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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第三十四話 蹂躙

 アルメリア暦174年4月3日。


 夜明け。


 まだ薄暗さの残る平地に、低く重い音が響き始めた。


 ドン。


 ドン。


 ドン。


 最初は遠かった。


 だが、それは少しずつ大きくなる。


 帝国軍が動き始めたのだ。


 アーヴァルト王国軍の陣から見える平地の先。


 黒々とした人の壁が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 その最前列を進むのは、全身を分厚い鎧で覆った兵士たち。


 国境砦を陥落させた――重装歩兵。


 朝日を受けた鎧が、鈍く光っている。


「……来たか」


 ホーランス・ジルライトは前方を睨んだ。


 左。


 中央。


 右。


 帝国軍が一斉に動いている。


 その中でも、中央の動きが明らかに速かった。


 ペペロン・ヤーノ率いる中央軍。


 他の軍よりも前へ出るように、勢いよく突出してくる。


 ホーランスは剣を抜いた。


「前進せよ!」


 声を張り上げる。


「敵を受け止める!」


 号令が各旅団へ伝わっていく。


 ヴァルディス旅団。


 エイゼン旅団。


 王国軍の前線が動き始めた。


     ◇


「前へ!」


 マルクの声が飛ぶ。


「隊列を崩すな!」


「隣との間隔を保て!」


 兵士たちが進んでいく。


 だが、その足取りは重い。


 正面には帝国軍。


 どこを見ても兵士。


 視界の先を埋め尽くすほどの大軍だった。


 マルクは前を睨みながら、内心で悪態をつく。


(こっちは総勢五千だぞ。)


 敵は三万を超える。


(受け止めるったって……どうしろってんだ。)


