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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第二十八話 年明け

 アルメリア暦一七四年一月二日。


 新しい年を迎えた王都ラピタルには、冬の冷たい空気が漂っていた。


 あのドーハ山での任務から、すでに二か月以上が経っている。


 重傷を負い、シュタールで療養していたマーク・オベールともう一人の兵士も、その後の治療とリハビリを終え、ルミエル小隊へ復帰していた。


 その間も、ラウルたちは任務と訓練を繰り返してきた。


 剣を握る姿。


 指示を聞く姿勢。


 周囲を見る視線。


 新兵だった頃と比べれば、その一つ一つが見違えるほど変わっている。


 そして今日は、これまでとは違う訓練が予定されていた。


 ハーネス旅団内で行われる、大隊別訓練。


 これまで中隊規模での訓練には何度か参加してきた。


 だが、大隊規模での訓練は初めてだった。


「今日はついに聞けるっす!」


 隣を歩くコルティオが、朝から妙に嬉しそうだった。


「何をだ?」


 ラウルが尋ねる。


 コルティオは待ってましたと言わんばかりに振り返る。


「ゴルドウィン大隊長の怒号っす!」


 目を輝かせている。


「大隊全体に響くっていう、本物の『怒号のゴルドウィン』っすよ!」


「はいはい。」


 ナタリアが後ろからコルティオの背中を押した。


「喜んでないで、早く行くよ。」


「ちょ、押さなくても行くっす!」


 二人のやり取りを横目に、ラウルは小さく息を吐いた。


 だが、ラウル自身も今日の訓練には興味があった。


 あの日以来、ドルトン・ゴルドウィンは何度かルミエル小隊の訓練を見回りに来るようになっていた。


 その度に、ラウルも言葉を交わすことがあった。


 気さくで明るい。


 階級の低い兵士にも気軽に声を掛ける。


 もっとも――。


『おう! 調子はどうだ!』


 背中を勢いよく叩かれた時のことを思い出す。


(……少し激しいけどな。)


 あの大きな手で肩や背中を叩かれるたび、身体ごと持っていかれそうになる。


 それでもラウルは、ドルトンに好感を持っていた。


 そして何より。


 今日は初めて、大隊規模の部隊を指揮するドルトンを見ることになる。


 ラウル自身、少しだけ気持ちが高ぶっていた。


     ◇


 訓練場。


 大勢の兵士たちが、それぞれの中隊、小隊ごとに整列していた。


 普段の小隊訓練とは規模が違う。


 人の数。


 並ぶ隊列。


 響く足音。


 その全てが、ラウルにとって新鮮だった。


 やがて。


 壇上へ一人の男が現れた。


 ドルトン・ゴルドウィン。


 それまで僅かにざわついていた兵士たちが静まっていく。


 ドルトンは壇上から大隊を見渡した。


 そして、大きく息を吸う。


「これから大隊訓練を行う!」


 ――空気が震えた。


 ラウルは思わず目を見開いた。


 たった一言。


 それだけだった。


 それなのに、重く響く声が訓練場の隅々まで駆け抜けた。


 近くで聞けば、肌がひりつくような声圧。


 コルティオが隣で小さく震える。


「……これっすよ。」


 嬉しそうだった。


     ◇


 訓練が始まった。


 それは、ラウルが想像していた以上に激しいものだった。


「第三中隊! 前進!」


 ドルトンの声が飛ぶ。


 中隊長が即座に反応する。


「前進!」


 さらに各小隊長へ指示が伝わる。


「第二小隊、続け!」


「間隔を空けるな!」


 中隊長から小隊長。


 小隊長から小隊員。


 一つの命令が次々と下へ伝達され、大勢の兵士が動く。


 地面を踏み締める無数の足音。


 装備が擦れる音。


 各隊から飛び交う号令。


 事前に各中隊で行動訓練を実施していたとはいえ、実際に複数の中隊が同時に動けば状況はまるで違う。


 隣の中隊の号令が聞こえる。


 何十人もの足音が重なる。


 自分たちの小隊長の声すら、一瞬聞き取りにくくなることがある。


 だが。


「遅いぞ!」


 ドルトンの声だけは違った。


「第二中隊! 左が遅れてるぞ!」


 どれほど周囲が騒がしくても。


 どれほど大勢が動いていても。


 その声だけは、不思議なほどはっきり届く。


(これが……。)


