制圧と侵略
家まで続く土手の道を、少女と僕は歩いた。
兄妹みたいに見えていたらいいなあ、とささやかな願いを世間に向けてみるが、
回りに人影は無い。
「え…と、盗られたものっていうのは、君の?」
いまだに不安げな瞳のまま、少女は僕を見上げた。
「いえ…私のお父さまのものなんです…。」
「…お父様?」「?お父様です」
…あ。こういう呼び方をする子って本当にいたのか。みっともなく聞き返してしまった。
「でもお父様は今は動くことができなくて…私が変わりに探しに来たんです。」「そんなに大切なものなんだ…。それは、何?」
僕の問いに少女は小さな口を開きかけるが、思い出したようにつぐんだ。
「…やっぱり、教えられない、です。ごめんなさい。でも…
あれは、欲しがる。人ならみんな、欲しがるはずだから。」
少女の真剣さに気圧されてしまう。それ以上は聞くことをやめた。
不意に空気が震えるのを感じ、空を見上げる。
ハッと気付いたときにはもう遅く、渦巻く暗雲が轟音と閃光を吐き出し、
地を揺らした。
「―――ッ?!」
「また…?!」
第二の門シュラ。箱庭での戦闘は、やはり長引いているみたいだ。
「お…おにいさん…今のは…」何の前触れもなく起きた雷に驚いたのだろう、
少女は怯えているように見えた。
「あれね、今雷があの建物に落ちただろ?あそこは箱庭にフェンリル達が
暮らしているところに繋がっていて、そこでの戦いが激しいみたいなんだ。
だからこっち側の世界にも、ああやって影響が出るんだよ。」
「……?!なぜ、箱庭で戦いが起きているんですか!?」
あれ、見たところ小学校高学年か中学一年生くらいに見えるけど、今はそのくらいの時期なら学校で教わってるんじゃないのか?
「箱庭は昔、僕たち人間のエゴ…欲望と想像によって作られたことはしっているだろう?箱庭の力が肥大化し、暴走にまで至っていると判断した政府が、懲らしめることに決めたからだよ。」
「それ…侵略じゃないんですか!箱庭が一体何をしたというんですか?!」
つまり彼女が何を言いたいのかは分からなかったが、眼差しは真剣そのものだった。
「侵略、か…」
そうだ、皆が「制圧」「抑制」と口にした。
だが、実のところは違うのだろう、いや、僕にも分かっている。
「そうだね、これは…――――」
いいかけた時、空が低く、長く唸り始めた。
「…―――まずい。」
咄嗟に少女の手を取って走り出すが、すぐに大粒の雨に襲われる。
さっきの雷で雨雲が刺激されたのだろうか。とにかく少しでも早くうちに辿り着くしかない。
あまりの豪雨で、足音も聞こえない。僕らはただ走り続けた。
「―――――あ…」
小さな呟きが聞こえる位に、突然雨は弱くなって、忽然と止んだ。
川の向こうには夕焼けが緋色に輝いている。
僕たちは足を止めて、息を整えた。少女の肩は小さく上下している。
「かなり走らせちゃったね、大丈夫?うち、もうすぐだから。…ちょっと待って、カバンにタオルがあったハズだから…あった。」
カバンからタオルを引っ張り出し、疲労で上半身が前傾した姿勢の少女に差し出した。
…ていうか、少女って。
「はい、これで拭いて。ところで今更だけど君、名前………………
……………………は……。」
その間二秒、僕はタオルを差し出した状態のまま静止した。
少女はタオルを被りながら不思議そうに僕を見ている。
不思議そうに?いや、僕が今一番不思議に思っている。
不思議か?いや奇っ怪だ。
本人は分かってないのか?
それとも僕が変に動揺しているだけ?
「おにいさん?」
「あの…顔、ていうか、腕、肌?それ…どうしたの……?」
言われるがままに、少女はまず顔、に手を当てた。
一瞬、変なものでも口入れたような顔をする。
次に腕、に視線を落とした。息を飲む音がハッキリ聞こえた。
鱗。
水に濡れた彼女の肌は、ところどころ透明感のある鱗で覆われていた。
若干薄い水色を含んだような鱗に対して、僕がわざとらしく感想を述べようとした時、肋骨下辺りに横向きに薙ぐような重い衝撃を受け、僕の視界はガクンとブレた。
痛みと衝撃に思わず目を瞑ると、気持ち悪い浮遊感。
考える間もなく次の瞬間には背中と頭部に大地からの強烈な第二波。
呻き声と鉄臭い空気を吐き出した。
ボヤける視界と朦朧とする意識で確認すると、さっきまで立っていた道が坂の上に見える。
やっぱりあそこから吹き飛ばされて落ちたらしい。なんでこうなっているのか、全く見当がつかないが。
「ごめんね。」
凛とした可愛らしい声が聞こえる。さっきまで聞いていた声。
痛む首をまっすぐにすると、僕にのし掛かり見下ろす人物。
この華奢で小さな少女が僕を吹っ飛ばしたなんて考えにくいけれど、
今僕の置かれた状況を踏まえると可能性が無いわけでは無さそうだ。
聞いてみないことには分からないが。
「君、が…………、?」
あ、思っていたより言葉がでない。少女は変わらず獲物を見るような目付きのまま、呟いた。
「死んでもらわなきゃ。」




