60.ゴングは鳴った
「着いた。ここだな、ヨハンの店は」
「『インタラクト』。相互作用、という意味ですか?」
「みたいだな」
俺たちは王都の目抜き通りにある新しい建物の前にいた。
大きさは、近隣の大店4店舗分ほどあり、5階建てとなっている。どこの店よりモダンでお洒落であり、来店客で賑わっていた。
ヨハンは父から開店資金を渡されたと言っていたが、ベイカー子爵はいったいヨハンにいくら渡したんだ…。
しかも、すぐにその資金は回収出来たと言っていたな。
アイツの商才は恐ろしい…。
「賑わっていますね。はぐれないように気をつけないと…」
「そうだよレティ。しっかり、俺に掴まって」
「もう!子供じゃありませんから!」
「ハハハ。では、俺がしっかりレティに掴まっていよう」
「ロイ様ったら…」
楽しい…。
良かった、二人で出掛けられて!
そんな風に浮かれていると、誰かから名前を呼ばれた。
振り返ると、そこにはヨハンとシルヴィア嬢がいた。
「ロイドさんも来てくれたんですね!」
「ヨハンか。すごい賑わいじゃないか」
「ありがとうございます!元々、こんなに大きくするつもりは無かったんですけどね…」
照れながら、ヨハンが答える。
「スカーレット嬢も、いらっしゃいませ」
「お会いできて光栄ですわ、ヨハン様」
「色々な物があるのでゆっくりしていってください。シルヴィも挨拶を…」
「いらっしゃいませ、ロイド様、スカーレット様。お気に召す商品がきっと見つかると思いますわ」
シルヴィア嬢が上品に挨拶をしてくる。
所作は美しいが、言っている内容がヨハンそっくりになってきたな…。
引っ込み思案だった彼女が、驚くべき変化だ。
「買いたい物が多すぎて、ヨハンのカモにされないように気をつけないとな」
「フフフ。ヨハンは手ぐすね引いて待っていますから、お気をつけてくださいね」
「シルヴィ、ひどいなぁ」
そう言ってヨハンは笑うが、本当に気を引き締めなければ。
8割方、本気だろう…。
「ロイドさん、案内はどうしますか?」
「大まかな店舗の配置だけ教えてもらっていいか?今日はデートだから二人でゆっくりしたいんだ」
「承知しました」
そう言って、ヨハンは地図と共に店を教えてくれた。
レティもシルヴィア嬢から、美容のお店を聞いていた。
「では、ゆっくりとお過ごしくださいね」
「あぁ、楽しんでくるよ」
俺たちはヨハンたちに見送られ、店内に向かった。
中は、豪華な作りだった。
店なのに、入口はホテルのようなエントランスになっている。
寛げるスペースがあったり、配送手配をするカウンターまであった。初めて来た人に店内を紹介する、他言語対応のコンシェルジュサービスまで兼ね備えているのは流石としか言いようがない…。
ヨハンとシルヴィア嬢の商才には、本当に脱帽だ。
「すごいですね…」
「あぁ。まさかこんな風になっているとは思わなかった…」
「それでロイ様、どこに行きましょうか?」
「取り敢えず、他国エリアに行かないか?シュブランの着物が売っているらしい」
「着物ですか?」
「ユファ王太后様が言っていたんだ。レティにシュブランの着物は似合いそうだと」
「えっ!王太后様がですか!」
「あぁ。似合う物があれば購入したいと思っている」
「ちょっと楽しみです…」
「では、行こうか」
「はい!」
俺たちは他国エリアの中でも、シュブラン皇国のエリアヘと向かった。
シュブラン皇国のエリアは、全体的に朱色と黒を用いた店舗が多かった。我が国にない色彩で、異国に来たような感じになる。着物の店はいくつかあったが、ヨハンに教えてもらった店に向かうことにした。
「うわぁ〜…。綺麗…」
「本当に素晴らしい染め物だな…」
「ありがとうございます。お気に召す物がありましたら、羽織る事もできますよ?」
「いいんですか!?」
「どうぞどうぞ。是非、合わせてみてください」
いくつかレティに似合いそうなものをピックアップしてもらう。
「どう、レティ?気に入った物はあった?なんなら全部、買ってしまおうか?」
「そうはいきませんよ!買って着なかったら、もったいないじゃないですか!作ってくれた人にも悪いし…。私は吟味したいんです!」
「そうなんだ…」
「う〜〜ん。もう少し迷いたいので、ロイ様、待っててもらっていいですか?」
「わかった。ゆっくり選んでね」
「はい!」
真剣に悩むレティが微笑ましい。
正直、何でも買ってあげたくなってしまう…。
レティに内緒で、全部買おうかな…。
……、やばい。
もしや、ヨハンのカモになってる?
そんな事を考えていると、店に来ていた裕福そうな女に声を掛けられる。
「キャー!やだ〜!いい男!!」
煩い女だ…。こういう輩は無視だな。
そう思って黙っていると、急に腕に抱きつかれる。
えっ?痴女か?
ギョッとして女の方を見ると、狩人のような瞳で俺を見ている。
「あなたとっても素敵ね。どう?あたしとイイコトしない?」
俺の腕に胸を押し付けて、流し目で誘ってくる。
痴女決定だな。
しかし、俺の顔を知らないとは…。
所作も下品だし、裕福な商家の娘と言ったところか。
「婚約者を待っているんだ。他を当たってくれ」
俺はなるべく角が立たないように断りを入れる。
「え〜!絶対にあたしの方が満足させられるわ!そんな婚約者となんて別れて、あたしにしなさいよ〜」
グイグイ来るな…。
というより、香水の匂いが不快になってきた…。
言葉遣いが悪い上に、声もキーキーと煩い。
発情期の猿か?この女。
「このあたしが誘ってるのよ?ありがたく、言うことききなさいよ!」
「不快だ。去れ」
「キー!あんた、あたしを誰だと思ってんの!」
女が長い爪を振り上げる。
引っ掻かれる、と思った瞬間、何かが前を横切った。
「ロイ様に気安く触れないで下さいませ」
素早い動きで俺を助けたのは、レティであった。
レティは、あの一瞬で女のつけ爪をすべて取っていた。
ヒーローのように颯爽と現れたレティに、胸がキュンとしてしまった。
ロイドさん、ナンパされました(笑)
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