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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第四十五話 嗅覚

豪雨は、なおも戦場を覆っていた。


王国軍左軍。


ベインライト旅団はルルベル軍と正面からぶつかっていた。


前方に並ぶのは黒壁盾兵団。


厚い装甲と巨大な盾。


連戦による疲労が見えているとはいえ、その防御力は健在だった。


ベインライト旅団が押し込んでも、黒壁盾兵団は踏み止まる。


一人を崩しても、すぐに隣の兵士が穴を埋める。


簡単には抜けない。


その前線で、イドルフ・ベインライトは剣を振るっていた。


「ったく……!」


敵兵の攻撃を受け流し、そのまま剣を叩きつける。


だが、敵の盾に阻まれた。


イドルフは舌打ちする。


(リボクもバルムもどこ行きやがった)


本来なら左軍には、サーペイン旅団とカートリック旅団もいる。


だが、今は姿が見えない。


隣にいるのか。


どこかへ移動したのか。


この雨では、それすら分からなかった。


「好き勝手しやがって……!」


ぶつくさと文句を言いながらも、イドルフは剣を止めない。


雨の向こうから大きな影が現れる。


黒鋼巨剣隊。


大剣が振り下ろされた。


イドルフは横へかわし、すぐに斬り返す。


敵兵が大剣で受け止めた。


重い衝撃が腕まで響く。


「こいつらも面倒くせぇな!」


再び距離を取る。


黒壁盾兵団。


そして、その中から時折前へ出てくる黒鋼巨剣隊。


イドルフは戦いながら敵を見ていた。


(敵の将兵は有能だ)


ただ頑丈なだけではない。


前線が乱れればすぐに整える。


こちらが押せば受け止める。


隙ができれば黒鋼巨剣隊が出てくる。


(この軍だけ異様に練度が違いやがる)


ルルベル軍。


これまで戦った帝国軍の中でも、明らかに手強い。


「だが……」


イドルフが剣を構える。


「どっかで突破口を見つけねぇとな!」


再び敵へ飛び込んだ。


黒鋼巨剣隊の兵士が大剣を振り上げる。


イドルフも正面から構えた。


振り下ろされる。


剣で受ける。


「ぐっ!」


凄まじい重さ。


イドルフは踏ん張ろうとした。


だが。


足が滑った。


「なっ――」


泥濘んだ地面が踏み込みを受け止めきれない。


足を取られたイドルフの身体が後方へ飛ばされた。


泥水を跳ね上げながら地面を転がる。


「旅団長!」


「うるせぇ! 大丈夫だ!」


すぐに起き上がる。


イドルフは剣を構え直した。


敵兵も追ってこようとしている。


その時。


イドルフの視線が、敵の足元へ向いた。


重装歩兵が一歩踏み出す。


泥へ足が沈む。


別の兵士が盾を構える。


僅かに足元が滑った。


「……ん?」


イドルフは敵を見る。


全身を覆う重装備。


巨大な盾。


雨を吸った地面。


自分でさえ、踏ん張れなかった。


なら。


「……おい」


イドルフの口元が僅かに上がった。


周囲の兵士たちが敵と打ち合っている。


イドルフは大きく息を吸った。


豪雨に負けないほどの声で叫ぶ。


「剣を振り下ろせぇぇぇぇぇ!!」


周囲の兵士たちが反応する。


「斬ろうとすんな! 上から叩きつけろ! 何度でもだ!」


命令を受けた兵士たちは迷わなかった。


「おおおおお!」


剣が振り上げられる。


そして、一斉に振り下ろされた。


黒壁盾兵団が盾で受ける。


剣では簡単に破れない。


だが。


今度の目的は盾を斬ることではない。


衝撃を与える。


何度も。


何度も。


「止めるな! 叩け!」


剣が盾へ打ちつけられる。


黒壁盾兵団が耐える。


だが、一人の足が滑った。


「ぐっ……!」


盾が下がる。


その隣でも、兵士が体勢を崩す。


重い装甲。


巨大な盾。


雨水。


泥濘。


そして連戦による疲労。


これまで彼らを守っていた重さが、今は身体へ圧し掛かっていた。


「押せぇ!」


王国兵がさらに剣を振り下ろす。


一人が膝をついた。


その穴を埋めようとした兵士も、泥に足を取られる。


戦列が揺れた。


そして。


崩れた。


「今だぁ!」


王国兵が一気に前へ出る。


黒壁盾兵団の前線に穴が開いた。


イドルフはそれを見て、にたりと笑った。


(重装歩兵って言っても、でかい鉄の塊だ)


豪雨で地面は泥濘んでいる。


連戦で体力も奪われている。


そこへ何度も強い衝撃を受ければ、重い装備を身につけたまま踏ん張り続けるのは難しい。


(重さに耐えきれねぇ奴らが出てくるわな)


