第十九話 行軍
王都ラピタルを出発して二日。
ルミエル小隊の行軍は驚くほど順調に進んでいた。
本来、新兵訓練で学ぶ長距離移動は徒歩行軍が基本である。
しかし今回の任務は護衛対象が同行せず、移動距離も長いことから、小隊では荷馬車を二台使用していた。
一台には水や食糧、予備装備など任務に必要な物資を積み込み、もう一台には小隊員の半数が乗る。
一定時間ごとに徒歩組と交代することで体力の消耗を抑え、目的地までの移動速度を維持していた。
ラウルは荷馬車の横を歩きながら、その無駄のない運用に感心する。
(これも隊長の計画か……。)
二日目にはオスカーナへ到着した。
補給を終えると一泊し、翌朝、夜明けとともに再び出発する。
その後も予定どおり行軍は進み、数日後にはオリオルへ到着した。
しかも予定より半日ほど早い。
「今日は長めに休憩を取る。」
ルミエルの一言で、小隊員達から小さく歓声が上がる。
それぞれ思い思いに街へ散っていった。
◇
「ラウル、コルティオ。市場を見に行くぞ。」
コルド・ルビック中尉が気軽に声を掛ける。
「はい。」
「了解っす!」
一方でルミエルはナタリアへ視線を向けた。
「少し付き合ってくれる?」
「はい!」
二組はそれぞれ別方向へ歩き出した。
◇
市場は旅人や商人で賑わっていた。
乾物の匂い、焼きたてのパンの香り、威勢の良い商人の声。
そんな中を歩きながら、コルドは二人へ振り返る。
「初めての長距離行軍はどうだ?」
ラウルは素直に答えた。
「以前の小隊でも長距離行軍自体は経験があります。ただ……」
一度周囲を見回し、続ける。
「これほど充実した行軍は初めてです。」
「俺もそうっす!」
コルティオも勢いよく頷く。
「こんなにも計画的な行軍は初めてっす!」
コルドは吹き出した。
「お前は変わったやつだな。」
普通なら疲れたとか飯が美味いとか言う場面で、行軍計画を褒める兵士など珍しい。
笑いながら肩を叩く。
「でも間違っちゃいねぇ。」
そして少し誇らしげに言った。
「ルミエル小隊の行軍は数ある小隊の中でも指折りだ。しっかりついてこいよ。」
ラウルは前から気になっていた疑問を口にする。
「どうしてここまで質が高いんですか?」
コルドは即答した。
「そりゃあ、ルミエル隊長の行軍計画が凄いからさ。」
少し照れくさそうに笑う。
「もちろん、俺やマークが副官ってのも大きいけどな。」
するとコルティオが納得したように頷いた。
「計画が良くても、実行してくれる人がいないと意味がないってことっすね。」
「そういうことだ。」
コルドは力強く頷く。
「俺たちが隊長を支えることで形になってる。隊長一人じゃここまで上手くはいかねぇ。」
その笑顔には副官としての誇りが滲んでいた。
ラウルはその姿を見つめながら思う。
(一人じゃできない。)
(優れた隊長にも支える副官がいて、それを動かす小隊員がいる。)
(組織は、一人では作れない。)
◇
同じ頃。
オリオル中心街の食事処。
昼食の時間帯を過ぎた店内は静かで、落ち着いた空気が流れていた。
リシア・ルミエルは紅茶を口に運びながら、不意にナタリアへ尋ねる。
「ラウル君とコルティオ君が配属されてきた時、軍学校の同期だって話していたわよね。」
「はい。」
「仲が良いわよね。」
突然の話題に少し驚きながらもナタリアは答える。
「コルティオは軍学校からの同期です。ラウルは……初等部からの幼馴染なんです。」
「そうなのね。」
リシアは微笑み、
「で、どっちが好きなの?」
とさらりと言った。
「ぶっ――!」
飲んでいた紅茶が危うく噴き出す。
「あらあら、大丈夫?」
リシアは笑いながらハンカチを取り出し、慌てるナタリアの口元を優しく拭う。
「な、なんて質問を……!」
顔を真っ赤にして俯くナタリア。
そんな反応を見てリシアは楽しそうに笑う。
「あら、違うの?」
「え……」
「私はずっとそうだと思ってたわ。」
ナタリアは観念したように小さく息を吐いた。
「そんなに……分かりやすかったですか?」
「そうねぇ。」
少し考えた後、
「他の小隊員にはまだ気付かれてないと思うわ。」
その言葉にナタリアは胸を撫で下ろした。
「よかった……。」
リシアは紅茶を一口飲み、優しく微笑む。
「あなた、二人が来てからすごく変わったもの。」
「え?」
「特にラウル・ローウェン。」
その名前を聞いた瞬間、ナタリアの顔がさらに赤くなる。
「対抗心なのかしら。」
「努力の質が一段上がったように見えたわ。」
ナタリアは少し照れながら笑う。
「初等部の頃から……ラウルは何でもそつなくこなしていて。」
「気付けば憧れていました。」
「軍学校へ入ったのも、ラウルの影響が大きいんです。」
リシアは静かに耳を傾ける。
「何度か……好意が伝わるように接したこともあるんですけど。」
「全然気付いてくれなくて……。」
リシアは思わず吹き出した。
「ふふっ。」
「ラウル君、鈍感そうだものね。」
二人は顔を見合わせて笑った。
穏やかな時間はあっという間に過ぎていく。
ナタリアにとって、そのひとときは久しぶりに肩の力を抜いて過ごせる、心地よい時間だった。
◇
夕刻。
休息を終えたルミエル小隊はオリオルを出立する。
そして行軍開始から八日目。
一行は予定どおりシュタールへ到着した。
護衛任務の舞台は、すぐそこまで迫っていた。




