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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第五十三話 崩れる均衡

ライオは民兵たちを見渡した。


怒鳴り声は未だ収まっていない。


「説明しろ!」


「公爵様を呼べ!」


「俺たちは何のために戦ってるんだ!」


これ以上、自分がここに残っても状況は変わらない。


むしろ前線を止めたままにしておく方が危険だった。


ライオは側にいた兵士たちへ振り返る。


「お前たちはここに残れ」


「はっ!」


「民兵たちを落ち着かせろ。絶対に手を出すな」


兵士たちの表情に緊張が走る。


「ですが、騎士団長――」


「こちらから剣を抜けば終わりだ。何を言われても抑えろ」


「……承知しました」


ライオはもう一度、民兵たちを見る。


武器を握ったままの者。


怒鳴っている者。


仲間同士で何かを話している者。


今までの姿とはまるで違っていた。


ライオはその場を離れた。


指揮場へ戻ると、すぐに命令を出す。


「傭兵団を動かせ!」


周囲の兵士が振り向く。


「民兵の前へ出す。前線を埋めろ!」


「傭兵団をですか?」


「このまま前線を空けておくわけにはいかん!」


「はっ!」


兵士が走り出す。


ライオは戦場へ目を向けた。


(まずいな)


民兵たちが命令を拒否した。


一時的なものならまだいい。


だが。


もし、このまま使えなくなれば――。


(戦力が一気に落ちる)


公爵軍の数を支えている民兵。


その大部分が戦わなくなれば、これまでと同じ戦い方はできない。


そして。


(帝国軍を待つという選択肢もなくなる)


エンデヴァー軍をここへ留め続ける。


その間に帝国軍が北進してくるのを待つ。


だが、その前にこちらが崩れれば意味がない。


ライオは奥歯を噛んだ。


(最悪……)


ダールトンのいる本陣へ視線を向ける。


(ドルドウィン様を説得するしかない)


自分の言葉では、もう民兵たちは動かない。


ならばダールトン本人に出てもらう。


彼らの話を聞き。


直接、抑えてもらう。


そこまでしなければならない状況になりつつあった。


◇ ◇ ◇


一方。


公爵軍正面。


エンデヴァー軍ではオスヴァルトが前線を指揮していた。


「孤立するな!」


剣を振りながら声を張り上げる。


「味方との距離を保って対峙しろ!」


民兵が斬りかかってくる。


オスヴァルトは剣で受け流し、そのまま相手の身体を斬りつけた。


「相手は民兵だ! 焦るな!」


兵士たちが互いの距離を保ちながら前へ進む。


公爵軍の民兵も抵抗する。


だが。


オスヴァルトはすぐに違和感を覚えた。


(……弱い)


一人一人の強さではない。


敵の当たりそのものが弱い。


これまでなら。


前の民兵を押し返しても、その後ろから次の兵が出てきた。


数で押し込み。


倒しても。


押し返しても。


次々と前線を埋めてくる。


それが今日は――。


少ない。


オスヴァルトが前方を見る。


(後続が来ない?)


明らかに数が足りていない。


「どうなってる?」


小さく呟く。


敵の意図は分からない。


だが。


目の前の敵が少ないことだけは事実だった。


ならば。


「敵も少ない!」


オスヴァルトが剣を掲げた。


「押せ! 押せぇ!」


「おおおお!」


エンデヴァー軍の兵士たちが前へ出る。


民兵が押される。


オスヴァルト自身も前へ踏み込み、一人を斬り倒した。


「止まるな!」


さらに押す。


公爵軍の前線が少しずつ下がっていった。


◇ ◇ ◇


エンデヴァー軍本陣。


クジルは戦場をじっと見つめていた。


昨日。


ここを死守すると決めた。


その翌日。


目の前で起きている戦いは、昨日までとは明らかに違っていた。


「……少ないな」


クジルが呟く。


公爵軍前線。


民兵の数が少ない。


昨日までなら、もっと厚く並んでいた。


それが今日は薄い。


(揺動か?)


クジルは戦場全体へ目を向ける。


どこか別の場所へ兵を回したのか。


こちらを誘い込むつもりなのか。


単純に配置を変えただけなのか。


まだ判断できない。


その時。


「……ん?」


公爵軍後方で動きがあった。


左側。


後方に控えていた集団が移動を始めている。


装備を見る。


民兵ではない。


「傭兵団か」


後方にいた傭兵たちが左から回り込み、そのまま前線へ向かっている。


クジルはその動きを追った。


(配置変更?)


だが。


妙だった。


こちらの側面へ回ってくるわけではない。


挟撃を狙っているようにも見えない。


単純に前線へ兵を送り込んでいる。


(何だ?)


