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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第四十九話 闇夜の誘い

アルメリア歴174年4月14日。


日が落ちていた。


数刻前まで、怒号と剣戟が絶え間なく響いていた戦場。


今はもう、その音はない。


帝国軍を国境の向こうへ押し返した王国軍は、日が落ちる前に傷病者をザイースへ搬送していた。


治療を必要とする者から順に運ばれ、残った兵士たちは各部隊へ戻っている。


だが。


戦場には、まだ多くの者が残されていた。


泥に沈んだ剣。


折れた槍。


踏み荒らされた軍旗。


そして、その間に倒れる数多の死者。


王国兵も。


帝国兵も。


夕日に照らされていた戦場は、今は深い闇の中に沈んでいた。


王国軍の陣。


その一角には、まだ灯りが残っていた。


ヴァレン・シュトライザーとホーランス・ジルライトは、現存する各旅団長を呼び集めていた。


戦いには勝った。


だが、軍の損害は大きい。


戦死者。


負傷者。


指揮官を失った部隊。


まともに戦力を維持できない部隊もある。


各旅団長から、次々と報告が上がった。


ヴァレンはそれらを聞きながら、現在動かせる兵力を確認していく。


やがて報告が一段落した。


旅団長たちがそれぞれの陣へ戻っていく。


残ったのは、ヴァレンとホーランスだった。


机の上には各旅団から上がった報告が並んでいる。


ヴァレンはその一つを見た。


しばらく黙った後、口を開く。


「ホーランス」


「なんだ?」


「レオンは……残念だった」


ホーランスの目が止まった。


返事はすぐにはなかった。


やがて、小さく息を吐く。


「あれは俺の采配ミスだ」


ヴァレンは何も言わない。


「敵の戦力を推し量ることができなかった」


ホーランスはそう言ったまま、机の上の報告から目を上げなかった。


ヴァルディス旅団。


その名が書かれた報告には、失った兵の数が並んでいる。


そして。


そこにはもう、レオンはいない。


ヴァレンも慰めの言葉は口にしなかった。


戦場で何度も人を失ってきた二人だ。


何を言ったところで、死んだ者は戻らない。


少しの沈黙の後。


ヴァレンが尋ねた。


「ヴァルディス旅団はどうする?」


ホーランスは顔を上げた。


「損耗の少ない小隊は、他の旅団に編入する」


「残りは?」


「ばらつかせるしかないな」


旅団として残すには、あまりにも損害が大きい。


「分かった」


ヴァレンは別の報告へ手を伸ばした。


「とにかく再編を急ごう」


「ああ」


ヴァレンは報告を見ていた。


だが、ふと手を止める。


「……エンデヴァー軍が気になる」


ホーランスの表情が変わった。


「あぁ」


腕を組む。


「救援要請は出したが、返事もない」


「……」


「それに、クラウスも消えたままだ」


ヴァレンは眉を寄せた。


帝国軍との戦いに集中していたため、後回しにせざるを得なかった。


だが。


エンデヴァー軍から連絡がない。


クラウスも戻らない。


どちらも無視できることではない。


「何かあったか」


「だろうな」


ホーランスが答える。


「何があったかまでは分からんが」


二人とも、それ以上は言えなかった。


情報がない。


今できるのは、軍を動かせる状態に戻しておくことだけだった。


「まずは再編だ」


ヴァレンが言う。


「ああ」


二人は再び報告へ目を戻した。


夜が更ける頃。


ようやく軍の再編案がまとまった。


実際の編入と配置変更は明日から行う。


帝国軍がすぐに戻ってくる可能性も考え、国境砦の警戒も継続する。


二人はそれぞれ休息を取ることになった。


◇ ◇ ◇


そして。


深夜。


王国軍の警護を担当していたミュラー旅団。


暗闇の中で、見張りの兵士が何かに気づいた。


「……ん?」


遠くに人影がある。


一人。


こちらへ歩いてくる。


「誰だ!」


兵士たちが武器を構えた。


「止まれ!」


だが、人影は止まらない。


ふらついている。


一歩。


また一歩。


今にも倒れそうになりながら、こちらへ近づいてくる。


「待て!」


別の兵士が目を凝らした。


「……味方だ!」


兵士たちが駆け寄る。


王国軍の軍服だった。


「おい!」


身体を支える。


その姿を見て、兵士たちの顔色が変わった。


傷だらけだった。


軍服は裂け、血と泥にまみれている。


呼吸も荒い。


「大丈夫か!」


伝令兵は顔を上げようとした。


「大将……」


「何?」


「大将たちの……ところへ……」


兵士たちは顔を見合わせる。


「急げ!」


すぐに伝令兵は陣の奥へ運ばれていった。


休息に入ったばかりだったヴァレンとホーランスは、再び呼び起こされた。


「何があった?」


ヴァレンが陣へ入る。


その後ろからホーランスも続いた。


二人は伝令兵の姿を見た。


「……」


ただの報告ではない。


そう分かるには十分だった。


伝令兵は二人の兵士に身体を支えられている。


「報告……します……」


「無理に立つな」


ヴァレンが言う。


「そのままでいい。話せ」


伝令兵は何度か息を吸った。


「エンデヴァー軍が……」


二人の表情が変わる。


ホーランスが前へ出た。


「エンデヴァー軍がどうした?」


「グレンデル……南部で……」


伝令兵の呼吸が乱れる。


