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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第三十六話 激震

 アルメリア暦174年4月1日。


 アーヴァルト王国西部。


 ソルドーニ連邦国との国境付近には、エンデヴァー軍が駐屯していた。


 彼らがこの地へ派遣されている理由は、ソルドーニ連邦国への警戒そのものではない。


 周辺で相次いでいた山賊や、不審な集団の目撃情報。


 その調査と、必要に応じた討伐。


 それがエンデヴァー軍に与えられた主な任務だった。


 だが。


 今年に入ってから、その報告はほとんど途絶えている。


「大将。」


 マティアスが、どこか退屈そうに口を開いた。


「そろそろこの任務、打ち切ってもいいんじゃないですか?」


「馬鹿言え。」


 すぐ隣から声が飛ぶ。


 兄のユリウスだった。


「任務はまだ継続中だ。しっかりしろ。」


「分かってるって、兄貴。」


「分かっている奴はそんなことを言わん。」


 二人のやり取りを聞いていたクジル・エンデヴァーが口を開く。


「不審な者たちが出たのは間違いない。」


 マティアスがクジルを見る。


「今年に入って報告が減ったからといって、消えたと決まったわけではない。」


 クジルは二人へ言い聞かせるように続けた。


「いつまた現れるかも分からん。警戒を怠るな。」


「はっ!」


 その時だった。


「急報!」


 遠くから声が響いた。


「急報ーっ!」


 三人が同時に振り向く。


 一人の伝令兵が全速力で走ってくる。


 その様子を見ただけで、ただ事ではないことが分かった。


「大将!」


「話せ!」


 伝令兵が息を整える暇もなく報告する。


「ゴルディア帝国軍が国境砦を急襲!」


 クジルの表情が変わった。


「砦はすでに陥落!」


「現在、ジルライト軍が帝国軍と交戦中!」


 そして。


「ジルライト大将より、至急援軍を求むとの要請です!」


「帝国が動いたのか!」


 クジルが立ち上がる。


「敵軍の数は!?」


「三万以上との報告です!」


「三万……!」


 クジルは一瞬だけ黙った。


 だが、すぐに判断する。


「まずいな。」


 ジルライト軍だけで受け止めるには、あまりにも多い。


「ユリウス! マティアス!」


「はっ!」


「すぐに出立の準備だ!」


 二人が走り出す。


 クジルは近くの兵士を呼び止めた。


「各旅団長へ伝令!」


「全軍、出立準備!」


「準備が整い次第、ジルライト軍の援護へ向かう!」


「はっ!」


「それと――」


 クジルは周囲を見た。


「レイモンドが巡察中のはずだ!」


「先行してジルライト軍へ向かわせろ!」


「道中の状況確認と報告も忘れるなと伝えろ!」


「了解!」


 指示を受けた者たちが次々とその場を離れていく。


 静かだった駐屯地が、一瞬で慌ただしくなった。


     ◇


 それから間もなく。


 エンデヴァー軍は出立に向けて準備を進めていた。


 兵士が走る。


 武器が運び出される。


 各旅団への命令が飛び交う。


 クジルも指揮所で状況を確認していた。


 その時。


「大将!」


 外から声がした。


「大将!」


 聞き覚えのある声。


 クジルが顔を上げる。


 指揮所へ一人の男が入ってきた。


「レイモンド?」


 先行させたはずの男だった。


 だが。


「お前……!」


 レイモンドは一人で歩いているのではない。


 兵士に肩を借りている。


 そして左肩には――。


 矢が刺さっていた。


「何で戻ってきた!」


 クジルが駆け寄る。


「って、お前その矢はどうした!」


「敵です!」


 レイモンドが苦しそうに答えた。


「急に……現れました。」


「何だと!?」


 クジルの表情が険しくなる。


 この周辺に敵軍がいる。


 しかも。


 レイモンドが率いていたケルン旅団を、先行を断念して戻らせるほどの戦力。


 そんな軍勢が存在するという報告は受けていない。


「何者だ。」


「どこの軍だ!」


 レイモンドは一度息を整えた。


「敵軍の旗に……見覚えがあります。」


「旗?」


「はい。」


 そして。


「ドルドウィン公爵の旗です!」


 一瞬。


 指揮所から音が消えた。


「……何?」


 クジルだけではない。


 その場にいた全員が、レイモンドを見た。


 ドルドウィン公爵。


 アーヴァルト王国の公爵。


 敵であるはずがない。


「そんなはずは……。」


 誰かが呟いた。


 そう言い聞かせなければ、理解できなかった。


 だが。


