第五十話 各地の情勢
アルメリア歴174年4月12日。
王都ラピタルには、各地から絶え間なく報告が届いていた。
中でも最も多くの者を緊張させていたのは、ゴルディア帝国との戦況だった。
帝国軍との戦いは続いている。
どちらが押しているのか。
どれほどの損害が出たのか。
新たな報告が届くたびに、王宮では何人もの人間がその内容に耳を傾けた。
だが。
今、王都を騒がせているのは帝国軍だけではなかった。
エンデヴァー軍から届いた報告。
その内容は、王国の内側を大きく揺るがすものだった。
ドルドウィン公爵、叛乱。
グレンデル南部において、エンデヴァー軍と交戦中。
敵国が攻め込んできたという話ではない。
王国でも有数の大貴族が、王国軍と戦っている。
その知らせは瞬く間に王宮を駆け巡った。
王宮の一室。
国王シャルル・アーヴァルト。
宰相レオニード・ヴァルステッド。
そしてハイム軍を率いるオーエン・ハイム。
三人は机を囲んでいた。
広げられているのはアーヴァルト王国の地図だった。
「援軍を出すべきだ」
シャルルが言った。
「エンデヴァー軍が公爵軍と交戦しているのなら、放ってはおけん」
レオニードはすぐには答えなかった。
地図へ目を落としたまま考えている。
シャルルもダールトンについて、何も感じていなかったわけではない。
以前から違和感はあった。
表向きは威厳のある公爵。
領民を気遣う姿を見せることもある。
王国の大貴族として振る舞いに不足があるようには見えなかった。
だが。
シャルルには、時折それがひどく歪に見えることがあった。
言葉は正しい。
振る舞いも正しい。
それなのに。
その奥にあるはずのものが、感じられない。
何かが欠けているような。
中身だけが抜け落ちているような。
そんな違和感だった。
それでも。
叛乱を起こすとまでは考えていなかった。
「……ドルドウィン」
シャルルが小さく呟く。
「何を考えている」
レオニードが顔を上げた。
「陛下。お気持ちは分かります」
「ならば――」
「ですが、現在こちらから援軍として出せるのはハイム軍だけです」
シャルルが黙る。
レオニードは続けた。
「ハイム軍を王都から出せば、ここに残る大きな戦力は近衛軍のみとなります」
「……」
「今、この国で何が起きているのか、まだ全容が分かっておりません」
ドルドウィン公爵だけなのか。
他にも協力者がいるのか。
王都そのものに何かが起こるのか。
まだ何も分からない。
「この状況でハイム軍まで動かせば、不測の事態に対応できなくなります」
オーエンも頷いた。
「私も宰相と同意見です」
シャルルがオーエンを見る。
「公爵の叛乱が事実であるなら、ここ王都も危険であると考えた方がよろしいかと」
「王都まで狙うと?」
「分かりません」
オーエンは即答した。
「だからこそ、ハイム軍を動かすべきではないと考えます」
シャルルは腕を組んだ。
エンデヴァー軍を救わなければならない。
だが。
王都を空けるわけにもいかない。
「……」
協議はまとまらなかった。
時間だけが過ぎていく。
その時だった。
「失礼します!」
扉が開いた。
兵士が慌ただしく入ってくる。
三人の視線が一斉に向いた。
「報告します!」
「申せ」
シャルルが促す。
「セルナース侯爵領、イシュラル、ランドルフにて暴徒が発生!」
レオニードの表情が変わる。
兵士は続けた。
「現在、セルナース侯爵率いる騎士団、及びモルドア王国国境に駐屯していたフェイン旅団が鎮圧中!」
「暴徒だと?」
シャルルが身を乗り出した。
「はい!」
報告はそれだけではなかった。
「さらに!」
兵士が息を整える。
「アーノルド公爵領、オスカーナでも戦闘が発生!」
「何?」
「ドルドウィン公爵派閥と思われる一軍と交戦中との報告です!」
部屋の空気が変わった。
グレンデル南部だけではない。
セルナース侯爵領。
アーノルド公爵領。
王国各地で、ほぼ同時に異変が起きている。
シャルルは地図へ視線を落とした。
「……どうなっている」
帝国軍との戦争。
ドルドウィン公爵の叛乱。
暴徒。
オスカーナでの戦闘。
次々と入ってくる情報に、全体像が見えない。
その隣で。
レオニードは地図を見つめていた。
グレンデル。
イシュラル。
ランドルフ。
オスカーナ。
そして――王都。
「……陛下」
レオニードが言った。
先ほどまでとは声が違った。
「これは揺動です」
シャルルが顔を上げる。
「揺動?」
「はい」
レオニードは地図上の各地を指す。
「各地で同時に騒ぎを起こす。エンデヴァー軍への援軍も必要になる。そうなれば我々は各方面へ兵を割かなければならない」
その指が最後に王都で止まった。
「王都に残るハイム軍を向かわせ、ここの戦力を削るつもりなのです」
シャルルの目が細くなる。
「ならば……」
「ああ」
レオニードは王都を指したまま言った。
「この王都にも、必ずドルドウィンの手の者がいるはずです」
一瞬。
誰も言葉を発しなかった。
遠くの戦場の話ではない。
この王宮の外。
今この瞬間にも、何者かが動いているかもしれない。
オーエンが口を開いた。
「現状、近衛長と連携して警備に当たっています」
「何か見つかったか?」
シャルルが尋ねる。
「いえ。今のところ不審な動向は確認できていません」
だが、オーエンの表情は緩まない。
「今後は王都で叛乱が起こる可能性も念頭に置き、警備に当たります」
「頼む」
「はっ」
シャルルは再び地図を見る。
そして、ふと思い出した。
「確か今は……」
レオニードを見る。
「大会議で集まった各都市の領主や代官が、まだ王都に集まっておったな?」
「はい」
レオニードが答える。
「各地の情勢が不安定なため、戻るための護衛を用意できません。現在も王都に留まっております」
「……そうか」
その言葉を聞いていたオーエンが、地図へ目を向けた。
各地で起きている異変。
そして本来そこを治める者たちは王都にいる。
「各地に領主や代官がいない間を狙われたようですね」
シャルルがオーエンを見る。
「意図的だと言うのか?」
「偶然と考えるには、出来すぎています」
オーエンはそう答えた。
シャルルの拳に力が入る。
大会議で各地の統治者が王都へ集まっている。
帝国軍が侵攻している。
王国軍の主力は各方面へ動いている。
そして、その隙にドルドウィン公爵が動いた。
セルナース侯爵領では暴徒。
アーノルド公爵領では公爵派と思われる軍。
エンデヴァー軍はグレンデル南部で交戦中。
それでも。
まだ分からない。
目的は何だ。
何を望んでいる。
なぜ、ここまで王国中を巻き込む。
シャルルは机を強く叩いた。
「いったい何を考えているのだ、公爵は!」
その声が部屋に響いた。
誰も答えることはできなかった。
王国の各地で何が起きているのか。
その一つ一つは、ようやく王都へ届き始めたばかりだった。