 ラウルは指示に従って移動しながら、壇上を見る。


 遠い。


 それでも声は届く。


(大隊長なのか。)


 小隊とは違う。


 数人を見るのではない。


 複数の中隊を同時に見ながら、全体を動かしている。


 ラウルは初めて見る大隊規模の指揮から、目を離せなかった。


     ◇


 一方。


 壇上に立つドルトンは、動き続ける大隊全体を見渡していた。


(なるほどな。)


 見れば分かる。


 指示を受けた瞬間に意図を理解し、次の行動へ移る中隊長。


 一度考えてから動き出す者。


 その僅かな差が、実際に部隊を動かせば目に見えて現れる。


 小隊も同じだった。


 号令が飛んだ瞬間に動く小隊。


 周囲を確認してから動く小隊。


 小隊員の中にも、明らかに動きの良い兵士がいる。


 ドルトンの視線が一つの小隊で止まった。


(あれは……リシアの小隊か?)


 隊列の乱れにすぐ気づく。


 指示が飛ぶ。


 兵士が修正する。


 再び動く。


「そこ! 間隔が広いぞ!」


 ドルトンが檄を飛ばす。


 動きが変わる。


 それを見る。


 また次を見る。


 指示。


 確認。


 修正。


 その繰り返しだった。


 大隊長として、ドルトンは休む間もなく全体を見続けていた。


     ◇


 午前の訓練が終わった。


 ラウルが水を飲んでいると、どこかへ行っていたコルティオが駆け寄ってきた。


「ラウル!」


「どうした?」


「聞いたっす!」


 コルティオは息を弾ませながら言う。


「昼休憩が終わったら、午後から中隊規模の戦闘訓練らしいっす!」


「戦闘訓練?」


 ナタリアが反応した。


「大勢でやる戦闘訓練は初めてね。」


 少し緊張したように息を吐く。


「……緊張するわ。」


「緊張するのもいいけど。」


 後ろから声がした。


「しっかり結果を残すわよ。」


 三人が振り返る。


 リシアだった。


 その後ろには、復帰したマークとコルドもいる。


「結果ですか?」


 ラウルが尋ねた。


 答えたのはコルドだった。


「そうだ。」


 にやりと笑う。


「結果を積み重ねりゃあ、中隊長にも手が届くってな。」


 ラウルは僅かに目を見開く。


「中隊長……。」


 マークが続けた。


「私たちも上には行きたいからな。」


 療養を終えて戻ってきたマークの声は、以前と変わらなかった。


 リシアは三人を見る。


 そして小隊員たちへも視線を向けた。


「まずは小隊として上に行くわよ。」


 短い言葉だった。


 だが、その言葉にコルドが笑う。


 マークも頷いた。


 コルティオは目を輝かせた。


「燃えてきたっす!」


「さっきからずっと燃えてるでしょ。」


 ナタリアが笑う。


 ラウルは三人の上官を見る。


 リシア。


 マーク。


 コルド。


 誰か一人が上を目指しているわけではない。


 小隊として。


 皆で結果を積み重ねていく。


 ラウルは午前中に見た大隊訓練を思い返した。


 小隊。


 中隊。


 大隊。


 その先にも、さらに大きな組織がある。


(上に行く、か。)


 以前なら、ただ自分の役割を果たせばいいと思っていたかもしれない。


 だが今は。


 その言葉が少し違って聞こえた。


「行きましょう。」


 ラウルが立ち上がる。


 コルティオも勢いよく続く。


「もちろんっす!」


 ナタリアも剣を手に取った。


 午後。


 それぞれが胸の内に高ぶるものを抱えながら。


 ルミエル小隊は、中隊規模の戦闘訓練へ身を投じていった。

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