第三十七話 ドルドウィンの野望
クジル・エンデヴァーは、前方に展開する公爵軍を睨んだ。
約六千。
前面には最も数の多い民兵。
右には装備も服装も統一されていない傭兵と思われる集団。
そして左。
他とは明らかに違う。
数こそ少ないが、装備が整い、隊列にも乱れがない。
クジルは各部隊を見渡した。
「ユリウス!」
「はっ!」
「お前は右の傭兵団を叩け!」
続いて、その隣を見る。
「マティアス!」
「はい!」
「お前はユリウスを後方から支援しろ!」
クジルは二人を交互に見る。
「やり方はお前らに任せる!」
「はっ!」
次に中央。
「オスヴァルト!」
「おう。」
「中央の民兵を任せる。」
公爵軍の中で最も多い。
しかも、前方から聞こえてくる声を聞く限り、戦う意思がないわけではない。
「数は一番多い。」
クジルの表情が険しくなる。
「戦意があるなら、容赦はするなよ。」
オスヴァルトもその意味を理解していた。
「ああ。」
最後に左を見る。
「アルト!」
「はっ!」
「左はお前に任せる。」
クジルは敵左軍へ視線を向けた。
「装備から見て、おそらく騎士団だろう。」
王国で公爵に認められている数少ない私兵。
「元貴族軍出身者も多いはずだ。」
貴族軍が廃止されてから長い年月が経っている。
それでも、かつてそこに所属していた者が消えたわけではない。
「気を抜くなよ。」
「はっ!」
各旅団長が敬礼する。
そして、それぞれの持ち場へ向かった。
「レイモンド!」
「はい!」
呼ばれたレイモンドが前へ出る。
左肩には先ほど受けた傷の手当てが施されていた。
「傷は?」
「問題ありません。」
即答だった。
クジルは一度だけその肩を見る。
「グラント兄弟が傭兵団を抜けないようなら、右から回って突っ込め。」
「はっ。」
「先の戦闘で兵も減っただろう。」
クジルは近くの兵士へ目を向ける。
「本軍から百、増員させる。」
再びレイモンドを見る。
「連れて行け。」
「了解です!」
レイモンドもその場を離れた。
クジルは前方へ向き直る。
ジルライト軍は今も帝国軍と戦っている。
ここで時間を掛けるわけにはいかない。
◇
ドルドウィン公爵軍、本陣。
ダールトン・ドルドウィンは、遠くに広がる戦場を眺めていた。
「今頃……。」
その口元が僅かに上がる。
「南部では帝国軍が突破しているだろうな。」
その傍らには一人の男が立っている。
ドルドウィン公爵騎士団長。
ライオ・ドルナー。
「ジルライト軍では、ひとたまりもないでしょう。」
ライオの言葉を聞きながら、ダールトンは手元へ視線を落とした。
一枚の密書。
火を近づける。
紙の端から炎が広がっていく。
文字が黒く潰れ。
やがて灰へ変わる。
ダールトンは燃えていく密書を見ながら笑った。
「この叛乱を成功させて――」
その顔に、これまで領民へ見せていた公爵としての姿はなかった。
「私が国王となるのだ。」
汚い笑みが浮かぶ。
ダールトンの目的。
それは、もはや明確だった。
アーヴァルト王国の王位。
その座を奪うこと。
「もうじきクラウスも来るだろう。」
ダールトンがライオを見る。
「合流次第、一気に叩くぞ。騎士団長。」
「はっ。」
ライオは深く頭を下げると、全軍の指揮へ向かうためその場を離れた。
ダールトンは燃え尽きた密書から目を離す。
視線の先では。
エンデヴァー軍が動き始めていた。
◇
「来るぞ!」
ユリウスの声が響いた。
右軍。
グラント兄弟が担当する正面では、すでに傭兵団との距離が縮まっていた。
「敵は有象無象だ!」
ユリウスが剣を抜く。
「一人で相手をするな!」
「集団で殲滅しろ!」
「おおっ!」
兵士たちが一斉に突撃する。
傭兵団も迎え撃った。
剣。
槍。
斧。
使っている武器すら統一されていない。
戦い方も正規軍ほど揃ってはいない。
だが。
弱くはなかった。
「くっ!」
兵士が剣を受ける。
横から別の兵士が斬り掛かる。
傭兵はそれを避け、後ろへ下がった。
総勢、およそ千。
ユリウス側と大きな兵力差はない。
数で押し切ることはできなかった。
「焦るな!」
ユリウスが叫ぶ。
「まとまって当たれ!」
互いに押す。
押し返す。
戦況は拮抗していた。
◇
中央では。
「公爵様のために戦うのだぁ!」
「おおおおおっ!」
民兵たちが叫びながら突撃してきた。
オスヴァルトはその姿を見て目を細める。
怯えて無理やり前へ出されている。
そんな様子ではない。
少なくとも目の前の者たちは、自ら武器を持ち、こちらへ向かってきている。
「……仕方ねぇな。」
オスヴァルトが剣を構えた。
