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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第三十八話 停滞

 一度、大規模な戦闘を行ってから四日が経過していた。


 その間にも何度か小競り合いは起きている。


 だが。


 戦況はほとんど動いていなかった。


 エンデヴァー軍本陣。


 前方に広がる公爵軍の陣を眺めながら、オスヴァルトが腕を組む。


「かなりきついな、大将。」


「ああ。」


 クジル・エンデヴァーは短く答えた。


 隣では、レイモンドが悔しそうに敵陣を睨んでいる。


「何度当たっても……数が減りません。」


 その理由は分かっていた。


 民兵だ。


 ドルドウィン公爵領の各地から、領民たちが次々と集まっている。


 戦闘で倒しても。


 負傷者を出しても。


 その分を補うように、新たな民兵が加わる。


 今では、戦闘開始時よりも民兵の数は増えていた。


「厄介だな。」


 クジルが呟く。


 敵を倒している。


 それでも減らない。


 こちらだけが少しずつ消耗していく。


 そして何より。


 時間がない。


「ジルライトの方も、そろそろ限界だろう。」


 クジルの言葉に、その場にいた者たちの表情が僅かに曇る。


 南部では三万を超える帝国軍とジルライト軍が戦っている。


 本来なら。


 自分たちはすでに援軍として向かっていなければならなかった。


「シュトライザー軍がどこまで来ているかだな。」


 アルトが口を開く。


「もし……ジルライト軍が壊滅していたら。」


 クジルがアルトを見る。


「じきに、ここにも帝国軍が来ますよ。」


 誰も答えなかった。


 それは。


 クジルが最も考えたくない状況だった。


 目の前にはドルドウィン公爵軍。


 そこへ帝国軍まで加われば。


 エンデヴァー軍だけでは、どうにもならない。


 だが。


 こちらに増援はいない。


 今はただ。


 ジルライト軍が耐えていること。


 そしてシュトライザー軍が間に合うこと。


 その二つに賭けるしかなかった。


 その時だった。


「報告!」


 伝令兵が駆け込んでくる。


「敵軍左後方に王国軍旗が見えます!」


「何だとっ!」


 クジルが勢いよく振り向いた。


「王国軍旗?」


 マティアスの顔に期待が浮かぶ。


「まさか……ジルライト軍?」


 クジルたちは急いで陣の外へ出た。


 遠方。


 公爵軍の左後方。


 確かに軍勢が近づいている。


 そして。


 その上には見慣れた旗が翻っていた。


「確かに王国軍旗だ。」


 クジルが目を細める。


「それも……ジルライト軍。」


 だが。


 胸の奥に違和感があった。


(そんなはずはない。)


