第二十七話 ドルトン・ゴルドウィン
ルミエル小隊が王都ラピタルへ帰還した翌日。
リシア・ルミエルは、今回の任務報告を行うため軍務長を訪れていた。
受付の窓口で報告書を提出し、その場を離れようとした時だった。
「ルミエル大尉。」
事務員に呼び止められ、リシアが振り返る。
「はい。」
「軍務長長官より伝達があります。」
事務員は手元の書類を確認してから続けた。
「ルミエル小隊は帰還後三日間、休業とする。シュトライザー軍総司令官としての指示とのことです。」
リシアは一瞬だけ目を瞬かせた。
今回の任務では多くの隊員が傷を負っている。
帰還までの行軍を終えたばかりでもあった。
すぐに姿勢を正し、敬礼する。
「拝命しました。」
◇
三日間の休業を終え、ルミエル小隊は訓練を再開した。
朝から訓練場には剣を打ち合わせる音が響いている。
「もう一度!」
コルド・ルビック中尉の声が飛ぶ。
この日、リシアは提出した報告書について詳しい聴取を受けるため、軍務長へ向かっていた。
そのため、午前中の訓練はコルドが指揮している。
ラウルは剣を構えた。
正面の相手を見る。
踏み込む。
剣がぶつかる。
一度離れ、再び踏み込む。
以前と同じ訓練。
だが、その取り組み方は明らかに違っていた。
「もう一本お願いします。」
休もうとしない。
コルティオも同じだった。
「次、俺とお願いします!」
息を切らしながら、それでも次の相手を探している。
ナタリアも額の汗を拭い、すぐに剣を構え直した。
三人とも、ドーハ山での実戦を経験していた。
自分の剣が通用した瞬間。
通用しなかった瞬間。
一歩間違えれば命を失っていた場面。
それぞれが何かを感じていた。
三人の訓練への身の入り方は、以前とは比べものにならない。
そして、その熱は周囲にも伝わっていく。
「俺たちもやるぞ!」
「おう!」
気づけば、小隊全体が訓練へ身を投じていた。
コルドはその様子を見ながら、満足そうに笑った。
その光景を。
訓練場から少し離れた場所で、一人の男が見ていた。
大柄な身体。
腕を組み、黙って訓練を眺めている。
ドルトン・ゴルドウィンだった。
「……いい訓練じゃないか。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
その表情は、どこか楽しそうだった。
◇
昼前。
軍務長での聴取を終えたリシアが訓練場へ戻ってきた。
「午後からは私も参加します。」
「了解。」
コルドが答える。
やがて午前の訓練を終え、小隊員たちは昼休憩に入った。
ラウルたちも木陰へ腰を下ろす。
「疲れたっす……。」
コルティオが木にもたれかかった。
「自分でやってるんだろ。」
ラウルが水筒を口へ運ぶ。
「それとこれとは別っす。」
ナタリアが呆れたように笑った。
その時だった。
「おう!」
突然、よく通る声が訓練場へ響いた。
ラウルが思わず顔を上げる。
一人の男がこちらへ歩いてきていた。
声だけではない。
身体も大きい。
歩いているだけなのに、妙な迫力がある。
リシアがその男に気づいた。
すぐに立ち上がる。
「ゴルドウィン大隊長。」
敬礼。
コルドも続いた。
ラウルたちも慌てて立ち上がり、敬礼する。
「休め、休め!」
ドルトンは豪快に手を振った。
「昼休憩だろう。そんな固くならんでいい!」
声が大きい。
普通に話しているだけのはずなのに、訓練場の端まで聞こえそうだった。
「どうしてこちらへ?」
リシアが尋ねる。
「見回りだ、見回り!」
ドルトンは笑う。
そしてコルドへ歩み寄ると、その肩を勢いよく叩いた。
「さっきの訓練、見たぞ!」
「っ……ありがとうございます。」
「いい訓練じゃないか!」
もう一度、肩を叩く。
コルドの身体が僅かに揺れた。
ラウルはその様子を見ながら、ドルトンの声圧に驚いていた。
(声が……大きいな。)
何気なく隣を見る。
コルティオが目を輝かせていた。
そして。
「……怒号のゴルドウィン。」
聞き逃してしまいそうなほど、小さな声。
ラウルはコルティオを見る。
その顔は、まるで有名人を目の前にした少年のようだった。
ドルトンはそんな二人には気づかず、リシアへ向き直った。
「リシア。」
「はい。」
「今、少し話せるか?」
「もちろんです。」
「よし。」
ドルトンは宿舎へ向かって歩き始める。
リシアもその後を追った。
二人の姿が遠ざかっていく。
しばらくして。
「いい部下を持ったな!」
ドルトンの豪快な笑い声とともに、そんな言葉が遠くから聞こえてきた。
◇
ルミエル小隊宿舎。
一室へ入ると、ドルトンは椅子へ腰を下ろした。
リシアも向かいへ座る。
先ほどまで笑っていたドルトンだったが、最初に尋ねたのはマークのことだった。
「マークが重体らしいな。」
声は大きい。
だが、その表情には心配の色があった。
「容体はどうだ?」
「一命は取り留めました。」
リシアは答える。
「現在もシュタールで療養しています。意識も戻っていますので、このまま順調に回復すると思います。」
「そうか。」
ドルトンは大きく息を吐いた。
「よかったな。」
「ええ。」
リシアも僅かに微笑んだ。
ドルトンは少し間を置く。
「報告書を読んだ。」
リシアの表情が戻る。
「ローウェンという兵士に、マークは指揮を譲渡したようだな。」
「はい。」
「同行していた中には、ローウェンより小隊歴の長い兵士もいたと聞いている。」
ドルトンはリシアを見る。
「なぜだ?」
リシアは少しも迷わなかった。
「ローウェンは指揮能力が高いです。」
はっきりと答える。
「勤勉で、小隊運用についても人一倍学んでいます。」
「ほう。」
「それに、今回同行していたシルフォード、レイナードとの連携を考えた場合も、ローウェンが指揮を執るのが最も適切だったと、私も考えます。」
ドルトンは黙って聞いている。
「マークも同じように判断したのだと思います。」
「なるほどな。」
ドルトンは腕を組んだ。
そして、ふと思い出したように言う。
「そういや、さっきの訓練。」
「はい。」
「やたら気合いの入った三人がいただろう。」
リシアはすぐに誰のことか理解した。
「ローウェン、シルフォード、レイナードです。」
「やっぱりあいつらか。」
ドルトンの口元が上がる。
「随分と訓練に身を入れていたな。」
「今回、三人とも実戦を経験しましたから。」
リシアは少し考える。
「それぞれ、思うところがあったのでしょう。」
「そうか。」
ドルトンは短く答えた。
何かを確かめるように、ゆっくりと頷く。
ラウル・ローウェン。
コルティオ・シルフォード。
ナタリア・レイナード。
しばらく黙っていたドルトンは、不意に椅子から立ち上がった。
「よし。」
「もうよろしいのですか?」
「ああ。」
ドルトンは扉へ向かう。
「また来る。」
それだけ言うと扉を開けた。
「失礼する!」
最後まで大きな声だった。
扉が閉じる。
部屋に静けさが戻った。
リシアはしばらく閉じられた扉を見つめる。
そして、小さく息を吐いた。
「……豪快な人だわ。」
誰もいない部屋で、そうこぼした。