「容赦はするな!」
「武器を持って向かってくる者は討ち取れ!」
兵士たちが迎え撃つ。
数では民兵側が多い。
「敵は多いぞ!」
オスヴァルトが前線を見ながら叫ぶ。
「前に出過ぎるな!」
「隊列を崩すな!」
次々と押し寄せる民兵を受け止めながら、エンデヴァー軍は戦線を維持する。
◇
一方。
左軍だけは様子が違っていた。
アルト率いるフェルク旅団。
その正面には、わずか二百ほどの敵兵が並んでいる。
だが。
アルトは攻めなかった。
敵も動かない。
互いに距離を保ったまま睨み合う。
「……隙がないな。」
アルトが呟く。
装備は整っている。
立ち姿も。
武器の構え方も。
中央の民兵や右の傭兵とは明らかに違った。
「さすがは騎士団ということか。」
数だけなら圧倒できる。
だからこそ。
不用意には動けなかった。
◇
戦闘開始から時間が経つ。
戦況は膠着していた。
その均衡を最初に動かしたのは、右軍だった。
「兄貴!」
声が響く。
ユリウスが振り向いた。
後方に控えていたマティアスの部隊が動いている。
「行くぞ!」
マティアスがユリウスの横を抜ける。
疲労していたユリウス側の兵士たちと入れ替わるように前へ出た。
「突っ込めぇ!」
新たな兵が一気に傭兵団へぶつかる。
「くそっ!」
傭兵たちが後退する。
一歩。
二歩。
明らかに押している。
「そのまま行け!」
マティアスが勢いづく。
あと少し。
このまま崩せる。
そう思った時だった。
「増援!」
傭兵団の後方から新たな兵が流れ込んでくる。
公爵軍本軍からの増援だった。
薄くなり始めていた傭兵団の陣に、再び厚みが生まれる。
後退が止まった。
「押せ!」
マティアスが叫ぶ。
だが。
動かない。
「くそっ!」
剣を振りながら顔を歪める。
「あとちょっとだったのに!」
◇
本陣からその様子を見ていたクジルが判断する。
「レイモンド!」
伝令が走る。
命令を受けたレイモンドは、すぐに動いた。
「ケルン旅団!」
事前に決められていた作戦。
正面には向かわない。
右へ。
戦場を大きく迂回する。
傭兵団の意識はグラント兄弟へ向いている。
その側面へ。
ケルン旅団が姿を現した。
「続けぇ!!」
レイモンドが剣を掲げる。
一気に突撃した。
「なっ!」
側面から突然攻撃を受けた傭兵団が乱れる。
ケルン旅団がその中へ食い込んだ。
前へ。
さらに前へ。
傭兵団を分断するように突き進む。
「今だ!」
ユリウスが叫ぶ。
「合わせろ!」
マティアスも前へ出る。
正面。
側面。
グラント兄弟とレイモンド。
傭兵団への挟撃が始まった。
戦線が崩れる。
このまま抜ける。
そう見えた。
だが。
「レイモンド旅団長!」
兵士の声。
レイモンドが振り向く。
別方向から新たな集団が迫っていた。
「民兵!?」
中央から一部の民兵が突出してきている。
狙いは。
深く食い込んだケルン旅団。
「迎え撃て!」
だが。
前には傭兵。
横からは民兵。
敵陣へ突出したことで、逆に包まれ始めている。
レイモンドは周囲を見た。
このまま粘れば。
潰される。
「多勢に無勢か……!」
判断は早かった。
「抜けるぞ!」
「グラント兄弟の方へ戻れ!」
ケルン旅団は傭兵団を押し退けながら進路を変える。
ユリウスとマティアスの部隊がいる方向へ。
「道を開けろ!」
グラント兄弟側もケルン旅団を受け入れるため前へ出る。
辛うじて。
レイモンドたちは敵中から抜け出した。
◇
クジルは戦場全体を見渡した。
右。
傭兵団を崩しかけた。
だが、本軍から増援が入った。
さらに民兵まで動いた。
中央。
敵は多い。
オスヴァルトは持ち堪えているが、突破には至らない。
左。
騎士団はほとんど動いていない。
まだ余力を残している。
そして。
公爵軍本軍にも兵が残っている。
(駄目だ。)
ここで無理をする必要はない。
ジルライト軍を救援しなければならない。
だが。
そのためにエンデヴァー軍そのものを消耗させては意味がない。
クジルは決断した。
「一時後退だ!」
周囲の兵士が振り向く。
「全軍に伝えろ!」
「下がるぞ!」
伝令が各戦線へ走る。
ユリウス。
マティアス。
オスヴァルト。
アルト。
レイモンド。
それぞれが戦線を整理しながら後退を始める。
公爵軍を突破することはできなかった。
だが。
エンデヴァー軍も崩れてはいない。
クジルは後退しながら、敵本陣の方向を睨んだ。
帝国軍が南から侵攻する中。
王国内部では、王位を狙う公爵が兵を挙げた。
そして。
エンデヴァー軍は今、その野望によって。
ジルライト軍への道を塞がれていた。