 ジルライト軍は帝国軍と交戦している。


 こちらへ援軍を送れる状況とは思えない。


 それでも。


 あの旗は間違いなくジルライト軍のものだった。


「……あれ。」


 近くにいた兵士が小さく呟いた。


 目の良い兵士だった。


「ドルドウィン公爵旗……。」


 クジルは聞き逃さなかった。


「何?」


 もう一度。


 近づいてくる軍勢を見る。


 ジルライト軍旗。


 そして。


 ドルドウィン公爵旗。


 その二つが並んでいる。


 クジルの表情が変わった。


「……あれは。」


 理解した。


「ドルドウィン旅団。」


 味方ではない。


「敵の増援だ。」


「そんな……。」


 マティアスの顔から期待が消える。


 クジルは歯を食いしばった。


「くそっ!」


 すぐに振り返る。


「全軍戦闘準備!」


「はっ!」


「あれは敵の増援だ!」


 兵士たちが一斉に動き始める。


「さらに苦しくなるぞ!」


 クジルは公爵軍の陣へ戻っていった。


     ◇


 ドルドウィン公爵軍本陣。


「クラウス!」


 ダールトン・ドルドウィンは両手を広げた。


「よく戻った!」


 その視線の先。


 一人の男が立っている。


 クラウス・ドルドウィン。


 ダールトンの従兄弟。


 そして。


 ジルライト軍所属、ドルドウィン旅団の旅団長だった。


「作戦は上手くいった。」


 クラウスは淡々と言った。


「帝国軍は三万の軍勢で、ジルライト軍を呑み込んでいる最中だ。」


 ダールトンの口元が上がる。


「こちらも反転して、一撃当ててきた。」


「そうか、そうか!」


 ダールトンは満足そうに笑った。


「よくやった。」


 クラウスが戻った。


 これで。


 戦力はさらに増えた。


 ダールトンはすぐに騎士団長を呼び出した。


「ライオ!」


「はっ。」


 ライオ・ドルナーが前へ出る。


「今の戦況を説明しろ。」


「はっ。」


 ライオは現在の戦況を二人へ説明していく。


 エンデヴァー軍とは、ここ数日何度か小規模な戦闘を行っている。


 だが。


 互いに決定打はない。


 公爵軍側には各地から民兵が集まり続けている。


 一方でエンデヴァー軍も陣を崩してはいない。


 説明を聞き終えたクラウスが、ダールトンを見る。


「それで、どうする?」


「このままここを維持して帝国軍を待つのか。」


 少し間を置く。


「それとも、一気にエンデヴァー軍を殲滅して先へ進むかだ。」


「うーむ。」


 ダールトンは腕を組んだ。


 すぐには答えない。


「約束では……。」


 やがて口を開く。


「国境を越えれば、ユートス川を渡る。」


 そして。


「マルテス。」


「ランドルフ。」


「この順に攻める手筈になっている。」


 クラウスは黙って聞いている。


「帝国軍がランドルフ辺りでシュトライザー軍と当たる。」


 ダールトンの口元が歪む。


「それが理想だ。」


 シュトライザー軍。


 王国最大規模の軍。


 そこへ自分たちが不用意に近づく必要はない。


「ここを無理に蹴散らして進んでも、我々がシュトライザー軍と当たってしまえば意味がない。」


 ダールトンは結論を出す。


「ここはしばらく、戦況を維持するのがいいだろう。」


「であれば。」


 ライオが口を開いた。


「一つ懸念がございます。」


「何だ?」


「ドルドウィン旅団が増援として到着した今、敵はこちらが攻勢に出ると予想しているはずです。」


 ダールトンがライオを見る。


「それにもかかわらず攻めなければ。」


 ライオは続ける。


「こちらに何か別の思惑があると、相手に考えさせてしまう危険があります。」


「……なるほどな。」


 クラウスも頷く。


「確かに。」


 そして前方。


 エンデヴァー軍の陣を見る。


「ここで引かれて、シュトライザー軍と合流されても厄介だ。」


 ダールトンへ向き直った。


「一度、攻めた方がいいだろう。」


 ダールトンは少し考え。


 頷いた。


「分かった。」


 クラウスとライオを見る。


「任せる。」


「はっ。」


     ◇


 間もなく。


 ドルドウィン公爵軍が動いた。


「来たぞ!」


 エンデヴァー軍の陣に声が飛ぶ。


 公爵軍。


 民兵。


 傭兵。


 騎士団。


 そして新たに加わったドルドウィン旅団。


 前方から軍勢が迫る。


 クジルはその動きを見ながら、冷静に戦場を見渡した。


 敵は増えた。


 まともにぶつかれば。


 こちらの消耗が大きくなる。


「無理に押し返そうとするな!」


 クジルが叫ぶ。


「受けろ!」


「崩れる前に下がれ!」


 命令が各部隊へ伝わっていく。


 敵が押してくる。


 受け止める。


 だが。


 深追いはしない。


 押されれば距離を取る。


 敵の勢いが鈍れば止まる。


 また受ける。


 戦線そのものを大きく動かさない。


「右、下がり過ぎるな!」


「中央はその位置を維持!」


 各旅団もクジルの意図に合わせる。


 ドルドウィン旅団が前へ出る。


 民兵が押し寄せる。


 それでも。


 エンデヴァー軍は正面から決着を求めなかった。


 戦う。


 下がる。


 整える。


 また受ける。


 繰り返す。


 やがて。


 公爵軍の攻勢が鈍り始めた。


「……食えんな。」


 クラウスが戦場を見ながら呟く。


 押している。


 だが。


 崩せない。


 追えば下がる。


 止まれば、向こうも止まる。


 無理に追えば、こちらだけが隊列を乱す。


 結局。


 公爵軍はエンデヴァー軍を崩し切れなかった。


     ◇


 戦闘が終わる。


 エンデヴァー軍にも犠牲は出た。


 だが。


 クジルたちは公爵軍の攻勢を巧みに受け流し、被害を最小限に抑えていた。


 公爵軍の増援。


 ドルドウィン旅団の合流。


 状況は確実に悪化している。


 それでも。


 エンデヴァー軍はまだ崩れていなかった。


 帝国軍。


 ドルドウィン公爵軍。


 そして南で戦うジルライト軍。


 どこか一つが動けば。


 戦況は大きく変わる。


 だが今は。


 どの戦場も決定的には動かない。


 時間だけが過ぎていく。


 戦況は――。


 停滞していた。

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