 レイモンドの左肩に刺さった矢が、その現実を否定させてくれない。


 クジルは即座に声を張り上げた。


「全軍、防衛体制!」


 兵士たちが動く。


「敵の襲来に備えろ!」


「出立準備を中止! 迎撃準備に切り替えろ!」


「はっ!」


 クジルはレイモンドを見る。


「レイモンド!」


「はい!」


「肩の傷を見てもらえ!」


「すぐに戦闘になる!」


「動ける状態にして、復帰しろ!」


「了解!」


 レイモンドも兵士に支えられながら救護へ向かった。


 クジルは拳を握った。


 ジルライト軍が帝国軍三万以上と交戦している。


 今すぐ援軍へ向かわなければならない。


 その時に。


 なぜ。


 ドルドウィン公爵の旗を掲げた軍が現れる。


     ◇


 防衛体制を整えた頃。


 その軍勢は姿を現した。


 地平の先から人影が広がっていく。


 クジルは陣頭からその様子を睨んでいた。


「……多いな。」


 隣でオスヴァルトが目を凝らす。


「六千ってところだな。」


「六千……。」


 クジルは眉を寄せる。


 数だけの問題ではない。


「公爵といえど、軍は持てないはずだ。」


 アーヴァルト王国では、貴族が独自の軍を保有することは認められていない。


「何故、あれほどの兵がいる?」


「よく見ろ、大将。」


 オスヴァルトが前方を指した。


「前面にいる連中。」


「あれは……。」


「民兵だ。」


 クジルの表情が険しくなった。


 揃っていない装備。


 兵士として統一された動きでもない。


 だが、武器を持って軍勢の前方に並べられている。


「領民を巻き込んだのか……!」


 クジルの声に怒気が混じる。


「ふざけたことを!」


「それだけじゃない。」


 オスヴァルトが右側を見る。


「右の軍。」


「なんか、きな臭くないか?」


「右?」


 クジルも視線を移した。


 確かに違う。


 前面の民兵とも違う。


 服装が揃っていない。


 武器も。


 防具も。


 装備そのものに統一性がなかった。


「……傭兵か?」


 クジルが呟く。


「服も装備もバラバラだな。」


 そして。


 ある考えが頭をよぎった。


「まさか……。」


 今年に入るまで、この地域では何度も報告があった。


 山賊。


 正体不明の集団。


 その調査のために、エンデヴァー軍はこの地へ派遣されていた。


 それが。


 今年に入ってから、ほとんど姿を見せなくなった。


「この付近で報告されていた山賊や不審な集団……。」


 クジルは右軍を睨む。


「公爵が飼っていた傭兵だったってことか!?」


 オスヴァルトは敵陣を見たまま答える。


「可能性は高そうだな。」


 そして、僅かに目を細めた。


「これがその場の思いつきじゃないのは確かだろ。」


「六千もの兵を急に集められるわけがない。」


 オスヴァルトはクジルを見る。


「かなり前から計画されてる叛乱だな。」


 クジルは黙った。


「舐めてかからない方が良さそうだ。」


 そう言い残すと、オスヴァルトは自身の持ち場へ戻っていった。


     ◇


 クジルは敵軍を見つめ続けた。


 ゴルディア帝国軍が国境を突破した。


 三万以上。


 ジルライト軍が交戦している。


 援軍を求めている。


 そして。


 その直後に現れたドルドウィン公爵軍。


(偶然か?)


 あまりにも出来すぎている。


 こちらがジルライト軍へ向かおうとした、その時に現れた。


(こいつらがいる限り……。)


 クジルは歯を食いしばった。


(援軍には向かえん。)


 背後に六千もの敵軍を残して南下することなどできない。


 もし追撃されれば。


 挟まれる。


 何より、この周辺の土地と民を無防備にすることになる。


「帝国も……。」


 クジルは小さく呟いた。


「この叛乱に一枚噛んでそうだな。」


 証拠はない。


 だが、時期が重なりすぎている。


 今は考えていても仕方がない。


 目の前の敵を排除しなければ。


 ジルライト軍の援軍にも行けない。


 クジルは剣を抜いた。


「全軍!」


 声が響く。


 エンデヴァー軍の兵士たちが前を見る。


「前進する!」


 剣先を敵軍へ向けた。


「公爵軍に一当たりするぞ!」


「おおおおおおっ!」


 エンデヴァー軍が動き始める。


 帝国軍三万以上が国境を突破した、その最中。


 王国の西では。


 味方であるはずの公爵の旗が掲げられていた。


 帝国の侵攻。


 公爵の叛乱。


 二つの激震が。


 アーヴァルト王国を、同時に揺さぶり始めていた。

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