第二十六話 余波
ラウルたちがシュタールへ到着してから、一週間が経った。
山賊との戦闘で傷を負ったルミエル小隊の面々も、そのほとんどが回復していた。
そして、重傷を負っていたマーク・オベールも意識を取り戻している。
まだ起き上がって自由に動ける状態ではないものの、容態は安定し、順調に回復していた。
もう一人の負傷兵も治療を続けている。
リシアは二人の状態を確認すると、小隊員たちを集めた。
「そろそろ王都へ戻ります。」
全員がリシアを見る。
「本来ならマークたちの回復を待ちたいところだけど、私たちは任務を終えてから、すでにかなりの日数をシュタールで過ごしています。」
今回の任務では、ただ護衛を行っただけではない。
村への襲撃。
山賊との交戦。
小隊の分割。
複数の負傷者。
そして、ラウルへの一時的な指揮権譲渡。
王都へ戻り、正式な任務報告を行わなければならなかった。
「マークと負傷兵は、引き続きシュタールで治療を受けてもらいます。」
リシアは一度、全員を見渡す。
「私たちは王都へ帰還します。」
「了解!」
こうして、未だ回復途中にある二人をシュタールへ残し、ルミエル小隊は王都への帰路についた。
◇
それから三日後。
王都ラピタル。
王国軍宿舎の一室。
机に向かっていたヴァレン・シュトライザーのもとへ、一人の兵士がやって来た。
「失礼します!」
扉が開く。
兵士は室内へ入ると、姿勢を正した。
「ルミエル小隊についての報告書をお持ちしました。」
ヴァレンは顔を上げる。
「ありがとう。」
低く、渋い声だった。
報告書を受け取ると、兵士は敬礼して部屋を後にした。
扉が閉まる。
ヴァレンは手元の報告書へ目を落とした。
「……十日前か。」
届いたのは、十日前に作成された報告書だった。
内容はルミエル小隊について。
任務中に小隊員二名が重傷を負い、その治療のため、シュタールで待機しているという一報だった。
さらに、軍務長からの報告書も同封されている。
ヴァレンはそちらを開いた。
今回の護衛任務。
山賊による村への襲撃。
ルミエル小隊と山賊との交戦。
負傷者。
任務の概要が記されている。
しばらく黙って読み進める。
やがてヴァレンは顔を上げた。
部屋の外に控えている兵士へ声を掛ける。
「ゴルドウィンを呼んでくれ。」
「はっ!」
◇
数十分後。
「お呼びですか?」
低く重い、それでいてよく通る声とともに男が部屋へ入ってきた。
ドルトン・ゴルドウィン。
ヴァレンは椅子に座ったまま答える。
「ああ。」
先ほどの報告書を差し出した。
「ルミエル小隊が任務中に深手を負ったようだ。」
「ほう。」
ドルトンは報告書を受け取り、その場で目を通していく。
しばらくして眉を上げた。
「こりゃあ……なかなかやられましたな。」
二名の重傷者。
山賊との複数回の交戦。
ただの護衛任務として見れば、決して軽い被害ではない。
ヴァレンはそんなドルトンへ告げた。
「ドルトン。」
「はい。」
「ネルには私から言っておく。」
そして続ける。
「ルミエル小隊が戻ったら、様子を見てやれ。」
ドルトンは報告書を返すと、胸を張った。
「了解しました! シュトライザー大将!」
豪快な敬礼とともに、大きな声が室内へ響く。
ヴァレンは思わず笑った。
「お前はいつも声が大きい。」
「ははっ!」
しかし、ドルトンはすぐにヴァレンの言葉の意味を考えた。
小隊員が任務中に負傷した。
それだけなら、ヴァレンがわざわざ自分を呼び、帰還後に様子を見るよう指示する理由としては弱い。
「シュトライザー大将。」
「なんだ。」
「何か気になることでも?」
ヴァレンは少しだけ目を細めた。
「気になる名前があってな。」
軍務長から送られてきた報告書へ再び目を落とす。
そこに記された二つの名前。
「ラウル・ローウェン。」
そして。
「コルティオ・シルフォード。」
ドルトンの表情が変わった。
「シルフォードといやぁ、軍務長次官の?」
すぐに思い至る。
「シュトライザー大将の副官じゃないですか!」
「ああ、そうだ。」
ヴァレンは頷く。
「この前のガナナの件にも絡んでいてな。」
「なるほど。」
ドルトンは納得したように何度か頷いた。
「理解しました。」
そして、にっと笑う。
「お任せを。」
もう一度敬礼すると、部屋を出ていった。
扉が閉じる。
ヴァレンは手元の報告書へ視線を戻した。
そこには再び、二人の新兵の名が記されていた。
ラウル・ローウェン。
コルティオ・シルフォード。
◇
時は少し遡る。
リシアたちがシュタールへ戻ってから二日後の夜。
シュタールにある公爵邸。
その一室に、二人の男がいた。
一人は窓辺に立ち、夜の街を眺めている。
ダールトン・ドルドウィン公爵。
その背後には、若い男が立っていた。
整った身なりに、落ち着いた物腰。
若さの中にも聡明さを感じさせる男だった。
「ドルドウィン公爵様。」
男――ルクス・ウェインが静かに口を開く。
「公爵領にて、また山賊が出たようです。」
ダールトンは窓の外を見たまま動かない。
ルクスは報告を続ける。
「村が襲われ、死傷者が出たとの報告が上がっております。」
「……そうか。」
ダールトンはゆっくりと振り返った。
その顔には悲痛な表情が浮かんでいる。
「それは……残念であるな。」
沈痛な声だった。
「被害に遭った村への支援を。」
「必要なものを確認し、速やかに手配せよ。」
ルクスは深く頭を下げる。
「承知いたしました。」
そして部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂。
ダールトンはしばらく動かなかった。
やがて。
先ほどまで浮かべていた悲しげな表情が消えた。
口元が歪む。
「……くだらぬ。」
吐き捨てるような声だった。
窓の外に広がるシュタールの街並みを見下ろす。
その顔には、先ほどルクスへ見せていた領主としての悲しみなど、欠片も残っていなかった。




