第三十話 帝国主義
アルメリア暦一七四年二月十七日。
ゴルディア帝国帝都、ガルドゴア。
帝国の中枢たる帝宮、その一室に六人の男が集められていた。
部屋の最奥。
玉座に腰掛けているのは、ゴルディア帝国皇帝――ゴルディア・ガルマンド。
その前には、帝国軍の頂点に立つ男。
帝国大元帥、ドイザッハ・マクシミリアン。
そして、その左右には帝国四柱と呼ばれる四人が並んでいる。
ルドルフ・ラプター。
ローズ・ギュンター。
ペペロン・ヤーノ。
ルルベル・ディオン。
帝国の軍事を担う者たちが、一堂に会していた。
誰も口を開かない。
重い静寂の中、ゴルディアは玉座から五人を見渡した。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「今から百五十一年前。」
低い声が室内へ響いた。
「我が祖先は、帝国最大の領土を手にした。」
五人は黙って皇帝の言葉を聞いている。
「数多くの国を滅ぼした。」
「そして、かつて小国に過ぎなかった我が国は――巨大な帝国を築き上げたのだ。」
ゴルディアは一度、言葉を切った。
その目には、現在ではない何かが映っている。
かつて帝国が支配していた、広大な領土。
「だが。」
声が僅かに低くなる。
「スペランザ王国という国に攻められた。」
帝国は領土を奪われた。
そして後退した。
「そこから我が帝国は、縮小の一途を辿った。」
ゴルディアの手が玉座の肘掛けを握る。
「奪われたのだ。」
静かな言葉だった。
だが、その声には強い執念が滲んでいた。
「祖先が築いた帝国を。」
「我らの領土を。」
ゴルディアは五人を見る。
「我は――もう一度、かつての帝国領土を取り戻したい。」
ただ、それだけ。
「その一心で、この帝国を作り変えてきたのだ。」
軍を整えた。
人を選んだ。
帝国を再び戦える国家へと作り変えてきた。
すべては、この日のために。
「ドイザッハよ。」
「はっ。」
マクシミリアンが僅かに頭を下げる。
続いて、ゴルディアの視線が四人へ向いた。
「帝国四柱よ。」
ラプター。
ギュンター。
ヤーノ。
ディオン。
四人が皇帝を見据える。
ゴルディアは玉座から立ち上がった。
「我は、お前たちに望む。」
一歩、前へ出る。
「帝国領土を――」
そして。
「奪い返せ。」
五人が同時に胸へ手を当てた。
「はっ!」
その声が帝宮の一室へ響いた。
百年以上の時を経て。
失われた領土を取り戻すため、帝国が再び動き始める。
今、この時。
ゴルディア帝国の大侵攻が始まろうとしていた。
◇
アルメリア暦一七四年三月五日。
帝都ガルドゴア。
帝国四柱、ルドルフ・ラプターの執務室。
机に向かうラプターの手元には、一枚の紙が置かれていた。
そこへ、静かに文字を書き連ねていく。
最後まで書き終えると、ラプターは内容を確認した。
そして紙を折り畳む。
「入れ。」
扉の外へ声を掛ける。
「失礼いたします。」
一人の兵士が入ってきた。
ラプターは、その兵士へ密書を差し出した。
「これを。」
兵士が両手で受け取る。
ラプターはその目を真っ直ぐ見た。
「あの男に届けよ。」
「はっ。」
兵士は深く頭を下げると、密書を懐へ収めた。
そして部屋を後にする。
扉が閉じた。
ラプターは椅子から立ち上がり、窓辺へ向かった。
窓の外には帝都ガルドゴアの街並みが広がっている。
「必ず、この侵攻を成功させねば。」
誰もいない室内で呟く。
その表情に、先ほど皇帝の前で見せていたものとは違う色が浮かんでいた。
「なんのために四柱に登り詰めたのか……分からんからな。」
密書はすでに運び出された。
その送り先である「あの男」が誰なのか。
ラプターが何を企んでいるのか。
それを知る者は、この場にはいなかった。
◇
同日。
帝都に構えられたマクシミリアンの屋敷。
そこには帝国大元帥ドイザッハ・マクシミリアンと、一人の男が向かい合っていた。
帝国四柱の一人。
ルルベル・ディオン。
ドイザッハは椅子に深く腰掛け、ディオンを見据えていた。
「呼び出したのは他でもない。」
「はっ。」
「今回の侵攻作戦。」
ドイザッハは机の上に広げられた地図へ目を落とした。
「お前の軍を主力とするつもりだ。」
ディオンの表情は変わらない。
「ローズもペペロンも、元は滅亡国の人間だ。」
ドイザッハの声には、明確な警戒が含まれていた。
「陛下が取り立ててはいるが――」
一度、言葉を切る。
「奴らだけは信用ならん。」
ディオンは静かにその言葉を聞いていた。
そして胸へ手を当てる。
「お任せください。」
迷いのない返答だった。
「帝国随一の黒鋼部隊で――」
ディオンの目が鋭くなる。
「薙ぎ倒してみせましょう。」
ドイザッハの口元が僅かに上がった。
「よし。」
そして告げる。
「お前の古巣も預ける。」
ディオンが僅かに目を動かした。
「好きに使え。」
「はっ。」
短く、力強く答える。
ドイザッハは立ち上がった。
帝国大元帥として。
そして、皇帝ゴルディアの大侵攻を支える者として。
ディオンを真っ直ぐ見据える。
「帝国主義の下に。」
その声が室内へ響く。
「皇帝陛下に勝利を届けるのだ。」
「はっ!」
ディオンの返答が重なる。
◇
二月十七日。
皇帝が下した命。
三月五日。
それぞれの思惑を抱えながら、帝国を動かす者たちが動き始めていた。
皇帝ゴルディアは、失われた帝国領土を求める。
大元帥ドイザッハは、その意思を軍事によって実現しようとしている。
ルルベル・ディオンには、侵攻の主力が託された。
そして。
ルドルフ・ラプターの手からは、一通の密書が帝都を離れようとしていた。
その先に何が待つのか。
まだ誰も知らない。
ただ一つ。
確かなことがある。
ゴルディア帝国では今。
かつての領土を奪い返すための――
大侵攻の準備が、着々と進んでいた。