クジルの目が細くなる。


これまで公爵軍は、民兵を前へ出していた。


騎士団や傭兵団を温存しながら戦っている。


そう考えていた。


その傭兵団を。


今になって前へ出している。


(今までの戦い方と違いすぎる)


何かが変わった。


だが。


何が起きているのかまでは分からなかった。


◇ ◇ ◇


前線では。


オスヴァルト率いる兵士たちが、さらに民兵を押し返していた。


そこへ一人の兵士が駆け寄る。


「報告!」


「何だ!」


「左から軍が接近しています!」


オスヴァルトが剣を振るいながら振り向く。


「どこの軍だ!」


「装備から、傭兵団と思われます!」


「傭兵?」


オスヴァルトは敵兵を押し返し、左へ目を向けた。


遠くから集団が近づいている。


確かに民兵ではない。


(後ろにいた連中か)


ここで出してきた。


理由は分からない。


だが。


民兵と同じつもりでぶつかるわけにはいかない。


「一度立て直す!」


兵士たちが反応する。


「深入りするな!」


前へ出ていた兵士たちが足を止める。


「密集しろ!」


戦列が整えられていく。


オスヴァルトは傭兵団の動きを見続けた。


傭兵たちはエンデヴァー軍の側面へ回らない。


そのまま。


押されていた民兵の前へ入っていく。


「……」


民兵と交代するように。


前線を埋めていく。


(やっぱり変だな)


戦術的な配置変更。


そう言われれば、それまでだ。


だが。


昨日まで温存していた傭兵を出す理由が見えない。


民兵も少ない。


そして今。


その穴を傭兵で埋めている。


オスヴァルトは剣を握り直した。


今は考えている場合ではない。


「陣形を整えろ!」


兵士たちが前を見る。


「突撃準備だ!」


武器が構えられる。


「相手は傭兵団だ!」


オスヴァルトが叫ぶ。


「民兵と同じだと思うな! 気を抜くなよ!」


「おおおおお!!」


兵士たちの声が響いた。


◇ ◇ ◇


その頃。


公爵軍後方。


ライオから民兵の抑制を任された兵士たちは、完全に手を焼いていた。


「落ち着け!」


「話は後で聞く!」


「今は命令に従え!」


何を言っても。


民兵たちは聞こうとしない。


「公爵様を呼べ!」


「説明しろ!」


「何で俺たちが戦わなきゃならない!」


声は大きくなるばかりだった。


兵士たちも焦り始める。


その時。


民兵の一人が後方を見た。


「……おい」


その声に、周囲の者も振り向く。


傭兵団が動いていた。


自分たちの横を抜け。


前線へ向かっている。


「なんだよ、あれ……」


一人が呟く。


別の男が目を見開く。


「どうなってる!」


傭兵団は止まらない。


そのまま前線へ進んでいく。


「公爵様は……」


男の表情が歪む。


「まだあいつらを使うのか!」


「俺たちの話は聞かないのにか!?」


「何なんだよ!」


声が次々と重なる。


疑問だったものが。


疑いになり。


疑いだったものが。


怒りへ変わっていく。


「落ち着け!」


兵士が叫ぶ。


「傭兵団を動かしたのは前線を――」


「うるせぇ!」


民兵が怒鳴り返す。


もう。


説明を聞こうとする空気ではなかった。


一人の男が武器を地面へ放り投げた。


「もう知らねぇ!」


その場を離れていく。


「おい! 待て!」


兵士が呼び止める。


だが戻らない。


それを見た別の者も動いた。


「俺も帰る」


「ふざけるな! 持ち場へ戻れ!」


「知るか!」


一人。


また一人。


戦場から離れ始める。


その場に座り込む者もいた。


「俺はもう戦わん」


「俺もだ」


「公爵様が説明するまで動かねぇ」


兵士たちは対応しきれない。


離れる者。


座り込む者。


怒鳴る者。


武器を握る者。


民兵たちは、もはや一つの軍として動いていなかった。


「勝手に動くな!」


一人の兵士が民兵の腕を掴んだ。


「戻れ!」


「離せ!」


「命令だ!」


「離せって言ってんだろ!」


民兵が兵士の手を振り払う。


兵士が再び掴もうとした。


その瞬間。


剣が振られた。


「ぐぁっ!」


悲鳴。


兵士が地面へ倒れる。


周囲が止まった。


斬った民兵自身も。


一瞬。


動かなかった。


倒れた兵士から血が流れる。


誰かが叫んだ。


「やりやがった!」


兵士たちが武器を抜く。


それを見た民兵たちも、一斉に武器を構えた。


「俺たちを殺す気か!」


「違う! 武器を下ろせ!」


「もう騙されねぇ!」


怒号が飛び交う。


そして。


一人の民兵が叫んだ。


「公爵様に直接聞くぞ!」


その言葉で。


何人もの民兵が後方を向いた。


その先には――。


公爵軍本陣。


「行くぞ!」


民兵たちが走り出した。


「止まれ!」


兵士が叫ぶ。


止まらない。


一人。


十人。


さらにその後ろから。


多くの民兵が続いていく。


兵士たちを押し退け。


公爵本人に答えを求めるように。


民兵たちは本陣へ向かって走り始めた。


◇ ◇ ◇


その光景を。


遠く離れた丘から見ている男がいた。


フードを被った男。


ルクス・ウェイン。


丘の上からは、公爵軍の後方が見渡せた。


小さく見える人の群れ。


民兵たちが。


前線とは逆方向へ流れていく。


公爵軍本陣へ向かって。


ルクスは何も言わなかった。


ただ。


しばらくその光景を見つめていた。


やがて。


フードを深く被り直す。


そして背を向けた。


向かう先は――。


グレンデル。


ルクスは丘を駆け下りる。


その背後で。


これまで辛うじて保たれていた公爵軍の均衡が。


音を立てるように、崩れ始めていた。

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