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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第五十四話 瓦解

公爵軍の後方で、怒号が響き渡っていた。


「公爵様を出せ!」


「説明しろ!」


「俺たちは何のために戦ってるんだ!」


民兵たちは、もはや誰の命令にも従っていなかった。


前線とは逆方向へ流れ始めた人の群れは、止めようとする兵士たちを押し退け、公爵軍本陣へと迫っていく。


「止まれ!」


「武器を捨てろ!」


兵士たちが必死に制止する。


だが、その声に耳を貸す者はいない。


一人が走れば、その後ろから十人が続く。


十人が走れば、さらにその後ろから何十人もの民兵が続いた。


中には戦場から逃げ出す者もいる。


武器を捨て、その場に座り込む者もいる。


そして――。


本陣へ向かう者たちは、手に武器を握っていた。


昨日まで公爵のために戦っていた民兵たちが。


今は公爵軍へ刃を向けていた。


◇ ◇ ◇


「前線を下げるな!」


ライオは声を張り上げた。


「傭兵団をそのまま維持させろ! 敵を近づけるな!」


「はっ!」


前線では、先ほど送り込んだ傭兵団がエンデヴァー軍と対峙している。


そのさらに後方には騎士団が待機していた。


本来ならば。


この騎士団を使えば、迫ってくる民兵を力ずくで抑えることはできるかもしれない。


だが――。


ライオは決断できずにいた。


民兵たちは公爵軍の兵として、これまで共に戦ってきた者たちだ。


公爵に説明を求めている。


その者たちへ騎士団を差し向ければ。


もう後戻りはできない。


本当に。


味方同士で殺し合うことになる。


「騎士団長!」


兵士が駆け込んでくる。


「民兵が本陣へ向かっています!」


「分かっている!」


「止められません!」


「……っ!」


ライオが振り返る。


遠くからでも分かった。


人の群れがこちらへ向かってくる。


「公爵様を出せ!」


「話を聞け!」


怒鳴り声が近づいてくる。


兵士たちが壁を作って止めようとしているが、数が違いすぎる。


一部では既に斬り合いまで起きていた。


「騎士団長!」


再び判断を迫られる。


ライオは騎士団の方を見る。


動かすか。


騎士団を投入し、民兵を鎮圧するか。


だが。


その命令を出せば、多くの民兵が死ぬ。


それでも止めなければ、本陣まで呑み込まれる。


何より。


これほどの混乱をエンデヴァー軍に知られれば――。


前線まで一気に崩されかねない。


「……こんなところで」


ライオが呟いた。


迫ってくる民兵たちを見つめる。


「終わってしまうのか」


脳裏に、これまでのことが浮かんだ。


貴族軍が廃止されて以降。


ライオはダールトン・ドルドウィンに騎士として仕えてきた。


公爵の命令に従い。


必要ならば、自ら手を汚した。


正しいかどうかなど考えなかった。


自分の立場を守る。


公爵の下で上へ行く。


そのために必要なことをしてきた。


そして。


騎士団長まで上り詰めた。


それが今。


崩れようとしている。


「……運が尽きたか」


自嘲するように呟いた。


民兵たちは、もうすぐそこまで迫っている。


「公爵を出せ!」


「逃がすな!」


「俺たちに説明しろ!」


兵士たちが押される。


一人が倒された。


別の場所でも剣が振るわれる。


ライオは剣へ手をかけた。


もう。


騎士団を動かすしかない。


そう思った――。


その時だった。


「おおおおおおお!!」


右側から。


突然、大きな歓声が響いた。


「……何だ?」


ライオが振り向く。


兵士たちも。


民兵たちも。


一瞬、そちらを見る。


軍勢がいた。


こちらへ向かってくる。


その先頭。


ライオは男の姿を見つけた。


「……クラウス様?」


クラウス。


その後ろには、彼が率いる旅団が続いていた。


だが。


クラウスたちが向かっているのは前線ではない。


本陣へ迫る――。


民兵たちだった。


クラウスが剣を抜いた。


「歯向かう者は斬れ!」


次の瞬間。


クラウス旅団が民兵たちへ突撃した。


「なっ――」


民兵たちが反応するより早かった。


訓練された兵士たちが、一斉に民兵の集団へ襲いかかる。


「待て!」


「俺たちは――!」


言葉を最後まで言わせることすらなかった。


剣が振り下ろされる。


「ぐぁっ!」


民兵が倒れる。


隣にいた男が武器を構えた。


だが。


別の兵士が斬り伏せる。


「何しやがる!」


民兵たちも抵抗する。


しかし。


戦いにはならなかった。


数を頼りに戦ってきた民兵と。