 それでも、口には出さない。


「下を見るな!」


 マルクは叫んだ。


「敵を見ろ!」


「ここで止めるぞ!」


「おおっ!」


 返事はある。


 だが、声が弱い。


 敵が近づけば近づくほど、その巨大さが分かる。


 重装歩兵の足音。


 その後ろから続く帝国兵。


 兵士たちの顔に、明らかな怯えが浮かび始めていた。


     ◇


「……いかんな」


 レオンはそれを見ていた。


 このまま敵を待てば、ぶつかる前に呑まれる。


 ならば。


 レオンは剣を抜いた。


「ヴァルディス旅団!」


 兵士たちが見る。


「私に続け!」


「旅団長!?」


 制止する声を無視する。


 レオンは自ら最前線へ走り出した。


「進めぇ!」


 その姿に、兵士たちの目が見開かれる。


 旅団長がいる。


 自分たちより前に。


 敵へ向かって走っている。


「旅団長に続け!」


「行くぞ!」


「おおおおおっ!」


 先ほどまで萎縮していた兵士たちが、一斉に走り出した。


 恐怖が消えたわけではない。


 それでも。


 前を走る男の背中があった。


 兵士たちは声を上げながら、その背中を追った。


     ◇


 その時だった。


「反転!!」


 戦場に声が響いた。


 右軍。


 ドルドウィン旅団。


 整然と並んでいた兵士たちが、一斉に動く。


 前ではない。


 後ろへ。


 陣形そのものが反転した。


「……え?」


 エルザがその異変に気づいた。


 後方に位置していたミュラー旅団。


 その正面へ、味方であるはずのドルドウィン旅団が向いている。


「何を――」


 次の瞬間。


「突撃!!」


 ドルドウィン旅団が走り出した。


 帝国軍ではない。


 ミュラー旅団へ向かって。


「なっ……!」


 エルザの目が見開かれる。


「どうして――」


 言葉を最後まで発する暇すらなかった。


「うおおおおおおっ!」


 ドルドウィン旅団が突っ込んできた。


「味方だぞ!」


「何をしている!」


「止まれ!」


 誰も状況を理解できない。


 当然だった。


 敵は前にいる。


 誰も後ろから味方に襲われるなど考えていなかった。


 その隙を。


 ドルドウィン旅団は容赦なく突いた。


 剣が振り下ろされる。


「うわぁぁぁっ!」


 一人が倒れる。


 その横でも。


 さらにその横でも。


「ぐあっ!」


「やめろ!」


「同じ王国軍だぞ!」


 怒号と悲鳴が重なった。


 ミュラー旅団の陣形が、一瞬で崩れていく。


「隊列を組み直して!」


 エルザが叫ぶ。


「固まって!」


「散らばらないで!」


 だが、突然背後から攻撃された兵士たちは混乱している。


 敵なのか。


 味方なのか。


 なぜ攻撃されているのか。


 判断する時間すらない。


「エルザ旅団長!」


「左が崩れています!」


「立て直して!」


 エルザは必死に指示を飛ばした。


 その間にも兵士が倒れていく。


 そして。


 ドルドウィン旅団は深追いしなかった。


 ミュラー旅団へ一撃を加えたところで、進行方向を変える。


「なに……?」


 エルザは呆然とその動きを見た。


 ドルドウィン旅団は左奥へ進んでいく。


 そのまま。


 戦場から離れていった。


     ◇


「何だと!?」


 報告を受けたホーランスが立ち上がった。


「もう一度言え!」


「ドルドウィン旅団が反転!」


 伝令兵も混乱していた。


「後方のミュラー旅団を攻撃しました!」


「現在、ドルドウィン旅団は戦場を離脱しています!」


「いったい……」


 ホーランスが机を叩く。


「どういうことだ!!」


 理解できない。


 なぜ味方を攻撃した。


 なぜ戦場から離れた。


 だが。


 考える時間は与えられなかった。


 遠くから轟音が響く。


 帝国軍と王国軍。


 両軍の前線が――激突した。


     ◇


「止めろぉ!」


 レオンの剣が重装歩兵の武器を弾く。


 踏み込む。


 身体ごとぶつかる。


 帝国兵が僅かに後ろへよろめいた。


「押せ!」


 ヴァルディス旅団の兵士たちが続く。


「敵は動きが遅い!」


 重装歩兵の鎧は硬い。


 だが、その重量ゆえに動きは鈍い。


 レオンはそこを見逃さなかった。


「正面から斬り倒そうとするな!」


「動かせ!」


「押し返せるぞ!」


「おおおおっ!」


 ヴァルディス旅団の勢いは衰えない。


 旅団長自ら最前線へ立ったことで高まった戦意。


 そのままルルベル軍へぶつかっている。


 一歩。


 また一歩。


 押し返す。


「進め!」


 レオンが叫ぶ。


「ここを通すな!」


     ◇


 だが。


 マルク側は違った。


「押されるな!」


 剣と剣がぶつかる。


 怒号。


 悲鳴。


 足音。


 何もかもが混ざり合っていた。


「前へ出ろ!」


 マルクが叫ぶ。


 だが、ペペロン軍の勢いが止まらない。


 中央から突出してきた帝国兵が次々と押し寄せてくる。


「くそっ!」


 マルクが一人を押し返す。


 次の瞬間。


「右から敵!」


「何!?」


 振り向く。


 別方向から帝国兵が迫っている。


 ローズ軍。


 側面。


「なんでそこから来る!」


 本来なら。


 そこにはドルドウィン旅団がいるはずだった。


 だが。


 いない。


 止める者がいない。


 ローズ軍が空いた場所へ流れ込み、そのまま側面から攻撃を仕掛けてきた。


「右を固めろ!」


「敵を入れるな!」


 無理だ。


 正面にはペペロン軍。


 側面からローズ軍。


 両方を受け止めるだけの兵はいない。


「どうなってんだ!」


 マルクが叫んだ。


「ドルドウィン中将は何してる!」


 近くの兵士が、息を切らしながら答える。


「ドルドウィン旅団がいません!」


「……は?」


「戦場から離脱したとの報告です!」


 マルクの動きが止まる。


「何言って――」


「それだけではありません!」


 別の兵士が叫ぶ。


「ミュラー旅団の陣が崩れています!」


「ドルドウィン旅団から攻撃を受けたと!」


 マルクは言葉を失った。


「……味方を?」


 一瞬。


 本当に一瞬だった。


 だが戦場では、その一瞬が致命的になる。


「旅団長!」


 敵が迫る。


 マルクが振り向いた。


「っ!」


 剣を構える。


 その時。


 横から大きな声が響いた。


「突撃せよ!」


 新たな兵の集団が戦場へ飛び込んでくる。


 マルクは目を見開いた。


 王国軍。


 ハウゼン旅団だった。


 先頭を進む男が剣を振る。


「マルク!」


 声が届いた。


「右は任せよ!」


「……!」


 側面へ入り込もうとしていたローズ軍へ、ハウゼン旅団がぶつかった。


 激しい金属音。


 ローズ軍の進撃が止まる。


「助かった……!」


 マルクはすぐに前へ向き直った。


 まだ終わっていない。


 むしろ。


 ここからだ。


「前線を立て直せ!」


 兵士たちを見る。


「ハウゼン旅団に合わせて押し返せ!」


「おおおおおっ!」


 エイゼン旅団が再び前へ出る。


 ハウゼン旅団が側面を支える。


 崩れかけていた戦線が、辛うじて繋ぎ止められた。


     ◇


 戦いは、その後も続いた。


 ヴァルディス旅団はルルベル軍を押し留める。


 エイゼン旅団はハウゼン旅団の援護を受けながら、ペペロン軍とローズ軍の攻勢に耐える。


 後方では、エルザが崩されたミュラー旅団を必死に立て直していた。


 だが。


 誰もが理解していた。


 戦況は悪い。


 帝国軍は多い。


 重装歩兵は硬い。


 そして何より。


 王国軍は味方から斬られた。


 日が高く昇っても戦闘は終わらない。


 剣を振る。


 押し返す。


 また押される。


 兵士が倒れる。


 その穴を別の兵士が埋める。


 何度も。


 何度も繰り返した。


 やがて。


 帝国軍の進撃が止まった。


 王国軍も、それ以上前へ出るだけの余力は残されていなかった。


 両軍は少しずつ距離を取る。


 帝国軍が後退する。


 王国軍も追わない。


 いや。


 追えなかった。


     ◇


 戦場には、無数の兵士が倒れていた。


 呻き声が聞こえる。


 折れた武器。


 踏み荒らされた大地。


 血に濡れた草。


 ホーランスはその光景を見つめていた。


 帝国軍は止めた。


 少なくとも今日、この先へ進ませることだけは防いだ。


 だが。


 それを勝利と呼ぶ者はいなかった。


 ホーランスの視線が、王国軍の右側へ向く。


 本来。


 そこにいるはずだった旅団。


 ドルドウィン旅団。


 その姿はどこにもない。


 残されたのは。


 味方に斬られた兵士たちと。


 崩された陣。


 そして――。


 なぜ。


 その疑問だけだった。


 帝国軍三万二千。


 重装歩兵。


 圧倒的な兵力差。


 それだけでも十分すぎるほどの脅威だった。


 だが、この日。


 アーヴァルト王国軍を最も深く斬り裂いた刃は。


 正面から押し寄せた帝国軍のものではなかった。


 味方であるはずの者が振るった剣だった。

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