第五十一話 決心
アルメリア歴174年4月10日。
グレンデル南部。
エンデヴァー軍とドルドウィン公爵軍の戦いは、未だ膠着状態にあった。
何度押し返しても、敵は再び前へ出てくる。
逆に公爵軍も、エンデヴァー軍の戦列を崩し切れない。
戦線そのものは大きく動いていない。
だが。
戦いが長引けば長引くほど、兵士たちの疲労だけが積み重なっていった。
エンデヴァー軍も例外ではない。
そして数日前から、公爵軍の戦い方にも変化が現れていた。
前線へ出てくる兵の多くが民兵となっている。
それまで戦っていた騎士団や傭兵団は後方へ下がり、積極的に前へ出てこなくなった。
そのため攻勢そのものは弱まっている。
エンデヴァー軍も押し切られることなく、戦線を維持できていた。
だが――。
それを好転と考える者はいなかった。
夜。
エンデヴァー軍本陣では、翌日の作戦について話し合いが続いていた。
「敵の数が全然減らない!」
マティアスの声が響く。
「民兵って言っても多すぎるよ! 倒しても倒しても出てくるじゃないか!」
「マティアス、落ち着け!」
ユリウスが制した。
「焦ったら向こうの思う壺だ」
「でもさ!」
「分かってる!」
二人の声がぶつかる。
「今まで耐えてきたんだ。ここで焦って崩れたら、それこそ何の意味もないだろ!」
「……っ」
マティアスは言い返そうとして、口を閉じた。
その様子を見ていたオスヴァルトが口を開く。
「だが、マティアスの言う通り、このままというわけにもいかない」
ユリウスがオスヴァルトを見る。
「敵の攻勢は明らかに弱まっている」
オスヴァルトは淡々と続けた。
「民兵を前へ出し、騎士団と傭兵団を後ろへ下げている。戦力を温存していると考えた方がいい」
レイモンドが眉を寄せた。
「……何かを待っている?」
「ああ」
オスヴァルトが頷く。
「攻め切るつもりなら、今まで通り騎士団や傭兵団を使えばいい。それをしないということは――」
「援軍を待っている」
レイモンドが言った。
少しの沈黙。
「援軍は、ドルドウィン旅団だけではないと?」
その問いに答えたのはクジルだった。
「帝国軍だな」
全員の視線がクジルへ向いた。
マティアスも。
ユリウスも。
レイモンドも。
一瞬、誰も口を開かなかった。
やがてオスヴァルトが頷く。
「……だろうな」
その表情は険しい。
「ジルライト軍を破り、そのまま北進して来る。そう考えていると見て間違いないだろう」
公爵軍が無理に攻めなくなった理由。
民兵を前へ出し、自分たちの主力を温存している理由。
帝国軍が来るまで、エンデヴァー軍をここへ縛り付ける。
そう考えれば筋が通る。
クジルは黙って聞いていた。
だが、その頭の中では別の戦いが続いていた。
(どうする)
自分たちはここにいる。
ドルドウィン公爵軍を相手にしている以上、ジルライト軍への援軍には行けない。
シュトライザー軍が援軍に成功したとしても――。
帝国軍は強大だ。
兵数でも劣っている。
(打ち勝てる可能性は低い)
最悪を考えなければならない。
もしジルライト軍とシュトライザー軍が敗れれば。
帝国軍は北進する。
そして、公爵軍と挟まれる。
その前に戦線を捨てるべきか。
王都へ帰還し、籠城する。
王都の防備を固め、帝国軍と公爵軍を迎え撃つ。
それならば、まだ戦える。
だが――。
ここを離れれば、公爵軍も自由になる。
自分たちが抑えていた軍が、そのまま王国の内側へ向かう可能性がある。
ならば。
ここを死守するか。
ジルライト軍とシュトライザー軍が帝国軍を追い返す可能性に賭ける。
どちらが正しい。
クジルは地図を見つめた。
「……」
決め切れない。
その時だった。
「信じませんか?」
静かな声がした。
クジルが顔を上げる。
先ほどまで言い合っていたユリウスとマティアスも、声のした方を見る。
アルトだった。
「何をだ?」
クジルが尋ねる。
アルトは真っ直ぐにクジルを見た。
「ジルライト軍やシュトライザー軍――」
一度、周囲を見る。
「王国軍を信じませんか?」
誰も口を挟まない。
「帝国軍より兵は少なくても、私たちは強い」
アルトの声に迷いはなかった。
「今までだって、王国軍は戦ってました。他の軍も、今この瞬間も戦っているはずです」
クジルは黙って聞いていた。
「必ず帝国軍を打ち倒してくれるはずです」
アルトは続ける。
「なら、私たちがやることも決まっていると思います」
その視線が地図上の公爵軍へ向いた。
「目の前の公爵軍を、ここに留める」
そして。
「ジルライト軍とシュトライザー軍を信じて、必ず来る援軍を待ちませんか?」
本陣が静かになった。
根拠があるわけではない。
帝国軍に勝ったという報告も届いていない。
援軍が来る保証もない。
それでも。
自分たちだけが王国軍ではない。
クジルは地図へ目を落とした。
ホーランス。
ヴァレン。
二人の顔が浮かぶ。
長く息を吐いた。
「……そうだな」
全員がクジルを見る。
「ホーランスやヴァレンが、必ず帝国軍を打ち倒してくれるだろう」
クジルは顔を上げた。
迷いは消えていた。
「ならば、我々がここで臆してはいられんな」
マティアスが僅かに笑う。
ユリウスも頷いた。
クジルは地図へ手を伸ばす。
「明日も戦線を維持する」
空気が変わる。
ここからは迷うための話ではない。
戦うための話だった。
クジルは翌日の配置について指示を始めた。
公爵軍をここから動かさない。
敵が何を待っていようと。
どれだけ民兵を送り込んでこようと。
戦線を明け渡さない。
そして――。
いずれ来る援軍を待つ。
いつ来るのかは分からない。
本当に来るという保証もない。
それでもクジルは決めた。
ホーランスを。
ヴァレンを。
そして、自分たちと同じ王国軍を信じる。
援軍が来る、その時まで。
この場所を――。
必ず死守する。




