第十八話 護衛任務
アルメリア暦一七三年八月二日。
ラウルたちが王国軍へ入隊してから、すでに一年が過ぎていた。
真夏の日差しは容赦なく大地を照らし、訓練場には熱気が立ち込めている。午前の訓練を終えた兵士たちは、それぞれ木陰へ腰を下ろし、水筒を口へ運びながら短い休息を取っていた。
ラウルも木にもたれ、静かに息を整える。
額を流れる汗を拭ったその時だった。
「ラウル、コルティオ、ナタリア。小隊全員に伝達だ」
宿舎の方から歩いてきたコルド・ルビック中尉が声を掛ける。
「任務だ。会議室へ集合」
「了解しました」
「了解です」
「了解しました」
三人は立ち上がり、小隊員たちと共に宿舎へ戻った。
◇
宿舎内、小会議室。
ルミエル小隊の隊員たちは既に席へ着いていた。
室内には自然と緊張感が漂っている。
護衛任務や巡回任務はこれまでも経験してきたが、小隊全員が集められる正式な作戦会議には、いつも独特の空気があった。
やがて扉が開く。
リシア・ルミエル大尉と、マーク・オベール中尉が入室した。
全員が立ち上がる。
「楽にして」
ルミエルの一言で再び着席する。
ルミエルは全員を見渡し、穏やかな声で告げた。
「ルミエル小隊に任務が下りました。」
一拍置く。
「今回の任務は、伐採業者の護衛です。」
そして隣に立つオベールへ視線を向けた。
「マーク、詳細をお願い。」
「了解しました。」
オベールは机上に広げた地図へ手を置いた。
「任務地域はソルドーニ連邦国との国境付近、ソード山脈ドーハ山麓です。」
地図を指し示しながら説明を続ける。
「現地では伐採業者が三日間にわたり作業を行います。我々はその作業期間中、業者の護衛を担当します。」
隊員たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「日程について説明します。」
オベールの指先が王都ラピタルへ置かれた。
「明日の早朝に王都を出発。」
そこから指がゆっくりと南西へ移動する。
「オスカーナ。」
さらに。
「オリオル。」
そして。
「シュタール。」
「ここまで八日間の行軍となります。」
誰も口を挟まない。
「シュタールで一日の休息日を設け、その後、伐採業者の作業拠点となる村へ移動。現地責任者との打ち合わせを行い、翌日よりドーハ山麓で作業開始。」
地図の山岳地帯を指す。
「三日間、伐採地点と作業場を往復しながら護衛を実施。」
「任務終了後は再びシュタールへ戻り、一日の休息日を設けます。」
最後に来た道をなぞった。
「その後、同経路で王都へ帰還。」
地図から顔を上げる。
「以上です。何か質問はありますか。」
一瞬の静寂。
やがてエリックが手を挙げた。
「悪天候になった場合はどうなりますか。」
「作業期間中であれば期間を延長します。」
オベールは即答する。
「行軍中であれば、豪雨や土砂崩れなど移動が危険と判断されない限り、予定通り移動を継続します。」
「了解しました。」
今度はルビック中尉が口を開いた。
「危険度合いは。」
「現時点でソルドーニ連邦国との国境情勢に問題はありません。」
オベールは落ち着いた声で続ける。
「ですが。」
その一言で空気が少し引き締まる。
「去年から山賊、あるいは正体不明の集団の目撃情報が増えています。」
「戦闘になる可能性は高くありませんが、警戒は怠らないようにしてください。」
「以上です。」
ラウルは静かに周囲を見渡した。
これまでにもルミエル小隊で幾度となく任務を経験してきた。
その度に感じることがある。
任務内容。
行軍経路。
危険地域。
休息日。
補給。
すべてが小隊員全員へ共有されている。
誰一人として「知らされていない」ことがない。
(これが……。)
ラウルは胸の内で呟く。
(王国軍人として目指すべき小隊の形なんだ。)
隊長だけが理解している部隊ではない。
副官だけが把握している部隊でもない。
小隊全員が同じ情報を持ち、同じ目的を共有する。
だからこそ、判断が早く、動きにも迷いが生まれない。
この一年でラウルが最も感心したルミエル小隊の強さだった。
ルミエルは全員を見回した。
「では、以上です。」
柔らかな笑みを浮かべる。
「午後の訓練は中止とします。」
少しだけ表情を緩めた。
「しっかり休息を取って、明日からの任務に備えてください。」
「了解!」
小隊員たちの声が揃う。
◇
部屋へ戻ると、コルティオが机いっぱいに地図を広げていた。
真剣な表情で何やら眺めている。
「どうした?」
ラウルが声を掛ける。
コルティオは振り返ると、ぱっと笑顔になった。
「ラウル! 行軍経路聞いたっすか?」
「聞いたけど……。」
「オスカーナ、オリオル、シュタールっす!」
勢いよく地図を指差す。
ラウルは少したじろいだ。
「そ、それがどうした?」
「見るっす!」
コルティオは指で王都から順になぞっていく。
「オスカーナ。」
「オリオル。」
「シュタール。」
そして目的地まで一直線に線を引いた。
「最短距離で目的地まで行軍経路が組まれてるっす!」
目を輝かせる。
「無駄がないっす。」
「移動期間も的確。」
「休息日もちゃんと配置されてる。」
「補給拠点も全部押さえてるっす。」
興奮気味に地図を何度も指差す。
「これだけの人数を安全に移動させるには、地形も距離も補給も全部考えないといけないっす。」
「いやぁ……。」
感心したように頷いた。
「やっぱり隊長たちはすごいっす。」
ラウルも地図へ視線を落とした。
確かに無駄がない。
都市ごとの距離。
補給。
宿営。
休養。
どれも計算された行軍計画だった。
(これを。)
ラウルは静かに心へ刻む。
(自分でも立案できるようにならないといけない。)
優れた指揮官とは、戦う者ではない。
戦う前から勝てる形を整える者なのだ。
ラウルは改めて、その難しさと奥深さを実感していた。




