第二十五話 守るということ
村へ戻ると、すでに状況は変わっていた。
村の入口には見慣れない軍旗が掲げられ、武装した兵士たちが周囲の警戒に当たっている。
リシアがエリックたちを通じて要請していた救援部隊だった。
村の各所には兵士が配置され、外周にも警戒線が敷かれている。
リシアはその様子を確認すると、重傷を負ったマークと兵士を救護班へ引き渡した。
「お願いします。二人とも重傷です」
「承知しました」
救護兵たちがすぐに動き出す。
ラウルたち負傷者も治療を受けることになったが、リシアには先に済ませなければならないことがあった。
「私は救援部隊の指揮官へ報告してきます」
そう告げると、村に設けられた臨時の指揮所へ向かった。
◇
「失礼します」
リシアが指揮所へ入る。
室内には数名の兵士と、一人の男がいた。
机の上には周辺地図が広げられ、村とドーハ山周辺の位置が書き込まれている。
男が顔を上げた。
「君は?」
リシアは姿勢を正し、敬礼する。
「ルミエル小隊小隊長、リシア・ルミエル大尉です」
男もそれに応じる。
「ロイ・パール少佐だ。ジルライト軍、ヴァルディス旅団所属の中隊長を務めている」
ロイは地図へ視線を落とした。
「救援要請を受け、ジルライト団長の命により救援へ来た」
「要請どおり、現在は村の警護を実施している」
そして再びリシアを見る。
「だが、こちらは詳しい状況を把握していない。何が起きたのか確認したい」
「はっ」
リシアは事の経緯を説明した。
伐採業者の護衛任務でドーハ山麓へ来たこと。
護衛任務二日目、作業場のある村が山賊に襲撃されたとの報告を受けたこと。
護衛対象を放置することはできないため、マークを残して小隊を二つに分けたこと。
自らはコルドと兵士七名を率いて村へ向かったこと。
村では複数の山賊と交戦し、九名を倒し、二名を捕縛したこと。
捕らえた山賊の発言から、別に仲間がいる可能性が高いと判断したこと。
そのため救援を要請し、自分たちは伐採場へ戻ったこと。
ロイは口を挟まずに聞いていた。
説明を終えたところで、リシアは続ける。
「ただし、伐採場に残した別働隊については、まだ詳細な状況確認を終えておりません」
「戻った際には負傷者の救護を優先しました」
「なるほど」
ロイは腕を組み、少し考えた。
「判断は理解した」
そしてリシアを見る。
「では、別働隊で何が起きたのか確認し、こちらにも報告してくれ」
「はっ」
リシアは敬礼した。
◇
指揮所を出たリシアは、そのまま救護所へ向かった。
救護所には多くの人が集まっていた。
マーク。
負傷した小隊員。
ラウルたち。
そして、山賊の襲撃で怪我を負った村人たち。
救護兵が慌ただしく行き交い、傷の手当てを続けている。
リシアは一度、マークの姿を見た。
横になったまま動かない。
治療は続いている。
声を掛けたい気持ちはあった。
だが今は、自分の役目を果たさなければならない。
視線を巡らせる。
少し離れた場所に、治療を終えたラウルが座っていた。
身体には包帯が巻かれている。
「ラウル」
呼ばれて、ラウルが顔を上げた。
「ルミエル隊長」
「少しいい?」
「はい」
リシアはラウルの前へ立った。
「私たちと別れた後、何があったのか教えてほしい」
ラウルは頷いた。
そして、一つずつ話し始めた。
リシアたちが村へ向かった後、マークの指示で作業員を一か所へ集めたこと。
突然、大斧を持った男たちに襲撃されたこと。
兵士が負傷したこと。
マークが撤退を決断し、山へ退いたこと。
その途中、大斧を投げつけられ、マークが重傷を負ったこと。
山の中で一度停止したこと。
指揮不能となったマークから、自分へ指揮を譲渡されたこと。
そして。
逃げ続けるのではなく、その場で山賊を撃退することを決めたこと。
伐採業者たちへ協力を求めた。
偵察を出した。
石や木を集めた。
地形を利用して山賊を待ち伏せた。
投擲で敵を崩し、四人で突撃した。
孤立した敵を伐採業者たちにも協力してもらい倒した。
最後には、大斧の男と戦った。
そして――。
「俺は剣を弾き飛ばされました」
ラウルの声が僅かに低くなる。