「行くぞ!」


イドルフは崩れた戦列へ飛び込んだ。


ルルベル軍側も、ただ崩れるのを見ているわけではなかった。


「前線が突破されます!」


報告を受けたディオン・ルルベルは前を見る。


黒壁盾兵団が崩されている。


立て直そうにも、状況はどの兵士も同じだった。


足元は泥。


重装備を身につけた兵士たちは、普段のように動けない。


さらに敵は、その弱点に気づいた。


このままでは止められない。


ディオンは剣を抜いた。


「私が出る」


「ルルベル様!」


「ここを立て直す!」


自ら前線へ向かった。


そして。


崩れた戦列の向こうから飛び込んできたイドルフと正面からぶつかった。


剣と剣が激突する。


「お前が指揮官か!」


イドルフが剣を振るう。


ディオンが受ける。


すぐに反撃。


イドルフも剣で弾く。


一撃。


二撃。


三撃。


互いに泥へ足を取られながら、それでも剣を止めない。


イドルフが横薙ぎに振るう。


ディオンが身体を引いてかわす。


そのまま踏み込み、イドルフへ剣を突き出した。


イドルフが弾く。


「やっぱり、お前は強ぇな!」


「ここから先へは行かせん!」


再び剣がぶつかる。


その瞬間だった。


ディオンの右側。


豪雨の向こうから――。


槍先が飛び出した。


狙いは右頬。


「っ!」


ディオンは咄嗟に身体を後ろへ倒した。


槍先が顔のすぐ前を通過する。


泥の上へ転がりながら距離を取る。


すぐに起き上がり、剣を構えた。


「何者だ!」


雨の向こう。


槍を構えた兵士たちが現れる。


その先頭に、一人の男がいた。


バルム・カートリック。


◇ ◇ ◇


少し前――。


「リボク! ついてこい!」


「……は?」


突然呼ばれたリボク・サーペインは、思わず聞き返した。


だが、バルムはすでに動き始めている。


「おい、どこへ行く!」


返事はない。


カートリック旅団が戦場を離れるように移動を開始する。


リボクは前線を見る。


雨でほとんど何も見えない。


そして、もう一度バルムを見る。


「……くそ」


サーペイン旅団へ指示を出した。


「ついていくぞ!」


リボクたちはカートリック旅団の後を追った。


豪雨の中を進む。


どれほど進んだのか。


自分たちが今、戦場のどこにいるのか。


リボクには分からなくなっていた。


分かるのは、最初に左へ逸れたことだけ。


(昨日みたいに側面を狙うつもりか?)


前を進むバルムを見る。


だが。


(この雨だぞ)


敵も見えない。


味方も見えない。


前線がどこにあるのかすら分からない。


どこが敵の側面なのか。


いつ突撃すればいいのか。


そんなもの、分かるはずがない。


それどころか。


(こんな時に戦場を離れて、本当に良かったのか?)


自分たちが抜けた場所が崩れているかもしれない。


ベインライト旅団が敵に押されている可能性もある。


不安だけが膨らんでいく。


それでもバルムは進み続けた。


リボクには、その意図がまったく読めなかった。


やがて。


バルムが突然止まった。


カートリック旅団も止まる。


「どうしたんです?」


リボクが近づく。


バルムは答えない。


豪雨の中で何かを確かめるように、周囲を見ていた。


しばらくして。


「……こっちだ」


バルムが右を向いた。


「右?」


進路を変える。


リボクもついていく。


だが、先ほどまでとは違う。


進行速度が明らかに遅くなった。


一歩ずつ。


確かめるように進んでいる。


「バルム?」


返事はない。


雨音だけが響く。


そして突然。


バルムが槍を握り直した。


「戦闘準備!」


カートリック旅団の兵士たちが一斉に武器を構える。


リボクは驚いた。


敵など見えない。


それでもすぐに自分の旅団へ振り返る。


「サーペイン旅団! 戦闘準備!」


兵士たちが武器を構えた。


しばらく。


何も起こらなかった。


豪雨。


泥。


兵士たちの荒い呼吸。


リボクは前を見る。


まだ何も見えない。


(何がある?)


その時。


バルムが槍を前へ向けた。


「突撃!!」


「なっ――」


バルムが走り出す。


カートリック旅団が続く。


リボクに考えている時間はなかった。


「サーペイン旅団! 続けぇ!」


二つの旅団が豪雨の中を突き進んだ。


そして。


雨の向こうから戦場が現れた。


崩れた黒壁盾兵団。


そこへ食い込むベインライト旅団。


その先頭で剣を振るうイドルフ。


そして、それを止めようとするディオン・ルルベル。


「……本当に出た」


リボクは思わず呟いた。


バルムは速度を落とさない。


槍を構えたまま側面から飛び込む。


そしてディオンへ一撃を放った。


◇ ◇ ◇


現在――。


ディオンは槍をかわし、泥の上から立ち上がった。


正面にはイドルフ。


側面にはバルム。


その後方から、カートリック旅団とサーペイン旅団の兵士たちが次々と現れる。


豪雨の中。


ルルベル軍の側面へ、二つの旅団が辿り着いていた。


バルムは槍先をディオンへ向ける。


その表情に迷いはない。


「必ず仕留める」


豪雨の中。


ルルベル軍を巡る戦いは、一気に動き始めていた。

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