第十五話 アーヴァルト王国
ルミエル小隊へ配属されてから半年が過ぎた。
ラウル達は幾つもの任務を経験し、小隊員達ともすっかり打ち解けていた。
街道の巡回。
商隊の護衛。
近隣の村々の警備。
大きな戦こそなかったものの、一つひとつの任務が確かな経験となり、ラウル達は着実に軍人として成長を続けていた。
そんなある日。
王都で新兵研修が実施されることになった。
各地へ配属された新兵達は、この日だけ王都へ集められ、研修を受けることになっている。
◇
王都軍施設。
その一室には、およそ百名ほどの新兵達が集まっていた。
広い講義室には規則正しく机が並べられ、開始時刻を待つ新兵達が静かに席へ着いている。
ラウル、ナタリア、コルティオも中央付近の席へ腰を下ろしていた。
開始まではまだ少し時間がある。
コルティオが辺りを見回しながら口を開いた。
「新兵全員が集まるのは入隊式以来っすね。」
ナタリアも周囲へ目を向ける。
「そうね。」
「訓練が始まってからは、それぞれ配属先が違ったもの。」
ラウルも会場を見渡した。
軍学校時代の顔。
新兵訓練で同じ班だった者。
何人か見覚えのある兵士達がいた。
互いに軽く会釈を交わす程度だが、それだけでも半年ぶりの再会だった。
コルティオは少し表情を曇らせる。
「でも……。」
「もう除隊した人もいるみたいっす。」
少し間を置いて続けた。
「殉職した人も。」
三人は自然と黙り込んだ。
軍へ入って半年。
それだけの時間で、既に軍を去った同期がいる。
それが軍という世界だった。
その時だった。
講義室の扉が開く。
一人の軍人がゆっくりと教壇へ歩いていった。
私語は自然と止み、会場が静まり返る。
男は教壇へ立つと、新兵達を見渡した。
「この部屋の新兵研修を担当する。」
落ち着いた低い声が室内へ響く。
「訓練長所属。」
「ジム・キンソンだ。」
百名の新兵達が姿勢を正した。
ジムは軽く頷く。
「今日の研修内容は、国についてだ。」
一度教室全体を見渡してから続ける。
「軍学校を卒業した者達は、ある程度は知っていると思う。」
「だが。」
「君達はこれから幾つもの国家問題に直面していくだろう。」
「だからこそ、一から学び直すつもりで励んでほしい。」
そう言うと、ジムは黒板へ向かった。
チョークを手に取り、大きく文字を書き始める。
やがて書き終えた文字は――
『アーヴァルト王国』
その四文字だった。
ジムは振り返る。
「さて。」
「君達は我が国、アーヴァルト王国について何を知っているだろうか。」
教室を見渡す。
「答えられる者はいるか。」
一番前の席に座る女性新兵が手を挙げた。
「はい。」
「君。」
「アーヴァルト王国は私達の祖国です。」
「アルメリア大陸の中心に位置し、自然豊かな繁栄国です。」
ジムは小さく頷く。
「その通り。」
「では。」
今度は右端最前列に座る男性兵士を見る。
「君はどうだ。」
男性兵士は立ち上がった。
「王国軍は非常に強く、どの国にも引けを取らない国です。」
「なるほど。」
ジムは二人を見渡した。
「どちらも正解だ。」
一拍置く。
「そして。」
「どちらも不正解でもある。」
教室がざわつく。
「どういうことだ?」
「間違ってないだろ。」
小さな声が聞こえた。
ジムは何も言わず、再び黒板へ向いた。
チョークを走らせる。
アルメリア歴 八十八年 カルネスト王国併合
アルメリア歴 百十二年 ダリス王国併合
アルメリア歴 百二十一年 スペランザ王国併合
書き終えると新兵達へ向き直る。
「現在のアーヴァルト王国は、この三つの王国を併合し巨大化した国家である。」
「なお、併合は武力によるものではなく、平和的に行われた。」