「そのままなら……殺されていたと思います」
リシアは黙って聞いていた。
「助けてくれたのは、オベール中尉です」
ラウルは横たわるマークを見る。
「中尉が立ち上がって、大男を倒してくれました」
そこまで聞いて、リシアはしばらく何も言わなかった。
ラウルだけではない。
コルティオも。
ナタリアも。
残った兵士も。
伐採業者たちも。
そしてマークも。
全員が生きて戻ってきた。
「……よく護衛対象を守ってくれました」
ラウルがリシアを見る。
「そして」
リシアは穏やかに続ける。
「よく生還してくれました」
ラウルはその言葉を、黙って受け止めた。
嬉しいというよりも、重かった。
自分一人で成し遂げたことではない。
「……オベール中尉のおかげです」
ラウルは噛み締めるように言った。
「中尉がいなければ、どうなっていたか分かりません」
リシアはマークへ視線を向けた。
「そうね」
少しだけ表情を和らげる。
「でも、マークが立ち上がったのは……君たちだったからだと思う」
「俺たちだったから?」
「ええ」
リシアは眠ったままのマークを見る。
「守らなきゃいけないと思ったんでしょうね」
ラウルは何も言わなかった。
「意識も朦朧としていたはずなのに、それでも立ち上がった」
リシアは小さく笑った。
「マークらしいわ」
そして、ラウルへ向き直る。
「大丈夫」
「マークは必ず目を覚ます」
迷いのない言葉だった。
「きっと大丈夫よ」
ラウルはもう一度マークを見る。
「……はい」
◇
翌日。
ロイ・パール少佐が率いてきた三個小隊は、早朝から周辺地域の調査を開始した。
村周辺。
伐採場。
ドーハ山麓。
山賊が潜伏している可能性のある場所を確認していく。
調査の結果、新たな山賊集団は確認されなかった。
周辺に差し迫った危険はない。
そう判断したロイは、一個小隊を村の警護として残し、残る二個小隊を率いて撤収した。
ルミエル小隊も村を離れることになった。
負傷者を荷馬車へ乗せる。
重傷のマークも慎重に運ばれた。
そして、村で捕らえた山賊二名も連行する。
一行はシュタールへ移動した。
◇
シュタール到着後。
負傷者たちは本格的な治療を受けることになった。
捕縛していた山賊二名については、都市の警備隊へ身柄を引き渡す。
ラウルがマークの容態を聞いたのは、その後だった。
「全治三か月ほどになるでしょう」
治療を担当した者から告げられる。
ラウルの表情が僅かに強張った。
「意識は?」
「傷は深いですが、今のところ命に別状はありません」
その言葉に、ラウルの肩から少しだけ力が抜ける。
「意識が戻るまで、一週間程度はかかると思います」
「……そうですか」
ラウルは静かに頷いた。
◇
その夜。
宿舎の窓から、ラウルはシュタールの街並みを眺めていた。
夜の街には家々の灯りが点々と浮かんでいる。
人が歩いている。
店から声が聞こえる。
いつもと変わらない日常がそこにあった。
ラウルは窓枠へ腕を置く。
頭に浮かぶのは、今回の任務のことだった。
小隊を分けたリシアの判断。
護衛対象を集めたマークの判断。
山へ退いた判断。
そして。
『指揮を……お前に譲渡する』
腕を掴まれた感触を思い出す。
『必ず……護衛対象を守れ』
自分は何をした。
戦力を確認した。
偵察を出した。
伐採業者たちに協力を求めた。
地形を利用した。
敵を引きつけた。
奇襲した。
作戦は成功した。
護衛対象も守った。
だが。
自分は最後に殺されかけた。
助けてくれたのはマークだった。
「……守る、か」
ラウルは小さく呟いた。
自分が全員を守ったわけではない。
ラシムたちが協力してくれた。
コルティオが戦った。
ナタリアが戦った。
兵士も戦った。
そして、最後にはマークが自分を守った。
誰か一人が、全員を守るわけではない。
自分が誰かを守り。
その誰かが、また別の誰かを守る。
支えられながら、支える。
ラウルは窓の外を見つめ続けた。
まだ答えが出たわけではない。
それでも。
以前より少しだけ。
自分が目指すべきものが見えた気がした。
――守るということ。
その意味を、ラウルは静かに考え続けていた。