統率された王国軍の旅団。


その差はあまりにも大きかった。


「やめろ!」


「逃げろ!」


「殺されるぞ!」


民兵の集団が崩れ始める。


それでも。


クラウスは止めなかった。


「前に出よ!」


剣を掲げる。


「歯向かうことは許さん!」


兵士たちがさらに前へ出る。


「死にたくなければ命令に従え!」


その声に。


民兵たちの動きが止まり始めた。


剣を落とす者。


膝をつく者。


逃げ出す者。


それでも抵抗しようとする者は――。


斬られた。


一人。


また一人。


倒れていく。


先ほどまで公爵へ説明を求めていた声は、もう聞こえない。


代わりに響くのは。


悲鳴。


命乞い。


逃げ惑う足音だけだった。


ライオは、その光景を黙って見ていた。


自分が決断できなかったことを。


クラウスは一切の迷いなく実行していた。


そして。


民兵たちが完全に抵抗を止める頃には。


その約半数が斬り殺されていた。


◇ ◇ ◇


その日の戦いで。


ドルドウィン公爵軍は大きく瓦解した。


民兵による暴動。


クラウス旅団による鎮圧。


多くの民兵が殺され。


混乱に乗じて戦場から逃げ出した者も少なくなかった。


残った民兵は――。


約千五百。


公爵軍を数で支えていた戦力は、一日で大きく失われた。


そして。


残った者たちも。


以前のように公爵のため、自ら進んで戦おうとはしなかった。


◇ ◇ ◇


「どうなっておる!?」


怒声が本陣に響いた。


ダールトン・ドルドウィンは、目の前に立つライオを睨みつけていた。


「申し訳ありません」


ライオは頭を下げる。


ダールトンの手には、飲み物の入ったカップが握られていた。


「申し訳ないで済むと思っておるのか!」


次の瞬間。


ダールトンがカップを投げつけた。


ライオは避けなかった。


鈍い音。


カップが額に当たり、地面へ落ちる。


「……っ」


額が切れ。


血が頬を伝った。


それでもライオは頭を下げたままだった。


「申し訳ありません」


「何があった!」


ライオは顔を上げる。


「民兵が暴動を起こしました」


ダールトンの表情が険しくなる。


「クラウス様の助力により鎮圧しましたが……」


ライオは僅かに言葉を止めた。


「民兵の約半数を失いました」


「……」


「さらに逃走した者もおります。現在、残っている民兵は約千五百です」


ダールトンの顔が歪んだ。


「貴様……!」


机を強く叩く。


「この責任は重いぞ、騎士団長!」


「……はい」


「民兵の命など惜しくはない」


ライオは黙って聞いている。


「問題は――」


ダールトンがライオを睨みつけた。


「奴らが使い物にならなくなったことだ!」


「……」


「帝国軍が来るまで、エンデヴァー軍をここへ釘付けにしておく。そのために集めた兵であろう!」


「……申し訳ありません」


「それを一日で半数も失い、残った者まで怯えさせた!」


ダールトンは苛立たしげに机を叩く。


「これでどうやって戦線を維持するつもりだ!」


ライオは何も言い返せなかった。


ダールトンにとって。


死んだ民兵の命そのものは問題ではない。


自らの計画を支えていた戦力が。


一日で大きく失われた。


そのことに怒っていた。


「申し訳……ありません」


ライオは再び頭を下げた。


ダールトンは苛立たしげに息を吐く。


そして。


南の方角へ目を向けた。


「それに……」


ライオが僅かに顔を上げる。


「帝国軍も何をしているのだ」


ダールトンは南を睨んでいた。


「そろそろこちらに連絡を寄越しても良い頃だろうに」


帝国軍からは、まだ何の知らせもない。


ジルライト軍を破ったのか。


シュトライザー軍はどうなったのか。


いつこちらへ来るのか。


何も分からない。


ダールトンは苛立ちを隠そうともしなかった。


その前で。


ライオは黙って立っていた。


額から流れた血が頬を伝う。


民兵の暴動。


戦力の減少。


ダールトンの怒り。


そして。


騎士団長である自分の責任。


(次こそ)


拳を強く握る。


(次こそは……)


失敗は許されない。


これ以上。


ダールトンの期待を裏切れば。


自分がどうなるか分からない。


貴族軍の廃止から今日まで。


自ら手を汚してでも守ってきた地位。


ようやく辿り着いた騎士団長という立場。


それを。


こんなところで失うわけにはいかない。


(この汚名を雪がなくては)


ライオは顔を上げた。


(もう負けられない)


その思いだけが。


今のライオを支えていた。

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