第十三話 ルミエル小隊
ラウル・ローウェンとコルティオ・シルフォードは、新たな配属先であるルミエル小隊の宿舎へ向かって歩いていた。
朝の空気は澄み渡り、兵士達が行き交う王国軍駐屯地は、以前と変わらぬ活気を見せている。
しばらく無言で歩いていたコルティオが口を開いた。
「ルミエル小隊って結構評判いいんすよ。」
「そうなのか。」
「所属は第一軍、ハーネス旅団っす。旅団長はネル・ハーネス中将。冷静で頭の切れる人らしいっすよ。」
ラウルは静かに頷く。
「小隊長のリシア・ルミエル大尉も有名っす。面倒見が良くて、部下からの信頼も厚いとか。」
「なるほど。」
「小隊全体の雰囲気もいいらしいっすね。規律もしっかりしてるし、兵士同士も仲がいいって聞きました。」
コルティオは笑みを浮かべる。
「ガナナ小隊とは真逆っすよ。」
ラウルは小さく笑った。
「……本当に真逆なら、安心できそうだ。」
二人はそのまま歩みを進める。
やがて目的の宿舎が見えてきた。
その時だった。
「ラウルー! コルティオー!」
宿舎の方から元気な声が響く。
二人が顔を向けると、赤く長い髪を揺らしながら、一人の女性兵士が手を振って駆け寄ってくる。
「ナタリア!」
コルティオが嬉しそうに声を上げた。
ラウルも自然と片手を上げる。
「久しぶり。」
ナタリア・レイナードは二人の前で足を止め、安心したように微笑んだ。
「本当に久しぶり! 二人とも無事でよかった。」
「色々あったっすよ。」
コルティオが苦笑する。
ナタリアは少し表情を曇らせた。
「噂は聞いてるわ……。ガナナ小隊で大変だったんでしょ?」
「まあな。」
ラウルは短く答える。
「でも、もう終わった。」
「そう……。」
ナタリアは胸を撫で下ろした。
「二人とも、本当にお疲れさま。」
その一言だけで十分だった。
三人は自然と笑みを浮かべる。
「ナタリアにまた会えてよかった。」
ラウルがそう言うと、
「私も。」
ナタリアは優しく笑った。
コルティオも嬉しそうに頷く。
「それじゃ、案内するね。」
三人は宿舎へ入った。
中へ足を踏み入れた瞬間、ラウルは目を細める。
床には埃一つなく、壁や廊下まで綺麗に掃除されている。
すれ違う兵士達は足を止め、
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
自然に挨拶を交わしていく。
誰一人として無視する者はいない。
ラウルは周囲を見渡した。
「綺麗だな。」
「毎日掃除してるからね。」
ナタリアは少し誇らしげだった。
「規律も厳しいけど、その分みんな気持ちよく生活できるの。」
「いい小隊っすね。」
コルティオも感心していた。
やがて一つの部屋の前でナタリアが立ち止まる。
コンコン、と扉を叩く。
「失礼します。」
「どうぞ。」
落ち着いた女性の声が返ってきた。
ナタリアが扉を開ける。
室内には、水色の長い髪を持つ端正な顔立ちの女性軍人が立っていた。
その隣には二人の男性軍人。
ナタリアは姿勢を正し敬礼する。
「リシア・ルミエル大尉。
ラウル・ローウェン、コルティオ・シルフォード、到着しました。」
「ご苦労様。」
女性は穏やかに頷いた。
「二人とも、楽にして。座ってください。」
二人は敬礼を返し、勧められた椅子へ腰を下ろす。
女性は柔らかく微笑んだ。
「私はリシア・ルミエル。
ルミエル小隊の小隊長を務めています。」
続いて隣の男性へ視線を向ける。
「こちらが副官のコルド・ルビック中尉。」
黒髪の青年が軽く会釈した。
「よろしく。」
「そして、こちらがマーク・オベール中尉です。」
マークはラウルを見ると、静かに微笑んだ。
「よろしくお願いします。」
続いて二人も自己紹介する。
「ラウル・ローウェンです。本日付で着任しました。」
「コルティオ・シルフォードです! よろしくお願いします!」
リシアは二人を見渡した。
「歓迎します。」
それだけだった。
ガナナ小隊で何があったのか。
なぜ異動してきたのか。
一切触れない。
代わりに話し始めたのは、小隊そのものについてだった。
「まず、ルミエル小隊は第一軍ハーネス旅団所属です。」
「旅団長はネル・ハーネス中将。
非常に優秀で、兵士一人ひとりを大切にされる方です。」
二人は真剣に耳を傾ける。
「現在、小隊はあなた達を加えて十五名。」
「基礎訓練は基本的にルビック中尉かオベール中尉が担当します。」
「そして小隊全体で行う訓練については、私自身が指揮を執ります。」
リシアは少しだけ表情を引き締めた。
「ルミエル小隊は規律を重んじます。」
「命令は厳守。」
「互いを信頼し、互いを守る。」
「それがこの小隊です。」
二人は同時に返事をした。
「はい。」
リシアは満足そうに頷く。
「宿舎について分からないことはナタリアへ聞いてください。」
「今日はゆっくり休みなさい。」
「明日から訓練を始めます。」
「了解しました。」
二人は敬礼し、ナタリアと共に部屋を出た。
扉が閉まる。
静かな部屋で、コルドが口を開いた。
「あれが噂の新兵ですか。」
マークも腕を組む。
「噂ほど特別な雰囲気は感じませんでしたね。」
リシアは紅茶へ視線を落とした。
「噂は噂、ということでしょう。」
そして静かに続ける。
「前の所属先については触れないようにしてください。」
「承知しました。」
マークは素直に頷く。
コルドは口元を少し緩めた。
「話しただけではまだ分かりませんしね。」
「本当に有能なのか。」
「これから見定めるとしましょう。」
リシアも穏やかに頷く。
「そうですね。」
そう言って目の前の紅茶を静かに口へ運んだ。
一方。
ナタリアは宿舎の廊下を歩き、一つの部屋の前で立ち止まる。
「今日からここが二人の部屋よ。」
扉を開く。
室内は二人部屋。
整理整頓され、寝具も綺麗に整えられていた。
「おぉ、いい部屋っすね!」
コルティオは嬉しそうに右側のベッドへ向かう。
「俺、こっち使います!」
ラウルは自然と左側へ荷物を置いた。
「悪くない。」
ナタリアは二人を見て微笑む。
「せっかくだし、荷解きが終わったら夜に話しましょ。」
「食堂で待ってるね。」
そう言って部屋を出て行った。
扉が閉まる。
コルティオは部屋を見回しながら笑う。
「いやぁ……。」
「小隊によって本当に何もかも違うっすね。」
ラウルもゆっくり周囲を見渡した。
「宿舎は綺麗だ。」
「兵士達も規律がある。」
「いい小隊だな。」
荷物を置き終えたラウルは、小さく呟いた。
「……ナタリアが、この小隊でよかった。」
その声は小さかった。
しかし、
コルティオは聞き逃さなかった。
ニヤリと笑う。
「そうっすね。」
その声には安堵が滲んでいた。
窓の外では夕日が少しずつ傾き始めている。
二人は荷解きを終えると軍服を整え、ナタリアとの約束どおり食堂へ向かうことにした。




