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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第四十話 大きな代償

「レオン!!」


 ホーランス・ジルライトの叫びが指揮場に響いた。


 前方。


 ヴァルディス旅団の戦線が崩れていく。


 兵士たちが次々と後退し、その間を縫うように黒い重装歩兵が押し込んでくる。


 その中心にいるのは、巨大な大剣を持った男。


 ルルベル・ディオン。


 そして。


 その先に倒れている男の姿。


 レオン・ヴァルディス。


「……レオン。」


 ホーランスは歯を食いしばった。


 レオンは数少ない、ホーランスが心から信頼する忠臣だった。


 旅団長として。


 そして、長く戦場を共にしてきた部下として。


 だが。


 今は悲しんでいる時間すらない。


「エルザ!」


 ホーランスは叫んだ。


「ヴァルディス旅団を支えろ!」


「はっ!」


 エルザ・ミュラーがすぐに動く。


 崩れたヴァルディス旅団を支えながら、ルルベル軍の進撃を止めなければならない。


 ホーランスは戦場全体を見渡した。


 まずい。


 明らかにまずい。


 長い戦闘で兵は疲弊している。


 死傷者も増えた。


 ドルドウィン旅団は裏切った。


 そして今。


 レオンまで失った。


(このままでは……押し切られる。)


 これまで何度も帝国軍の攻撃を凌いできた。


 数で劣ろうとも。


 重装歩兵がいようとも。


 ここだけは抜かせなかった。


 だが。


 黒い重装歩兵。


 あれは違う。


「マルク!」


 ホーランスは弱気を振り払うように叫んだ。


「ローデリヒ!」


 戦場へ声を叩きつける。


「必ず押し返せ!」


 まだ終わっていない。


 ここで自分が折れるわけにはいかない。


 その時だった。


「ジルライト大将!」


 一人の兵士が慌ただしく指揮場へ駆け込んできた。


「何だ!」


「援軍です!!」


「何!?」


 ホーランスが勢いよく振り返る。


「どこだ!」


「左後方です!」


 ホーランスはすぐに指揮場を出た。


 戦場ではない。


 その反対。


 ジルライト軍の左後方。


 王都へ続く方角。


 そこに。


 新たな軍勢が現れていた。


 長い行軍で巻き上げられた土煙。


 その中を無数の兵士たちが進んでくる。


 そして。


 軍勢の上に翻る旗。


 見間違えるはずがなかった。


「あれは……。」


 ホーランスの目が見開かれる。


「シュトライザー軍……!」


 王都から南下してきた王国軍。


 待ち続けていた援軍だった。


 胸の奥から、一つの言葉が込み上げる。


「間に合った……。」


     ◇


 シュトライザー軍。


 王都から南下を続けてきた軍勢は、ついに戦場へ到達した。


 前方にはジルライト軍。


 そのさらに先で、帝国軍との戦闘が続いている。


「伝令!」


 一人の兵士がヴァレンのもとへ駆け込む。


「ジルライト軍と帝国軍の交戦を確認!」


 ヴァレン・シュトライザーが前方を睨む。


「戦況は!」


「不利!」


「ジルライト軍左軍が大きく崩れています!」


 ヴァレンの表情が険しくなる。


 ここからでも分かる。


 前線が押されている。


 左軍では特に大きな混乱が起きていた。


 兵士たちが後退し、その隙間へ帝国軍が食い込んでいる。


「各旅団へ伝令!」


「はっ!」


「カートリック旅団は左から回れ!」


 ヴァレンが前方を指す。


「ハーネス旅団は右へ!」


「迂回して味方右軍を支援しろ!」


「はっ!」


「他は――」


 ヴァレンが剣を抜いた。


 目標は。


 ジルライト軍左軍を押し込んでいる帝国軍。


「全軍、このまま敵左軍へ突っ込む!」


 伝令たちが走る。


 命令が各旅団へ広がっていく。


「前進!」


 ヴァレンが剣を振り上げた。


「勢いよく突っ込むぞ!!」


「おおおおおおっ!!」


 王都から強行軍を続けてきたシュトライザー軍。


 その軍勢が。


 ジルライト軍の左後方から戦場へ入り始めた。


     ◇


「新手だ!」


「敵援軍!」


 帝国軍にも異変が伝わる。


 ルルベルは王国軍の後方へ視線を向けた。


 ジルライト軍の左後方。


 そこから新たな軍勢が戦場へ流れ込んでいる。


「……来たか。」


 ルルベルは大剣を上げた。


 このままジルライト軍を押し潰すつもりだった。


 だが。


 新たな軍勢は、その崩れかけた左軍を支えるようにこちらへ向かってくる。


「黒壁盾兵団!」


 ルルベルが叫ぶ。


「前ぇ!!」


 後方に控えていた兵士たちが動き始める。