続けて黒板へ簡単な地図を書き始める。
「そして。」
地図の中央を指す。
「ここがアーヴァルト王国。」
周囲へ線を伸ばす。
「東にはソルドーニ連邦国。」
「西にはモルドア王国。」
「南にはゴルディア帝国。」
「北にはミルドレイナ王国。」
「我が国は数多くの国家に囲まれている。」
チョークを置き、新兵達を見る。
「先程の答えが正解であり、不正解でもある理由。」
「それは。」
「確かにアーヴァルト王国は自然豊かで繁栄している。」
「しかし、その繁栄は三つの王国を併合して成り立っているということ。」
「そして。」
「王国軍は強い。」
「だが、周囲を多くの国家に囲まれる以上、強いだけでは国家は生き残れない。」
「外交。」
「経済。」
「統治。」
「民。」
「それら全てがあって初めて国家は成り立つ。」
ジムは静かに言葉を続けた。
「君達に知ってもらいたい。」
「アーヴァルト王国の良い部分だけではない。」
「危険で。」
「危うい部分も。」
「それを知ってこそ。」
「君達一人ひとりが、この国を支える力になる。」
そう言うとジムは再び黒板へ向き直り、新たな内容を書き始めた。
午前の講義は昼前まで続いた。
アーヴァルト王国の成り立ち。
周辺諸国との関係。
そして現在の国勢について。
軍学校でも学んだ内容ではあったが、実際に軍人として半年を過ごした今だからこそ、新たに理解できることも多かった。
◇
昼休憩。
講義室のあちこちで新兵達が談笑している。
ラウル達も席を離れ、窓際へ移動していた。
コルティオが腕を組みながら口を開く。
「キンソン教官の授業、どうだったっすか?」
ラウルは少し考えて答える。
「軍学校でも習った内容だった。」
「だが。」
「今日の方が、より詳しく学べた。」
コルティオは満足そうに頷く。
「っすよね。」
その横でナタリアも頷いた。
「私もなんとなくは知ってたけど。」
「直轄領とか、公爵領とか侯爵領とかに分かれて統治されてるのよね。」
その言葉を聞くと、コルティオは待ってましたと言わんばかりに少し身を乗り出した。
「そうっす!」
「アーヴァルト王国は王様が直接治める直轄領だけじゃないんす。」
「まず王家が直接統治してるのが直轄領。」
「王都ラピタルを中心に、マリーナやバンクハードなんかも含まれてるっすね。」
ナタリアは興味深そうに聞いている。
コルティオは続けた。
「それから公爵領。」
「アーノルド公爵領。」
「ドルドウィン公爵領。」
「そして侯爵領ではセルナース侯爵領が有名っす。」
「それぞれが担当する都市や街を治めていて、代官なんかも配置されて統治してるんすよ。」
ラウルは静かに聞いていた。
軍学校でも学んだ内容だが、こうして改めて整理して聞くと理解しやすい。
コルティオはナタリアへ顔を向けた。
「そういえば。」
「ナタリアの街って確かセルナース侯爵領っすよね?」
「そうよ。」
ナタリアは嬉しそうに笑う。
「マルテスはセルナース侯爵領にある街だもの。」
「セルナース侯爵とも会ったことあるわ。」
「おぉ。」
コルティオは感心したように目を丸くした。
「さすがマルテス代官の娘っすね。」
ナタリアは少し照れたように笑う。
「小さい頃に何度かお会いしただけよ。」
三人がそんな話をしていると――。
講義室の前方から鐘が鳴った。
「休憩終了だ。」
教官の声が響く。
新兵達はそれぞれ席へ戻り始める。
ラウル達も席へ着いた。
しばらくすると、講義室の扉が開く。
しかし――。
入ってきたのは、ジム・キンソンではなかった。
見慣れない一人の軍人が、静かに教壇へ向かって歩いてきた。




