン旅団を動かせ」
「はっ?」
「逃がすな」
兵士が一瞬、言葉を失う。
ライオは前方を指差した。
「逃げる傭兵を追え。エンデヴァー軍の方へ押し出せ」
「……承知しました!」
兵士が走っていく。
ライオは次にシュトライザー軍が現れた方向を見る。
「民兵も動かせ」
「しかし、民兵は……」
「騎士団を使え」
ライオが言った。
「騎士団に監視させながら、シュトライザー軍の方へ陣形を移動させろ」
「はっ!」
次々と命令を出す。
もう。
勝つための指揮ではなかった。
(少しでも)
ライオは拳を握った。
(少しでも時間を稼ぐ)
ダールトンが逃げるための時間。
クラウスが逃げるための時間。
自分が長年仕えた主君が。
少しでも遠くへ逃げられるように。
傭兵も。
民兵も。
騎士団も。
ドルドウィン旅団も。
残っているものは、すべて使う。
ライオは前方を見た。
「前進せよ!」
命令が響いた。
残された公爵軍が。
最後の戦いへ動き始めた。
◇ ◇ ◇
火は、ほとんど消えていた。
森を塞いでいた炎も弱まり。
兵士たちが土をかけ続けたことで、ようやく人が通れる場所ができている。
「警戒しろ!」
ユリウスが叫んだ。
その隣をマティアスが進む。
先ほどまで。
炎の向こうには傭兵団がいた。
火の弱まった場所から飛び込み。
こちらと戦っていたはずだ。
それが。
「……いないな」
マティアスが呟く。
「ああ」
ユリウスも前を見る。
突然。
傭兵団の姿が消えた。
押し返したわけではない。
潰走させたわけでもない。
自分たちから戦いを止め。
どこかへ下がった。
「何かあるかもしれん」
ユリウスが剣を握り直す。
「気を抜くなよ」
「分かってるって」
二人は兵士たちを率い、残った煙の中を進んだ。
視界が白く霞んでいる。
焦げた木々。
焼けた地面。
煙の臭い。
少しずつ。
その向こう側が見え始める。
そして。
「……ん?」
ユリウスが足を止めた。
遠く。
煙の向こうに。
何かが見える。
風に揺れている。
「旗……?」
目を凝らす。
一枚ではない。
いくつもの軍旗。
その中に。
見慣れたものがあった。
「王国軍旗……?」
マティアスも気づく。
「え?」
目を見開く。
そして。
さらにその隣。
風に靡く軍旗を見た。
「……来た」
「マティアス?」
「来たぞ!」
マティアスが叫んだ。
「援軍だ!」
周囲の兵士たちが顔を上げる。
「援軍だぞぉぉぉ!!」
その声が。
瞬く間に周囲へ広がった。
「援軍だ!」
「王国軍だ!」
「シュトライザー軍が来たぞ!」
兵士たちの声が上がる。
疲れていた顔が変わる。
何日も戦い続け。
いつ来るかも分からない援軍を待ち続けた。
それが今。
目の前にいる。
兵士たちの士気が、一気に跳ね上がった。
その時。
ユリウスが前方を見る。
「……来るぞ」
先ほど消えたはずの傭兵団。
その姿が再び見えた。
だが。
こちらへ攻めてきているわけではない。
「逃げてる?」
マティアスが眉を寄せる。
傭兵たちは明らかに乱れていた。
隊列もない。
互いの距離もばらばら。
こちらへ向かっているというより。
何かから逃げるように走っている。
ユリウスとマティアスは顔を見合わせた。
「追うぞ」
「ああ!」
二人はすぐに動いた。
「追撃!」
兵士たちが続く。
援軍の到着を知ったエンデヴァー軍が。
一気に前へ出始めた。
◇ ◇ ◇
「援軍が来たようだな」
声に。
クジルが振り返った。
