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RISELESS 新兵から始める王国戦記  作者: 藤堂拓哉
第一章

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第二十九話 戦闘訓練

 中隊規模同士による戦闘訓練。


 その光景は、傍から見れば地獄絵図と言ってもよかった。


「始め!」


 開始の合図と同時に、二つの中隊が激突する。


 何十人もの兵士が一斉に走り出し、瞬く間に敵味方が入り乱れた。


 木剣と木剣が激しくぶつかる。


 怒号。


 悲鳴。


 地面を蹴る無数の足音。


 あらゆる音が重なり合い、指揮官が何かを叫んでいても、前線にいる兵士にはほとんど届かない。


 倒れた者の横を別の兵士が駆け抜ける。


 背後から攻撃される者。


 二人がかりで一人を押し倒す者。


 隊列など、とうに消えていた。


 ラウルはその光景を呆然と眺めていた。


「……すごいっすね。」


 隣にいるコルティオも、いつもの勢いがない。


「これ……訓練なのよね。」


 ナタリアも複雑な表情を浮かべている。


 今使われているのは訓練用の木剣だ。


 それでも怪我人は出る。


 模擬戦闘が終わるたびに、肩を借りる者や担架で運ばれる兵士が後を絶たなかった。


 もし。


 これが実戦だったなら。


(何十人……。)


 いや。


 戦場の規模によっては、何百人という人間が死ぬのかもしれない。


 ラウルは目の前の光景から目を離さなかった。


 その時。


「……ん?」


 違和感を覚えた。


 敵と味方が入り乱れている。


 そう思っていた。


 だが、よく見ると違う。


 戦場の一角。


 そこだけ人の動きが明らかに違っていた。


 一個小隊がまとまっている。


 互いの距離を崩さず、周囲の敵を押し返しながら一定の空間を維持していた。


 さらに別の場所。


 一個小隊が集団のまま敵陣へ突っ込んでいる。


 先頭が敵を弾き、後続がその隙間へ入り込む。


 無理やり空間をこじ開けるように前進していた。


(違う。)


 ただ乱れているわけじゃない。


 ラウルの視線が、その動きへ釘付けになる。


「分かるか?」


 突然、隣から声がした。


「オベール中尉。」


 マークが立っていた。


 マークは戦場へ視線を向けたまま言う。


「地獄絵図に見えるだろ?」


「……はい。」


「だが、一個の集団としてまとまれば、あの中でも乱れない。」


 マークが一つの小隊を指す。


「あの小隊。」


 次に別の場所。


「あっちもだ。」


 戦い方は違う。


 一方はまとまりを崩さず、空間を維持する。


 一方は自ら敵の中へ飛び込み、突破口を作る。


「それぞれの色を見せながら奮戦している。」


「小隊ごとに……。」


「ああ。」


 マークは頷いた。


「人数が増えれば、ただ集まっただけじゃ動けない。」


「だからこそ、小隊って単位が生きる。」


 ラウルは何も答えなかった。


 ただ、その言葉を噛み締めながら戦場を見る。


 小隊。


 中隊。


 大隊。


 昨日まで言葉として理解していたものが、実際に動く姿として少しずつ見えてきていた。


     ◇


「出番よ。」


 リシアの声がした。


 ルミエル小隊の隊員たちが集まる。


 リシアは全員を見渡した。


「全体の指揮は中隊長が執ります。」


 そして、はっきりと言う。


「私たちは、その指示を忠実に実行する。」


「ルミエル小隊として、突き進むわよ。」


「了解!」


     ◇


 開始の合図が鳴った。


 ルミエル小隊が配置されたのは、中隊右側の前線付近だった。


「来るぞ!」


 敵中隊が一斉に攻め込んでくる。


「構えて!」


 リシアの号令。


 直後。


 激突した。


 木剣同士がぶつかる。


 ラウルは正面から振り下ろされた木剣を受け止めた。


「っ!」


 重い。


 押し返す。


 横ではコルティオも敵兵と打ち合っている。


 ナタリアも別の兵士を受け止めていた。


「前へ出すぎるな!」


 リシアの声が飛ぶ。


「戦線を維持!」


「仲間との距離を保って!」


 敵を倒すことだけが目的ではない。


 今の役割は、右側の前線を維持すること。


 ほどなく、中隊長から指示が届いた。


「左側優勢!」


「本隊より予備兵を投入する!」


「右側は前線維持を継続せよ!」


「了解!」


 リシアは即座に小隊へ伝える。


「不用意に突っ込まない!」


「前線維持!」


「仲間との距離を崩さないで!」


 ラウルは一歩踏み込んだ。


 敵兵が木剣を振るう。


 受ける。


 押し返す。


 だが倒せない。


 ナタリアと共に一人を押し返しても、すぐ後ろから別の兵士が出てくる。


(減らない。)


 こちらも崩れてはいない。


 しかし、決定打がない。


 ラウルは一瞬だけ横を見る。


 マークがいた。


 敵兵の木剣を受け流す。


 踏み込む。


 的確な一撃を胴へ叩き込む。


 敵が後退した瞬間には、もう次の相手へ向いていた。


(強い。)


 その隣。


「おらっ!」


 コルドが大きく踏み込んだ。


 相手の攻撃を大胆にかわし、一気に懐へ入る。


 体勢を崩した敵を――。


「どけっ!」


 大きく蹴り飛ばした。


 敵兵が後方へ転がる。


(……二人とも強い。)


