第三十一話 警鐘
アルメリア暦一七四年四月五日。
王都ラピタルへと続く街道を、ルミエル小隊は進んでいた。
今回の任務は、代官の護衛。
近く王都では大会議が開催されることになっており、そのため各地の領主や代官がラピタルへ集まり始めていた。
ルミエル小隊も、そのうちの一人を王都まで送り届ける任務についている。
イシュラルを発って、すでに二日。
行程は順調だった。
このまま進めば、明日には王都が見えてくる。
そんな時だった。
街道の後方から、激しい蹄の音が聞こえてきた。
ラウルが振り返る。
一騎の馬が、凄まじい勢いでこちらへ迫っていた。
「道を空けて!」
リシアの声に、小隊員たちが街道の端へ寄る。
早馬は速度を緩めることなく、ルミエル小隊の横を駆け抜けた。
砂埃が舞う。
騎手は前だけを見ていた。
明らかに、ただの移動ではない。
「あれ……」
コルティオが走り去る騎手の背中を見る。
「ジルライト軍の紋章っすね。」
「ジルライト軍?」
ナタリアも遠ざかっていく馬へ視線を向けた。
「何かあったのかしら?」
「……。」
ラウルは答えなかった。
王都へ向かう早馬。
しかも、あれほど急いでいる。
何もないとは思えなかった。
小さくなっていく騎馬の姿を、ラウルは見えなくなるまで見つめ続けていた。
◇
翌日。
ルミエル小隊は王都ラピタルへ到着した。
護衛対象を無事に送り届け、任務を終える。
そのまま一行は軍務長舎へ向かった。
だが。
到着してすぐ、ラウルはいつもとの違いに気づいた。
人が多い。
軍務官が廊下を行き交い、兵士が次々と出入りしている。
書類を抱えた者が足早に走り抜ける。
どこからか指示を飛ばす声も聞こえていた。
「……何かあったみたいね。」
リシアも異変を感じ取っていた。
「任務報告と一緒に確認してきます。」
そう言い残し、軍務長舎の奥へ向かう。
残された小隊員たちは待つことになった。
誰も普段のようには話さなかった。
昨日見た早馬。
そして今日の、この慌ただしさ。
ラウルの中で二つが繋がり始めていた。
しばらくして。
リシアが戻ってきた。
その表情を見た瞬間、ラウルは良い知らせではないと悟った。
「全員、聞いて。」
小隊員たちが集まる。
リシアは一度息を整えた。
「ゴルディア帝国が侵攻を開始しました。」
空気が止まった。
「……帝国が?」
誰かが呟く。
リシアは頷いた。
「すでに国境を抜かれたそうです。」
ラウルの脳裏に、昨日の騎馬が浮かんだ。
ジルライト軍の紋章。
王都へ向かっていた早馬。
(あれは……。)
戦況を伝えるためのものだったのか。
「シュトライザー軍にも招集が掛かっています。」
リシアは続ける。
「私たちも二日後、王都を出発します。」
今までの山賊討伐とは違う。
護衛任務でもない。
国と国との戦争。
ラウルは軍務長舎の外へ目を向けた。
街を行き交う兵士。
運び込まれる物資。
慌ただしく動く軍務官たち。
昨日までと同じ王都のはずだった。
それなのに、まるで別の場所に見える。
戦争。
その言葉が、急に現実のものとして迫ってきた。
◇
時は一日遡る。
アルメリア暦一七四年四月四日、深夜。
王宮。
国王執務室へ、突如として知らせが届けられた。
「なんだと!」
シャルル・アーヴァルトの声が響く。
届けられた報告から目を上げる。
「……ついに来てしまったか。」
向かいにいた宰相レオニード・ヴァルステッドも、厳しい表情を浮かべていた。
「ジルライト軍に警戒をさせておいて正解でした。」
「ああ。」
シャルルは頷く。
だが、表情は晴れない。
「しかし、総力戦であればジルライト軍だけでは持ち堪えられんだろう。」