オスヴァルトが指揮場へ入ってくる。
「あぁ」
クジルはもう一度、遠くに見える旗へ目を向けた。
「そのようだな」
その声は落ち着いていた。
だが。
表情には僅かな安堵が浮かんでいる。
「そっちは?」
「突然引いた」
オスヴァルトが答える。
「側面へ出てきた敵が、急に後退した」
「援軍に気づいたか」
「恐らくな」
そこへ兵士が駆け込んできた。
「報告!」
「申せ!」
「グラント旅団が追撃を開始しました!」
クジルの表情が変わる。
昨日。
決めた。
援軍を信じる。
それまで。
ここを死守する。
その援軍が。
本当に来た。
なら。
もう待つ必要はない。
「我々も前進する!」
「はっ!」
「ケルン旅団、フェルク旅団にも伝えろ!」
「直ちに!」
兵士が走っていく。
クジルはオスヴァルトを見る。
「オスヴァルト」
「ああ」
「行くぞ」
クジルは指揮場を出た。
守るための戦いは。
終わった。
ここからは――。
押し返すための戦いだった。
◇ ◇ ◇
「なんだ、なんだ!?」
マティアスが叫ぶ。
先ほどまで前方へ逃げていた傭兵たち。
その動きが突然変わった。
「こっちに来るぞ!」
逃げていた傭兵団が。
方向を変え。
エンデヴァー軍へ向かって走ってくる。
「構えろ!」
ユリウスが叫ぶ。
次の瞬間。
グラント旅団と傭兵団が激突した。
「うおおお!」
傭兵が剣を振るう。
マティアスが受け止めた。
「っ!」
強い。
逃げていたとは思えないほど、必死の一撃だった。
マティアスは剣を弾く。
そのまま踏み込み。
傭兵を斬り倒した。
「次!」
別の傭兵が向かってくる。
兵士たちも応戦する。
だが。
マティアスは戦いながら違和感を覚えていた。
(なんだ、こいつら)
陣形がない。
指揮もない。
ただ。
必死にこちらへ向かってくる。
敵を倒すために突撃しているというより。
(何かから逃げてる?)
そう見えた。
「マティアス!」
ユリウスの声。
「前を見ろ!」
「何だよ!」
マティアスが顔を上げる。
そして。
見えた。
傭兵たちの後方。
そこから。
軍勢が迫っている。
最初。
エンデヴァー軍の兵かと思った。
違う。
装備。
旗。
そして。
傭兵たちを前へ追い立てるような動き。
「あれは……」
ドルドウィン旅団。
「そういうことかよ!」
傭兵たちは逃げていた。
だが。
逃げる先を選べなかった。
後ろからドルドウィン旅団に追われ。
前にはエンデヴァー軍。
逃げ場を失った結果。
死に物狂いでこちらへ向かってきている。
マティアスが剣を構え直した。
「敵は逃げ場を失ってるぞ!」
周囲の兵士へ叫ぶ。
「死に物狂いで来る!」
傭兵が迫る。
「気を抜くな!」
「おお!」
ユリウスも剣を掲げた。
「陣形を崩すな! 正面から受け止めろ!」
エンデヴァー軍が構える。
逃げ場を失った傭兵たちが。
次々とぶつかってくる。
一人が倒れ。
また一人が倒れる。
逃げようとすれば。
後ろからドルドウィン旅団が迫る。
前へ進めば。
エンデヴァー軍がいる。
傭兵たちは。
完全に逃げ場を失っていた。
そして。
その数は急速に減っていった。
やがて。
傭兵たちの向こう側にいた軍勢が。
はっきりと見える。
ドルドウィン旅団。
ユリウスが剣を構えた。
マティアスも並ぶ。
互いに。
相手の姿を確認する。
もう。
間に逃げ惑う傭兵たちはほとんど残っていない。
そしてついに。
エンデヴァー軍と。
ドルドウィン旅団が――。
正面から激突した。