 だが、見惚れている場合ではない。


「ラウル!」


「分かってる!」


 ナタリアと並ぶ。


 二人で敵を押し返した。


     ◇


 再び、中隊長から指示が届いた。


「右側へ予備兵を投入!」


「前線部隊は入れ替わり後退せよ!」


「後退!」


 リシアの号令で、ルミエル小隊は動いた。


 ほどなく別の小隊が前線へ入る。


 入れ替わるようにルミエル小隊が下がった。


 混乱はない。


 素早い交代だった。


 リシアは呼吸を整えながら戦場を見る。


 左側。


 先ほどまで優勢だったはずの場所。


 しかし――。


「止められたわね。」


 左側からの突撃は、敵に防がれていた。


 戦況は拮抗している。


 しかも左側の突破を狙ったため、予備兵の多くがそちらへ投入されている。


 本隊に残る予備兵は多くない。


 コルドも戦況を見ながら口を開く。


「こりゃあ、かなり厳しめだな。」


 腕で汗を拭う。


「どこかが出っ張らねぇと、先にこっちが崩れちまう。」


「そうね。」


 リシアも左を見る。


「今、突破力のある小隊は左に集まってる。」


「そこで抜けないとなると……。」


 言葉が止まる。


 ラウルも戦場を見ていた。


 左。


 中央。


 右。


 敵の配置。


 味方の配置。


 左側へ集まる兵力。


 正面でそれを受け止める敵。


(正面から抜けないなら。)


 ラウルの視線が、さらに左へ動いた。


「隊長。」


「何?」


「さらに左側を回るのはどうですか?」


 三人がラウルを見る。


「側面からです。」


 ラウルは続けた。


「正面ではこちらの攻勢を止めるため、敵も左側へ兵を寄せています。」


「なら、そのさらに外を回って側面から入れば――。」


 リシアがマークを見る。


 マークもリシアを見る。


 コルドが口元を上げた。


「面白ぇな。」


「ええ。」


 リシアも笑った。


「面白いかも。」


 三人の意見が一致した。


     ◇


 リシアはすぐに中隊長へ提案した。


 戦況を確認した中隊長は、短く考えた後、その案を許可する。


 ルミエル小隊は戦線から離れ、敵の視界に入りにくい位置を選びながら左へ大きく回り込んだ。


 その間。


 中隊長は左側へさらに強い攻勢を命じた。


「押せ!」


「前へ!」


 味方部隊が激しく攻め立てる。


 敵の注意が正面へ集まる。


 ルミエル小隊はさらに回る。


 コルティオが前方を確認した。


「隊長!」


 声を抑えながら振り返る。


「今なら側面、行けそうっす!」


 リシアが敵陣を見る。


 正面へ意識が集中している。


 こちらには、まだ気づいていない。


 剣を握り締める。


「全員、構えて!」


 ルミエル小隊が一斉に身構えた。


 リシアは一瞬だけ全員を見る。


 そして。


「突っ込めぇー!」


「おおおおおっ!」


 ルミエル小隊が一斉に駆け出した。


     ◇


 敵の側面へ突き刺さる。


「なっ!?」


「左から来たぞ!」


 完全な不意打ちだった。


 ラウルが一人を押し退ける。


 コルティオがその隙間へ飛び込む。


 ナタリアも続く。


 マークとコルドが前方を切り開く。


 それまで正面の敵を受け止めていた兵士たちが、一斉に横を見る。


 その瞬間。


「今だ!」


 正面から、突破力のある小隊が次々と攻め込んだ。


 側面からルミエル小隊。


 正面から主力。


 敵の左側が耐えきれなくなる。


「押せ!」


 隊列が崩れた。


 一人が下がる。


 その後ろの兵士も下がる。


 さらに隣も崩れる。


 連鎖するように戦線が乱れていく。


(崩れた。)


 ラウルには、はっきりと分かった。


 先ほどまで拮抗していた戦況が、一気に動いた。


 味方中隊が攻め立てる。


 敵は立て直せない。


 そして――。


 そのまま勝機を掴んだ。


     ◇


 その日の夜。


 ルミエル小隊の宿舎には、昼間とはまるで違う賑やかな声が響いていた。


「乾杯っす!」


「コルティオ、まだ早い!」


「もう乾杯してるじゃないっすか!」


 笑い声が上がる。


 訓練でできた擦り傷や打ち身はある。


 身体中が痛む者もいた。


 それでも、大きな怪我をした者はいない。


 全員が無事に一日の訓練を終えることができた。


 そして、年が明けたばかりでもある。


 年明けの祝いも兼ねて、皆で食べ、飲み、今日の訓練について好き勝手に語り合っていた。


 ラウルもその輪の中にいた。


 昼間に見た光景が、まだ頭に残っている。


 一見すれば、ただ敵味方が入り乱れるだけの戦場。


 だが、その中にも小隊があった。


 まとまりを維持する小隊。


 突破口を作る小隊。


 そして。


 一つの小隊の動きが、中隊全体の戦況を変えることもある。


 ラウルは静かに杯を口へ運んだ。


 戦場は、一人では動かない。


 だが。


 一つの集団が正しく動けば――。


 戦場そのものを動かすことができる。


 賑やかな笑い声の中。


 ラウルは今日目にしたものを、静かに胸へ刻んでいた。

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