「私もそう考えます。」
レオニードはすぐに答えた。
「軍務長には先ほど連絡を入れてあります。」
そして現在の配置を頭に浮かべながら続ける。
「幸い、エンデヴァー軍がソルドーニ連邦国境付近におります。」
「そこから援軍を出すべきかと。」
シャルルは黙って聞いている。
「王都からはシュトライザー軍も、すぐに向かわせることが可能です。」
「……うむ。」
その時。
「失礼します!」
扉が開いた。
入ってきたのはヴァレン・シュトライザーだった。
急な呼び出しにもかかわらず、その足取りに迷いはない。
シャルルの前まで進み、敬礼する。
「連絡を受け、急ぎ参上いたしました。」
「深夜にすまんな、ヴァレン。」
「いえ。」
「お前の意見が聞きたい。」
「はっ。」
ヴァレンが顔を上げる。
レオニードが現在判明している戦況と各軍の配置を説明した。
ヴァレンは黙って聞く。
すべてを聞き終えると、すぐに口を開いた。
「ハイム軍を王都に待機させます。」
シャルルとレオニードがヴァレンを見る。
「エンデヴァー軍を南下させ、ジルライト軍の援軍へ。」
「シュトライザー軍も南下します。」
ヴァレンは続ける。
「ただし、全軍をそのまま南へ投入するのではなく、ソルドーニ連邦国、モルドア国双方への国境警備として一部兵力を配置します。」
「ふむ。」
シャルルが腕を組む。
「その上で、エンデヴァー軍かシュトライザー軍のいずれかで敵軍へ圧力を掛け、ジルライト軍と挟む形を作ることができれば――」
ヴァレンの声に力が入る。
「撃退は可能かと具申いたします。」
沈黙。
最初に口を開いたのはレオニードだった。
「私も賛成です。」
シャルルは二人を見る。
そして決断した。
「分かった。」
「細部はヴァレンに任せる。」
「はっ。」
ヴァレンが深く頭を下げる。
だが、決めるべきことはまだ残っていた。
「レオニード。」
「はい。」
「アーノルド公爵とセルナース侯爵へ連絡せよ。」
シャルルは続ける。
「帝国の侵攻が始まった。領内の警戒を強めるようにとな。」
「承知しました。」
レオニードは一度頷いた。
そして尋ねる。
「ドルドウィン公爵には、どういたしますか?」
シャルルは少し間を置いた。
「国境付近はあやつの領地だ。」
「すでに戦況は知っているだろう。」
帝国軍が国境を越えた。
最も近い場所にいる以上、その影響から逃れることはできない。
「援軍を送る。」
シャルルははっきりと言った。
「民を守るようにと伝えよ。」
「承知しました。」
深夜の王宮で。
次々と命令が下されていく。
帝国の侵攻という警鐘は、すでにアーヴァルト王国全体へ鳴り響き始めていた。
◇
二日後。
王都ラピタル。
早朝から、街には無数の軍靴の音が響いていた。
兵士が列を作る。
武器が並ぶ。
物資を積んだ荷車が続く。
各旅団が配置につき、次々と出発の準備を整えていく。
そして。
号令とともに、大軍が動き始めた。
シュトライザー軍。
その数――八千。
ラウルたちルミエル小隊も、その巨大な隊列の中にいた。
これまで経験してきた任務とは、何もかもが違う。
前を見ても兵士。
後ろを見ても兵士。
どこまでも続く軍列が、王都から南へ伸びていく。
ラウルは歩きながら、王都を振り返った。
ラピタルの姿が少しずつ遠ざかっていく。
向かう先にあるのは――戦場。
山賊との戦いではない。
訓練でもない。
国家と国家が軍をぶつけ合う、本物の戦争。
八千人。
それは、シュトライザー軍が動員する最大規模の兵力だった。
帝国から鳴らされた戦争の警鐘に応えるように。
アーヴァルト王国もまた――
動き始めていた。