「敵と……交戦中……」


「敵?」


ヴァレンが聞き返した。


「どこの軍だ?」


伝令兵は顔を上げた。


唇が僅かに震える。


「敵は……」


一度、息を吸う。


「ドルドウィン……公爵……」


「――何?」


ヴァレンが立ち上がった。


ホーランスも言葉を失う。


敵国の将ではない。


ゴルディア帝国でもない。


伝令が口にしたのは――。


アーヴァルト王国の公爵だった。


「もう一度言え」


ヴァレンが伝令兵を見る。


「ドルドウィンが、どうした?」


だが。


伝令兵から返事はなかった。


「おい!」


身体から力が抜けた。


支えていた兵士の腕へ崩れ落ちる。


「医務兵を呼べ!」


「はっ!」


伝令兵はすぐに運び出された。


再び、静寂が戻った。


ヴァレンとホーランスは何も言わない。


先ほどの言葉だけが残っていた。


ドルドウィン公爵。


エンデヴァー軍と交戦中。


「……」


ホーランスが目を細めた。


そして。


「そういうことか」


ヴァレンが振り向く。


「何がだ?」


「クラウスだ」


「クラウス?」


「あいつが消えた理由だ」


ホーランスは机へ近づいた。


地図を見る。


グレンデル南部。


そこへ視線を落とす。


「クラウスは、ここに向かったんだ」


ヴァレンも地図を見る。


返事のないエンデヴァー軍。


突然いなくなったクラウス。


そして、傷だらけになって辿り着いた伝令。


ホーランスが低い声で言った。


「これはドルドウィン公爵の叛乱だ」


ヴァレンの表情が険しくなる。


「帝国と裏で繋がってたってことか!?」


拳が机へ叩きつけられた。


「俺たちが帝国と戦ってる間に、奴は王国内で動いていたっていうのか!」


「さぁな」


ホーランスは地図を見たまま答える。


ヴァレンが睨む。


「何?」


「帝国軍が来たのに合わせたって説も、まぁあるわな」


「……」


帝国と通じていたのか。


帝国軍の侵攻を利用しただけなのか。


それは分からない。


分かっていることは一つだけだった。


エンデヴァー軍が。


王国の公爵と戦っている。


ヴァレンは地図を睨んだ。


「……交戦中と聞いたからには、援軍を出さなければならん」


「ああ」


ホーランスもすぐに切り替えた。


「だが、どれだけ前の情報か分からん」


「伝令か」


「そうだ」


ホーランスは先ほどの伝令の姿を思い出す。


「ここまで来るのに相当かかってる」


少し考える。


「あの伝令が向こうを出たのが七日前後だとして……」


ヴァレンが黙って聞く。


「クラウスが抜けたのは三日だったはずだ」


「……ああ」


「合流してるとすれば」


ホーランスの顔から僅かに余裕が消えた。


「あっちもかなり厳しいな」


七日前の状況しか分からない。


今もエンデヴァー軍が戦っているのか。


クラウスが合流できたのか。


それすら分からない。


ヴァレンは地図を見つめる。


「援軍を出したとして、間に合うか分からん」


「そうだな」


「だが――」


ヴァレンが顔を上げた。


「迷っている暇はなさそうだ」


ホーランスも頷いた。


「ああ」


そして、国境砦へ視線を移す。


「まだここも安全とは言い辛い」


帝国軍を退けたとはいえ、国境の向こうに消えただけだ。


「砦に監視を置いて向かうか?」


「そうだな」


ヴァレンは地図の上で戦力を組み立て始めた。


「カートリック旅団とアシック旅団を先行させる」


ホーランスが頷く。


「サーペイン旅団、ローフェンス旅団、ハーネス旅団を引き連れて、私が向かおう」


「五個旅団か」


「ああ」


できる限り急ぐ。


だが、国境を空にするわけにはいかない。


ヴァレンはホーランスを見る。


「ホーランス」


「なんだ?」


「お前はザイースに入れ。ここを頼む」


続いて国境砦を指した。


「ベインライト旅団とデイロ旅団を砦に入れる」


「分かった」


「うまく連携を取ってくれ」


「ああ」


ヴァレンの指が地図上を動く。


ザイース。


国境砦。


そしてドルドウィン領。


「ドルドウィン公爵の叛乱が本当なら」


その指が止まった。


「領内であるこの辺りも危険ということになる」


ホーランスの顔からも軽さが消える。


帝国軍を警戒していればいいわけではない。


今度は背後にも気を配らなければならない。


「十分気をつけてくれ」


「ああ」


少しして。


ホーランスが尋ねた。


「王都はどうする?」


ヴァレンはすぐに答えた。


「ハイム軍を待機させている」


「……」


「帝国軍を止めた今、問題はないだろう」


ホーランスは短く頷いた。


「了解した」


話は決まった。


つい数時間前。


王国軍は帝国軍を国境の向こうへ押し返し、勝鬨を上げた。


長かった戦いが終わった。


そう思っていた。


だが。


深夜。


傷だらけの伝令が運んできた知らせは、その僅かな安堵を消し去った。


ヴァレンは陣の外へ出た。


夜空を見上げる。


雲はまだ残っている。


月の光も弱い。


その先に何が待っているのかは分からない。


ただ。


向かわなければならなかった。


今度向かうのは、国境の外ではない。


アーヴァルト王国の内側。


グレンデル南部。


帝国軍との戦いを終えた王国軍を。


深い闇夜が、次なる戦場へと誘っていた。

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