 その手にあるのは。


 巨大な盾。


 一人の身体を覆い隠すほどの大きさだった。


「黒鋼巨剣隊!」


 続けて叫ぶ。


「下がれ!」


 先ほどまでヴァルディス旅団を蹂躙していた黒い重装歩兵たちが、一斉に後退する。


 代わるように。


 巨大な盾を持った兵士たちが前へ出た。


 大剣から盾へ。


 攻勢から防御へ。


 新たに現れたシュトライザー軍を迎え撃つため、ルルベル軍の陣形が変わっていく。


「敵軍を弾き返すぞ!」


「おおおおおっ!!」


 巨大な盾が並ぶ。


 一枚。


 また一枚。


 その隣にも。


 黒い壁が形成されていった。


     ◇


 シュトライザー軍が、ジルライト軍の左側を抜けて前線へ出る。


「前へ!」


「止まるな!」


 帝国軍が近づく。


 いや。


 こちらから近づいている。


 その先にあるのは。


 巨大な盾を並べた黒い兵士たち。


「突っ込めぇ!!」


 距離がなくなる。


 そして。


 激突した。


 ドォォォン!!


 とてつもない轟音が戦場に鳴り響いた。


「ぐっ!」


「押せ!」


「押し込め!」


 シュトライザー軍の兵士たちが前へ出る。


 だが。


 黒い壁は動かない。


「何だこいつら!」


 イドルフ・ベインライトが叫んだ。


「前へ!」


「止まるな!」


 ベインライト旅団。


 突破力を誇る兵士たちが次々と盾へぶつかる。


 それでも。


 動かない。


「押せぇ!」


 兵士たちが身体ごとぶつかる。


 だが。


 巨大な盾を構えた兵士たちは、その後ろから互いを支え合っている。


「びくともしないぞ!」


 イドルフが目を見開いた。


 さらに兵をぶつける。


 それでも。


 黒壁盾兵団は耐え続ける。


「押し返せぇ!」


 帝国側から声が上がった。


「おおおおっ!」


 巨大な盾が一斉に前へ出る。


「うおっ!」


 王国兵が押し返された。


 一歩。


 さらに一歩。


 勢いよく戦場へ入ったはずのシュトライザー軍が。


 止められた。


「なんだ……こいつらは。」


 イドルフは巨大な盾の壁を睨みつけた。


 先ほどまでジルライト軍を崩していた大剣の兵。


 そして今。


 シュトライザー軍を止めている盾の兵。


 これまで王国軍が相手にしてきた重装歩兵とは違う。


 帝国は。


 まだ何かを隠していた。


     ◇


 ジルライト軍本陣。


「ホーランス!」


 後方から声が聞こえた。


 ホーランスが振り向く。


 兵を伴いながら近づいてくる男。


 ヴァレン・シュトライザー。


「無事か、ホーランス!」


「ああ。」


 ホーランスは答えた。


「なんとかな。」


 ヴァレンはジルライト軍の陣へ入る。


 そして。


 周囲を見渡した。


 負傷兵。


 疲れ切った兵士たち。


 空いた隊列。


 傷ついた装備。


 戦場から次々と運び込まれる者たち。


 長期間。


 ジルライト軍が帝国軍を押し留め続けた代償。


 それが。


 目の前にあった。


「……随分やられたな。」


「なんとか持ち堪えた。」


 ホーランスは前方を見る。


 そして、短く言った。


「援軍、感謝する。」


「ああ。」


 ヴァレンも戦場へ視線を戻す。


 シュトライザー軍が到着した。


 これで。


 ようやく戦力は増えた。


 だが。


 ヴァレンの表情は晴れない。


「こちらは総勢一万ほどか。」


 ジルライト軍の残存戦力。


 そしてシュトライザー軍。


 それらを合わせても。


 敵はまだ三万近く残っている。


 戦力差は。


 依然として大きい。


 しかも。


 帝国軍には、これまで確認されていなかった兵がいる。


 巨大な大剣を振るう黒い重装兵。


 そして。


 巨大な盾で突撃すら受け止める重装兵。


 ヴァレンは前線を睨んだ。


(早く押し返さなくてはならん。)


 戦場では。


 今も兵士が倒れている。


 時間を掛ければ掛けるほど。


 失う者は増える。


 すでに。


 ジルライト軍は大きな代償を払っている。


 レオン・ヴァルディス。


 旅団長すら失った。


 ヴァレンは剣を握り直した。


(これ以上長引けば――。)


 さらに。


 大きな代償を払うことになる。


 シュトライザー軍は間に合った。


 ジルライト軍は。


 まだ生きている。


 だが。


 援軍が到着しただけで。


 戦況が覆ったわけではない。


 帝国軍、約三万。


 対する王国軍、約一万。


 そして。


 その帝国軍の前には。


 黒い盾の壁が立ちはだかっていた。

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